90:異邦人
「フム、何やら言いづらいことが有るなら、儂とランスロは席を外すが?」
「まぁ、聞いてみたくはあったが、無理強いは出来ねぇな。」
王様はチラと魔女を見ると、そう呟く。
流石にパーティリーダーで、長年王宮にいる人だ。
そこに流れている感情の機微に聡い。
ランスロット氏も理解はしているが興味津々だったようで、残念そうな顔をしていた。
その表情が面白く、思わず苦笑いしてしまったが、俺は魔女殿に“そちらが問題なければ構わない”と先に返事をしていた。
いつかは消える人間の身の上だ。
別に話したところで大きな影響は無いだろう。
「まぁ、異邦人殿がいいなら良いじゃろうて。
恐らく異邦人殿は既に知っておることだろうが、バカ2人もおるからな、この世界の仕組みから説明してやろうか。」
「バカは余計だババア。」
こんな感じで、一言多い魔女アールが概ねの背景を説明し、その多い一言にランスロット氏がツッコミを入れていた。
ただ、世界の成り立ち、消費される世界のエネルギーの話、転生者によって書き換えられる世界。
魔女が語る話の内容は殆どの点において、昔エル爺さんから語られた内容と同じだった。
「……とまぁ、粗方世界の仕組みについてはわかったかの?」
「ババア、その話が本当だとしてよ、その話と、この冒険者殿とは何処で結びつくんだ?」
ここからは俺の出番だろうな。
あまり転生者以外には話していなかった、自分の素性を話す。
何となくだが、このアールという魔女には話してもいい気がしたのだ。
「え?だってお前さん、さっき東の国の出身だと……。」
「まぁ、騙してしまって申し訳ない。
ただ、こんな話をしても簡単には信じられないでしょう。
だから、語れる相手にしか語ってこなかった、というのが本音です。」
今度こそ、嘘偽り無い気持ちを伝える。
“お前等は作り上げられた幻だ、俺は異世界から転移してきた”なんて言われても、普通は信じない。
俺だって、元の世界でそんな事を言う奴がいれば、“可哀想に”と思いながら距離をとるだろう。
そんなもんだ。
「勢大殿は、我々など思いも付かぬような苦労をされているようだの。
しかし、そうなると儂の努力やら何やらは、全て作り上げられた幻という事かのぅ。」
王様が、少し寂しそうに呟く。
そうだろうな。
自力で努力してきたと思った過去の記憶が、それこそ5分前に作り出されたモノだとしたら、俺でもそうなる。
「いや、そうとも言えんのじゃ、これが。」
ここから先はワシの推測もあるんじゃがの、と、老婆は笑う。
「この世界は転生者が来た瞬間にその人間の思い描く世界に相応しい役割と人物が書き換わる、のじゃが、そうなる前の“元になる世界”の文明も、そのままなら徐々に進化しているのではないか、とワシは推測しておる。」
アールという名の魔女が語った話を要約するとこうだ。
転生者が来る前の世界、仮に“ベース世界”と呼ぶが、そのベース世界自体も独自の文明と進化を繰り返しており、それらが保存記録のように残っているのでは無いか、と推測しているらしい。
転生者を転生する際、そのベース世界の進化の記録、言うなれば保存記録から、適した時代までを抜き出して複製し、そこから転生者のイメージに合わせて作り替えているのでは無いか、と考えているらしい。
微妙な話だ。
聞き方によっては、結局“お前は複製だが、マスターデータのお前がちゃんと頑張ったから、今のお前があるんだ”と言われているようなモノだ。
やはりこの世界の住人には、聞かせない方が良かったか。
チラリと王様の方を見る。
「なるほどのぅ、まぁ、儂の本物がおるという話も信じられんが、それを知ったところで今の儂は変えようが無いかの。
まぁ、どこまで行っても儂は儂ということがわかって、良かった気もするの。」
王様はカラカラと笑う。
自分が無数に複製されているだの、自分はオリジナルではないだのと聞かされても、王様の芯は折れていなかった。
年の功なのだろうか、その心の有り様が羨ましく感じられる。
「う~ん、俄には信じられないが、冒険者殿はあの不可思議な鎧と言い、俺の部下を見たこと無い武術でアッサリと殺して見せたことと言い、信じざるを得ないか、……なぁ?」
ああそうだ、曲がりなりにもこの人の部下を2人も殺しているんだった。
その事を謝ろうとすると、それを止められた。
「まて冒険者殿。
今謝られてはあの2人の立つ瀬が無い。
どのような内容であったとは言え、強大な相手と対峙し、職務に殉じてスパッと死ねたのだ。
誇りにこそ思えど、恨む気は無い。」
「そうじゃな。
非常に困難な任務中に命を落とせたのじゃ、これほど名誉なことも無い。」
ランスロット氏の言葉に、王様も頷く。
不思議な人生観だ。
元の世界には無い世界観かも知れない。
「ハイハイ、名誉馬鹿は置いておいて、そうそう、その鎧の事を知りたかったんだよ。
あの金属の板みたいなやつ、見せてくれんかね。」
この人ならば大丈夫かと、マキーナの紋章が入った金属板を渡す。
元は名刺入れとは言えないなぁ。
「フム、アンタ、幾つか世界を渡ってきたようだね。
じゃあワシからも贈り物をしようかの。」
そう言うと魔女は立ち上がり、自室に言ったと思えばすぐに戻ってきた。
その手にはメダルのようなモノが見える。
戻ってきて座り、床に置いたマキーナの上にメダルを重ねると、そのメダルはマキーナに吸い込まれていく。
<システムアップデート、正常に終了しました。>
<新機能が複数追加されました。>
以前もこんな事があったような気がしながら、マキーナを拾い上げて紋章を見てみる。
マキーナの紋章は、盾の中に歯車が1つ彫り込まれているだけのデザインだったはずなのだが、改めてみると歯車が大小幾つか彫り込まれているのがわかった。
「何を?……したんですか?」
「なに、長い旅をすることになるであろう異邦人殿に、ささやかながらババアからの餞別さね。
エルの奴が気に入ったアンタなら、それが役立つだろうさ。
後はトレインに会えれば良いのじゃろうが、アヤツは神出鬼没の変態だからのぅ……。」
老魔女はそれ以上は教えてくれなかった。
何とか聞き出そうとしたのだが、“教えない事が必要なことで有り、それを自分達からは言うことが出来ない”とハッキリ言われてしまった。
何とも言えない気持ちではあったが、王様から“先の事なんぞ気にしても良いことない、大事なのは今を生きる事じゃ”と元気付けられてしまった。
いいオッサンがここで駄々をこねても始まらない。
何かマキーナにして貰っただけでも御の字だろう。
「ところで、例の転生者、こちらでは勇者の事なのですが……。」
その後、勇者の話や、他の幾つかの話を聞くことが出来た。
彼はどうやら変態の第一王子が勝手に召喚をしたらしい。
どうして召喚されたのか、その後何があったのか、彼がどうしてそうなってしまったのか等、幾つか聞き出すことが出来た。
最後に王様が、ポツリと“もしかすると、ファステアの次はフルデペシェかもしれんのう”という言葉で、俺が次に行くべき場所が決まった。
日がもう落ちかけていた。
先程までの話を纏めると、多分あまり時間は無い。
俺はマキーナを起動する。
旅立とうする俺を、老魔女が引き止めた。
「ワシが魔法で撃ち出してやるよ。
それなら少しは早く着くだろ?」
後で少しだけ後悔することになるが、その時の俺はその申し出を、有り難く受け取ることにした。




