87:フラッシュバック
爆炎がおさまり、黒煙が薄れる。
「……歳は、……取りたくないのぅ。昔ならこんな傷……。」
生きていることに驚いたが、その姿は痛々しい。
左脇からはナイフが生えており、庇った為か右半身は火傷で爛れており、特に剣を持っていた右手に至っては、黒く炭化していた。
指が崩れ、半ばから折れ砕けていた剣を取り落とす。
「ハハハ、父上よ、酷い顔ですな。
もはやそこらのゴブリンよりも、醜い顔をしておりますぞ。」
勝負有りだ。
この騎士達の相手などしてられるか。
『パワー、間欠泉、っと。』
手前の地面を殴りつけ、下へ続く穴を空ける。
これで、穴を回り込む間の時間は作れた。
その時間があれば、今ならこの変態ぐらい簡単にぶち殺せる。
「て、手出しは無用……!」
その気迫に一瞬怯む。
冒険者の誇り、王の生き様。
俺にはそれを無視することは出来なかった。
「死ね!無駄な誇りにしがみつく愚かな王よ!」
剣の輝きが増す。
もう今から踏み込んでも間に合わない。
しかしこの期に及んで飛び道具か。
しかも、直に斬る根性も無いとは。
“その技を放った瞬間殺してやる”
そう決意を込めて飛び出した瞬間、玉座の間に響く声が聞こえた。
「ヒョヒョヒョ、全く馬鹿よの。今時そう言うのは流行らんぞい。
さて、宵っ張りの坊や達、早く寝ないと妖精に目玉をくり抜かれるぞ。」
弾けるように一瞬の内に、周囲に銀の霧が立ちこめる。
「夜魔の銀砂」
その声と共に、突然電気を消したかのように視界が暗くなる。
(何だ?月明かりすら見えない?)
完全なる闇だ。
人の輪郭はおろか、手元すら見えない。
いくら何でもおかしい。
<魔法の影響を感知。
視覚補助システム、作動します。>
真っ暗な視界に、緑のフレームが浮かび上がる。
地面は方眼紙のように規則正しい四角が並んでおり、地面の上にあるモノは輪郭が強調された太い緑で立体感を出している。
(これで線が赤ければ、まるでバーチャル少年みたいな画面だな。)
“あのゲームもなぁ、時代が早すぎたんだよなぁ”などと少しだけ回顧がよぎったが、今はそんな状況では無い。
幸い、変態は“この程度!”と叫びながら剣から衝撃波を出していたが、それは王に当たる前に何者かが王を抱きかかえてかわしていた。
王を抱きかかえた人影は、バルコニーに出るための窓を蹴破り、こちらを見る。
俺が見ているとわかったその人影は、身振りで“着いてこい”とやったのが見えた。
確かに、このままここに居ても尻が不安なだけだ。
慌ててその人物の後を追い、バルコニーから飛び降りる。
バルコニーから飛び降り着地と共に前転、素早く起き上がると先程の、王様を抱えた輪郭の存在を探す。
いた、既に城壁をロープで登っている最中だ。
人一人を抱えていながら、中々に身軽な動きだ。
後を追い、城壁の凸凹に指をかける。
フリークライミングはやったことが無いし、こうなる前の俺なら握力や腕力も無ければ腹もつかえるわで絶対に登れないだろうが、今は違う。
地面を歩くよりも速い速度で登り、先行する輪郭を追い抜かし、壁を越える手助けをする。
<魔法影響範囲、離脱しました。>
その言葉と共に完全に真っ暗だった視界に、僅かに光が戻る。
緑のフレーム視界から、夜間暗視モードの視界に切り替わる。
そこでやっと、王様を助けたのが俺を襲ってきた集団リーダー格と気付く。
『おぉ、元暗殺者殿じゃねぇか。』
彼はこちらを見ると、ニヤリと笑う。
「そうだよ、冒険者殿。
すまねぇな、俺だけじゃなくて、プウィルの奴も世話になったようだな。」
『よせやい、褒めても飴ちゃんくらいしかあげられないぜ?』
壁を降りてまた走り出す。
後を走りながら、“この国に潜伏場所があるのかな?”と思っていたら、またスラムの、例の転生者の仲間達が通った抜け道、城壁の亀裂に向かっているのがわかった。
『お、おい、流石に警戒されてるんじゃ無いか?』
成り行きとはいえ、俺もこの場所を変態に報告している。
俺なら一番最初にここの警戒に当たらせる。
少なくとも国内に閉じ込めて、そこからじっくり炙り出す方が楽だろうからな。
「まぁ見てろ、秘密道具はある。」
亀裂のあるエリアを素通りし、更にスラムの奥へと進む。
その風景には既視感があった。
そうだ、この通りの少し行った先を右に曲がり、曲がりくねった石段を下ると目の前に小さな小屋がある。
入口は狭いが、地下があるその酒場は実はそれなりに広く、個室まである居心地の良い……。
俺の記憶の通りに彼は王様を背負ったまま進み、そしてその小屋の扉を開けて俺にも入るように促す。
入ると、メチャクチャになった酒場と肉塊になったアイツらが倒れている風景、が、フラッシュバックした。
無論、そんな事は無い。
雰囲気の良い、隠れ家と言える落ち着いたバーがそこにはあるだけだ。
「どうだ、良い酒場だろう。」
酒場に入ると控えていた魔法使いが王様に簡易な治療と回復魔法らしきモノを行いだす。
その様子を見ながらも、バーの中を見回す。
『……あぁ、知ってる。』
妙な顔をされるが、まぁ、言っても解らないことだ。
彼等の人生で何があったのか、俺がわからないように。
俺の物語は、俺だけにしかわからないのだから。
「ランスロット卿、こちらでできる限りの手は尽くしましたが、やはりこちらの設備では限界です。
プロビィンシャルへの転送陣の準備をさせますが、宜しいですな?」
「うむ、急いでくれ。」
魔法使いとリーダー格が何やら打ち合わせている。
やはりあのリーダー格が、噂のランスロット氏か。
そんな事を思いながらボンヤリしていると、ランスロット氏から声がかかる。
「冒険者殿、もうご存じかとは思うが、改めて名乗らせて頂くとしよう。
我が名はジャック・ランスロットと申す。
……まぁ、昔はプウィルと共に冒険者をしていたが、今ではただの小間使だかね。」
仲間が死にかかってはいても、握手と共にそう笑いながら話す姿は、実に堂に入っている。
あぁ、この人も“伝説の4人”の1人だったわけか。
『やぁ、これはこれはご丁寧にどーも。
田園 勢大と申します。
そういやあの場でもう一人女性がいらしたと思うのですが……。』
「あぁ、あの場にいたが、プウィルの傷の状態から“先に戻って準備しておく”と言って先に戻ってもらっていてね。
これから向かうところだ。」
“良ければ一緒に来てくれ”と言われたので、それに従うことにする。
奇妙な感じがした。
あの場で、マキーナの視覚補助システムにはこの男しか映っていなかった。
機能が発動したときには、既に居なくなっていたのだろうか?
まぁ今はいいかと話を聞いていると、奥の個室には転送陣が隠されており、ソレを使ってプロー伯爵領、プロビィンシャルに転送するらしい。
だが転送前に、俺は大事な事を思い出していた。
このままではマズい。
伝えづらくはあるが、今言わねば多分問題になる。
俺は意を決して、ランスロット卿に声をかけた。
『そういや俺、変身解除するとすっぽんぽんなんですが、服とか無いですかね?』




