91:夜の決闘
「準備いいわね、シン。」
「それはこっちの台詞だ。
アリス、ジェニー、2人とも、準備は良いな?」
マキーナによって拡大された画像には、夜の闇の中、急斜面の山々に囲まれた街を見下ろす、3人の男女の姿があった。
男の手には業物とわかる剣を手にしており、あと2人の女性もそれぞれ、刀身が薄らと輝く短剣を逆手に2本持っていたり、もう1人も先端に宝石の填まった金属の杖を持っていたりと、前に会ったときより装備のグレードが上がっていた。
王都で俺がアレコレしている間に、彼等は迷宮に潜って装備を強化しているらしいと、王様が言っていたのは、本当のようだ。
「ようやくジェニーを苦しめていたこの街に復讐できる。
ソレが終われば、またレベルを上げて、最後はアリスを苦しめた王国に復讐だ、気を抜くなよ。」
高台から街を見下ろしていた彼等は、攻める地点を確認すると振り返り、山を下りようとしていた。
あの後、アールという魔女の魔法により、南斗の方で流行っている人間砲弾よろしく撃ち出された事により、どうやらギリギリ侵攻前に間に合ったようだ。
轟音と共に着地し、彼等の前に立ち塞がる。
『よう、子供は寝る時間だぜ?』
何事もないようなフリをしながらクレーターから出て来た俺を見て、少女2人は驚いていた。
実際は足とか超痛いが、ここは格好付けたい。
ただ、転生者君の方は予想していたのか、そこまでの驚きは無かったため、少しだけ傷付く。
いやもっとこの2人みたいに驚けよ。
「気を付けて!シン!」
「コイツ!あの時の奴!」
少女2人は驚きながら飛びすさり、武器を構える。
微かに手が震えているのは、先の戦いの記憶からだろうか。
「フン、この間の逃げた奴か。
お前にもお返しをしなければと思っていたが、今はお前に関わっている暇は無いんだ。
日を改めてくれないかな?」
前回の件で自信があるのだろう、実に鷹揚な態度で失せろとばかりに手を払う。
『わからんな、どうしてそこまで余裕でいられる?』
返事とばかりにバキバキと指を鳴らす。
実際はこれ、指の軟骨を傷付けるからあまりやらない方がいいんだよなぁ、と、微妙にオッサン臭い事を思ってしまう自分が悲しい。
「こう言う事だ。“清潔”」
転生者が右手を突き出す。
一度経験して解析しているからだろうか、射程と範囲が視覚情報として表示される。
見えれば問題ない。
その範囲を躱すだけだ。
「何?避けられた?……のか?」
やっと転生者君が驚いてくれる。
まぁ、そう言う奴に会ったことが無いのだろう。
今までは手をかざして唱えれば皆言うとおり、だったのだろう。
『その技な、手の平を中心に45度角で10メートル位は放射線状に伸びるみたいだぞ。
んで、10メートル以降の効果範囲は、かざした手の平の位置を中心に半径30センチ位の円で、ついでに言えば最大射程は30メートル位らしい。』
マキーナに表示される情報を読み上げる。
今後もその技に頼るなら、効果範囲を知っておかないと痛い目にあうだろうからな。
俺って優しい。
だが、俺の言葉を聞いて転生者君は毒気を抜かれたような、何とも言えない表情になっている。
「オマエ……、何故ソレを俺に教える?
ソレを教えずにいた方が、オマエは俺を簡単に倒せただろう?
何が目的だ?」
『いや、別に俺の目的は、君を倒す事じゃないしな。』
答えてはやるが、左前の構えは崩さない。
コイツ余裕で不意打ち仕掛けてくるからな。
「なら何故邪魔をする?
オマエの目的は何だ?」
やっと話を聞いてくれるか、よかった、やっとここまでこぎ着けた。
俺はいつも通り今までの自分の経緯と、この世界が転生者の世界であること、そしてあの“自称神様”との接続を切らないと世界がいずれ崩壊するから、それを断ち切らせて欲しいという話をする。
まぁ、大体がこの話をすれば“まぁ俺には影響ないし”みたいな感じになって、権限を一時的に委譲してくれる。
今回もそうだと思ったが、彼の反応は違った。
感情を押さえ込み、小さく震えていた。
「……ふざけるなよ。じゃあ何か、この世界は俺が望んで作り上げたとでも言うのか?
あの狂った変態王子にいいようにされたのは、俺が望んだからだと言いたいのか!!!」
最後はもはや絶叫だった。
まぁそうだろう。
転生して、早速薬漬けで変態に尻をどうにかされるような状況、俺でも耐えられない。
ただ、思うところはある。
『そんな事を言うつもりは無い。
ただ、君は俺達のいた世界からこの世界に転生する前、いわゆる「高位の存在」には会わなかったかな?
それに何を願った?』
何かを思い出したのか、ハッとなるのがわかる。
だが、すぐに怒りの感情が戻ってきていた。
「ふざけるな!オマエ、本当は俺の復讐を邪魔する為に来たんだろう!目障りなんだよ!」
ん?話の論点をずらした?
何故?何かマズい事に触れたのか?
『いや、さっきも言ったとおり、俺にそんなつもりは無いよ。
出来るなら、さっさとこの世界から抜け出したい位だ。
えぇと、秋津 新君だったよな?
別に君の目的や行動を止める気は無い。
復讐?大いに結構、やんなさいよ。
ただ、それは俺がいなくなってからやってくれ。
俺は、俺の目的のために協力して欲しいだけだよ。』
まぁ割と酷い言い方ではあるが、どうせコイツは止まらない。
なら、面倒事が更に広がる前に、さっさと要件を済ませたい。
この世界ではエネルギーは回収できなさそうだ、なら他に行くだけだ。
「何故俺の名前を知っているんだ?オマエやっぱり怪しいな?
本当は“復讐は良くないことだ”とか、お綺麗な事を考えていて、誰かに止めるように言われているんじゃないのか?」
クッソ、ダル絡みしてくるんじゃねぇよ、面倒くさい。
ただまぁ、言わなきゃ伝わらないか。
もういい、どうなろうと知ったことか。
警戒はしつつも、構えをとく。
『“復讐は良くないことだよ!”
ほれ、言ってやったぞ、これでオマエは止まるのか?
違うだろう?どうせオマエは止まらない。
それが生きがいに、目的になっちまってるからな。』
転生者君が怒るのがわかる。
何だよ、欲しい言葉を言ってやったら怒るのかよ。
『よくさ、“復讐は何も生まない、虚しさが残るだけだ”とか言うけどよ、それは違うよな?
しっかり“虚しさ”が生まれているモンな。
復讐したって死んだ奴は生き返らない、失った尊厳は戻らない。
なら確かに復讐なんぞ、やるだけ無駄だ。
……それでも、“復讐しなけりゃ前に進めない”っていう奴もいる。
復讐の仕方が平和的なモノか、それとも直接的なモノかはソイツ次第だと思うがね。』
転生者君が嘲る様に笑う。
その顔を見ていても、こちらの話をちゃんと聞いていない事がわかる。
いや、ちゃんと聞いているからこそ、自分を押し通したいのかな?
「オマエなら、俺のような行動は取らないとでも言いたいのかな?」
『“争いは同じレベルでしか起こらない”とも言うしな。
まぁ、俺が復讐するとしたら、根っこを叩くか何かするだろうな。
オマエのやり方は被害がデカすぎらぁ。』
自分に何かした全員に報復して回るなぞ、無駄だし根本的な解決策にならない。
復讐するとしても、転生者君のやり方は無駄に見える。
俺ならもっと、別の方法を考えるだろうな。
『あぁ、そう言えば君のことなんだが、色々あって王様と話す機会があってな。
君のことも王様は気にかけていて、救い出そうと手を回して調べていたらしいぞ。』
もしかしたらこれは、余計な一言だったかも知れない。
今まで何となく迷った表情に変わっていたが、急に氷のような、感情が消えた表情に変わる。
「……なるほど。よくわかった。
アンタが俺の行く道を防ぐ気が無いのもわかった。
そういやアンタ、元の世界に帰りたいんだよな?
ここで提案なんだが、俺ならアンタを元の世界に返してやること、出来ると思うよ。」
今までの会話の流れからの急なこの提案に、少しだけ疑念が残る。
『面白いな、どんな方法だよ?』
それでもその方法に興味が湧いてしまった俺は、一瞬警戒を解いてしまう。
「それはな、こう言う事さ、清潔。」
避けようとしたが、攻撃範囲が想像を超えた。
“またやられたのか、俺も学習しねぇな。”
そんな事を思いながら、眩い光に包まれていた。




