89:懐かしき思い出
「プウィルの奴はこっちで見ておく。アンタ等はサッサと飯食って寝ちまいな。」
そう言われ、診療を行う部屋から追い出されていた。
やることも荷物も無いから寝るかと思ったが、ランスロット氏が粥を作るというので手伝う。
粥と言っても、米と何かの野菜を一緒に煮込むだけのようだ。
味は期待出来ないが、暖かいモノで腹は膨れるかと思いながら、干してあった大根らしき根菜を、サッと水で洗い、借りたナイフでザクザクと切っていく。
米が柔らかくなった辺りで野菜を投下する。
そこそこ煮えたから食うかと思ったときに、ランスロット氏から待ったがかけられる。
何かとみれば、懐から何かの包みを取り出し、包みをほどいている。
「ミッソーと言うらしいんだが、これを入れるとな、味わいが良くなるんだ。
竜胆から引いてくるモノらしくてな、冒険者やってた頃は結構簡単に入手できたんだが、あまり大っぴらに歩けない今じゃ入手するのも大変だったぜ。」
まさかこれ買うために王様の助けが遅れたんじゃ……。
そんな考えが頭をよぎったが、色々な人の名誉のために黙っておく。
しかしこの世界にも味噌があるのか。
そんな事を思いながら、器に盛られた粥を1口食べる。
(あなた、健康に良いんだから忙しくてもお味噌汁くらいは飲まないと。)
(勢大、次はいつ頃帰れそうなんだい?)
(体に気を付けて頑張るんだよ、アンタも若くは無いんだから。)
素朴な味だった。
だが、このふざけた世界を延々と歩かされている俺にとって、この味は郷愁を感じるには十分過ぎるほど、強烈だった。
「ハハッ!冒険者殿もそうだろう。
これはやみつきになる不思議な味であるからなぁ。
きっと冒険者殿は東の出身であろうから、国の味となるのか?
まぁ俺にとっても、冒険の旅でこればかり食っていたからか、何となく、俺も昔を思い出すモノよ。」
知らず、泣いていたらしい。
うるせぇ、お前には懐かしの冒険の味でも、俺には帰れない世界の味なんだよ。
「俺は、その、確かに竜胆家の方の出身ですからね。
懐かしい味ですよ。」
一応、話を合わせる。
竜胆なんて知らない。
ロズノワルもフルデペシェもダウィフェッド王国もアンヌ・ン帝国も知るか。
ただ妻に会いたい。
母に元気な顔を見せたい。
……いかんな、疲れているのだろう。
サッと食い終えて、食器を洗い借りた毛布で丸くなる。
その夜は、子供の頃の懐かしい夢を見た気がした。
目を覚ますと、既に昼を回っているくらいだろうか?
トイレに行きたくなったので探すと、少し先に共同トイレがあった。
流石にここまでは異世界の文化も力が及ばないようで、くみ取り式のトイレ、いわゆるボットンだった。
まぁ、これもある意味後々肥料になるのだろう。
ますます江戸時代のような循環型社会なのかな、と思いつつ、各国のいいとこ取りをしておきながら識字率が低かったり近代化されていなかったりと、不思議な文化体系に首をひねりつつ“まぁファンタジー異世界だしな”とある種の身も蓋もない思考停止をしながら隠れ家に戻る。
ただ、どうせファンタジー異世界なら、こういう所も水洗式にしてくれれば良いのにと思わざるを得ない。
一晩寝て少しは疲れがとれたのか、この異世界のことを考える余裕が出来ていた。
転生者によって少しずつ環境は変わるが、登場人物の名前や環境が少しずつ近しいモノが多い。
以前の乙女ゲーの世界で第二王子のジョンが魔導学院に入っていたように、この世界でも魔導学院にいるらしい。
かと思えばアタル君の世界でいた、何だったか、ケイさんとか言う村娘はこの世界ではまだ見てない。
見てないと言えばあのファステアという最初の村で、門番代わりの陽気な爺さんは、アタル君の世界でしか見たことが無い。
まぁ、乙女ゲーの世界ではキルッフに俺がなってしまうという変な体験をしてるし、何とも言えないが。
もしかしたら、転生者の記憶も書き換わっているのだろうか?
アタル君の“マーブの木物語”や、リリィの“俺達恋の特攻野郎”の舞台や登場人物名が同じ、というのも、よくよく考えてみれば同じ制作会社でも無ければ変だ。
ただ、これは俺にはわかりようのない謎かも知れない。
いつか、あの自称神様に出会ったら、聞いてみるのも悪くは無いかもな。
そんな事を久々に大真面目に考えながら扉を開けたら、昨日の味噌入り粥の残りを頬張るランスロット氏がいた。
何だか気が抜ける。
「おお、起きてたか冒険者殿。
ちと王都の様子を見に行ってたんだがな、王のスキルが無くなったからか、早くも異変が始まりかけているようだぞ。」
「ランスロ、そんな事言われても勢大殿がわかる訳あるまい。」
何を言われているのかが解らなかったので、何と返事をしようか迷っていると、元気に歩いてきた王様からそう声をかけられた。
お、凄い、炭化した右腕も元通りになってる。
「異邦人殿にはわからないかも知れないけどね、このジジイのスキルは“豊穣”という珍しいスキルでね。
“このジジイが生きて玉座に座る限り、国土に豊かな実りが起きる”という規模も条件も馬鹿みたいなスキルだよ。
厄介すぎるから、殆どの人間には伏せられてるけどね。」
色々と絶句する。
その馬鹿げたスキルにも驚かされたし、あの変態王子との戦闘はスキルに頼らない戦いだったか、という驚きもあるが、何より驚いたのは老婆が俺を“異邦人”と呼んだことだ。
「な、何から驚けば良いやら……。
順を追って説明して貰っても良いですか……。」
王様は“腹が減った”というと、ランスロット氏の隣に座ると粥をよそい、おもむろに食べ出す。
それを合図に、皆が粥をよそい、食事となる。
「まぁ、儂のスキルに関しては別にいいじゃろうて。
スキルなんぞ、生き方の指針の1つじゃ。
こんなモノが無くても儂は迷宮を踏破して見せた。
王になって見せた。
……スキルに縛られる生き方なぞ、儂はゴメンだね。」
「よく言うぜ、昔は散々“ランスロ、俺とスキル交換してくれ”とか言って、メチャメチャこだわってた癖によ。」
ランスロット氏が茶々を入れる。
「全くだよ。王になってからは誰よりもスキルに縛られてた癖に!」
老婆も思うところが有るらしい。
ランスロット氏に同意していた。
「お前等、今ソレ言うか?
クソ!儂の味方はガヘインの奴だけか!」
「ガヘインだって無口なだけで、別にアンタの味方じゃなかったさね。」
「黙ってろババア!」
皆、まるでこれが“昨日の冒険の続き”かの様に、砕けた口調になっていた。
心の中で、焚き火を囲み他愛ない事でケンカをし笑い合う、4人の冒険者達の姿が浮かぶ。
いいパーティだったのだろう。
「そんな事はどうでも良いさ、取りあえず火急の問題はあの勇者とこの異邦人殿の事さね。」
全員の目が俺に向く。
弛緩した空気が、一気に締まるのがわかる。
そうだ、アイツの目的も行方も気になる。
ソレを聞かねば。




