86:王の戦い
騎士達に介入しに走る前、腰を抜かしてへたり込んでいる4人の魔法使いを素早く仕留める。
暴力騎士の近くにいた奴は、1本拳という人差し指を立てた状態の拳で眼に右突きを放ち、奥の脳幹まで突き刺す。
抜き取りながら次の魔法使いにステップで踏み込み、同じく右の手刀打ちで頸椎を折る。
流石に高位の魔法使い、2人目がやられた時点で立ち上がり魔法を唱え出す。
<向かって右、移動魔法と推測。>
逃げられでもしたら面倒だ。
即座に今殺した魔法使いの杖を拾い、移動魔法を唱えている右側の奴に投げつけ、喉に突き刺す。
最後に残った魔法使いはそれを見て“ヒッ”と悲鳴をあげると、魔法が失敗したのか全身から発火し、悶え苦しんだ後で動かなくなった。
<魔法の発動失敗を検知。生命活動が停止しました。>
<ジャミングの消失を確認、全機能、オールグリーン。>
王様と変態が戦っている場と、騎士達の間に割り込むように立つ。
先程の魔法使い4人を倒した手並みからか、騎士達も単騎での突撃を控え、陣形を組んでジリジリとこちらに近付いてくる。
百歩神拳で陣形の中心を狙い何人かを倒すが、すぐに陣形は修復される。
流石に王宮警護の騎士達だ。
変態に何かされているとは言え、戦闘力は本物だ。
このままなら、本当に皆殺しにしなければならないだろう。
俺自身、別に殺しを禁忌としているわけでは無い。
殺さずに倒す、なんて物語の主人公の様な思い上がりは無い。
ただ、転生者の世界は何がどう絡んでくるかがわからない。
世界はそんなに甘くない。
世界の修正力にも限界がある。
世界の修正力を超えて殺しすぎれば、後々転生者が詰むことも平気で起こり得る。
“選んで殺す”とは、俺も随分偉くなったモンだ。
仮面の下でそんな自嘲気味な笑いもでるが、状況はあまり良くない。
このままジリ貧の維持で、王様と変態の戦いが良い結果に終わる以外には無いだろう。
「ハハハ、父上よ、どうされた?動きが悪くなってますぞ!」
一騎打ちは変態が一方的に押している。
名剣から繰り出される鋭い剣撃に、王様は回避の一手だ。
見れば分厚いマントもズタズタになっている。
あの手のマントは、暗殺者の弓から身を守る為にも、通常より頑丈に作られているはずだ。
それを熱したナイフでバターを切るように、ロクな抵抗もなく切り裂かれている所を見ると、王様が持つ粗悪な量産品の剣など打ち合わせたら、簡単に折られてしまうだろう。
「フム、鼻垂れの頃に比べれば、中々に鋭くなったの。だが単調じゃ。」
王の強がりと捉えたのだろう。
勝利を確信した変態が、鋭く踏み込む。
横目に見ながらも“イカン、あれは避けられない”と焦るが、踏み込みの着地点から、炎が吹き出し変態を焼く。
「グアァア!何故!?」
恐ろしい速さで後ろへ飛び跳ねたが、多少は喰らっている様だ。
礼服のあちこちが焦げて、煙を上げている。
「儂が何の策も無く、ただ逃げ回っているだけかと思うたか?
お主、ランスロット卿の事といい、儂等迷宮狂いを舐めすぎじゃな。」
迷宮狂い。
現王とその仲間、伝説の4人が若かりし頃、複数の高難易度迷宮を踏破したという話は、この国では有名らしい。
どんなに高位の冒険者でも、生涯に1つ制覇すれば良い方と言われている高難易度迷宮を、彼等は5つ攻略したと言われている。
その功績を認められ、リーダーであった王子は候補を軒並み押しやり王になり、王子のライバルだった斥候は側近に、王子と仲の良かった戦士は冒険者ギルドの長に、王子を愛していた魔女はフラリと旅に出て行方知れず、と言うのが、酒場でよく聞く吟遊詩人のお決まりの歌だ。
常に死と隣り合わせの危険な場所へ、笑いながら飛び込んでいく命知らずの英雄。
ライバルと切磋琢磨し、仲間と笑い、そして身分違いの悲恋。
“迷宮狂いの英雄譚”と人々は呼び、敬われているのだ。
「そんなもの、ただの噂話の誇張であろう!」
先程までと打って変わり、変態の剣撃を剣の腹でいなし、反撃の回数がドンドン増えていってる。
俺は拳ばっかりで剣技はサッパリだが、それでもわかる。
変態が剛の剣しか知らないのに対し、王様の剣は“剛を知った上での”柔の剣に見える。
武の世界の言葉で“柔よく剛を制す”とあるが、あれは半分しか合っていない。
対をなす“剛よく柔を制す”という言葉も存在する。
結局の所は、“より鍛錬を積んだ者が勝つ”と言うことに他ならない。
ならば、剛しか知らぬ剣と、剛を知る柔の剣。
どちらが鍛え抜かれているかは明白だ。
「なっとらんの、魔拳将はもっと速く、もっと重い一撃であったぞ?
魔導将は、我等と斬り結びながら数百の魔法を同時に操って見せたぞ?
お主など、その程度じゃ。」
会話しながらも剣撃だけで無く、魔法を織り込みながら戦う王が、完全に戦いのペースを握っていた。
王が振るう剣を受けようとすれば、死角から氷の槍が変態を狙う。
避けながらも死に体で剣振り回せば、それを受けた王の剣から電撃が発生し、弾かれたように吹き飛ぶ。
王の動きはまさに、場慣れした変幻自在の動きだ。
丁度こっちに吹き飛ばされてきたので、ついでに後ろ回し蹴りで背中を思い切り蹴り飛ばし、王の手前に吹き飛ばし返す。
「おぉ、冒険者殿、手出しは無用ですぞ。」
『失礼、ゴミと間違えました。』
目の前の騎士達からは目を離せないが、王様が笑っているのがわかる。
ボロボロにやられたから、スキルの効果が弱まっているのだろうか?
目の前の騎士達も何やら落ち着き無い様子になる。
“俺は何をやっているんだ?”“これは一体?”といった呟きがチラホラと漏れ聞こえる。
「フ、フフフ、このクソ共が、どいつもコイツも見下しやがって……。」
変態はボロボロになりながらも剣を杖代わりに立ち上がる。
なんだ?まだ諦めてないな、コイツ。
「父上よ、ならば奥の手をご覧頂こう!」
空中に、数十個の炎の玉が浮かぶ。
「ゆけ!炎の雨!!」
「フム、小さい火の玉じゃのぅ。まるでお前の器の様じゃ。
魔導将ならこの倍、のっ……!?」
異変を感じ振り返る。
ボロボロのマントの隙間から覗く、王の脇腹に突き刺さるナイフ。
その刺さっているナイフは異様に細い棒状の握りをしており、しかも複数の小さな穴が空いている所までは見えた。
「これしきっ……!!」
それでも、王は幾つかの火球を弾き返したが、やはり動きは悪くなっている。
全てを弾き飛ばす事は出来ず、命中した複数の火球が爆炎を起こしていた。
「お、お、王よ、も、申し訳ありませ……。
こ、こうしなければ、か、家族のい、命が……。」
声のする方を見れば、ナイフの握り部分だけを両手で持ち、ブルブルと震えている小太りの家臣の姿。
握りの部分を更によく見れば、鍔の所にボタンがある。
(スペツナズナイフ!?なぜ!?)
それを見て記憶に引っかかるモノがあった。
ミリタリーモノの雑誌で見ただけだが、旧ソ連の特殊部隊が採用していたというナイフだ。
握りの内部に強力なバネが仕込まれており、鍔にあるスイッチを倒すと発射される、射出時の殺傷範囲は10数メートルにもなる凶器だ。
「如何ですかな父上。
これがあの勇者から聞き出した技術の一部です。
流石の迷宮狂いも、異世界の武器には遅れを取りましたな。」
あのバカ、この変態に何を教えてやがるんだ。




