85:一騎打ち
謁見の間は凍るような静寂が支配していた。
変態は何かを言おうと口を開きかける。
「これは……、この、この男が嘘をついているのです!
やはり今の発言でもお解りの通り、この男はコロコロとその場で発言を変えております!
やはりもっと調べねば……。」
だが、王は表情を変えず、懐から折りたたまれた紙を取り出す。
「これにはな、お主が国庫から持ち出した金貨の額と、その使途が記載されている。
ランスロット卿に頼み、儂が調べさせていた。
勇者への特注の防具に、闇ギルドへの非合法薬剤の手配、勇者が逃亡した際の捜索費と懸賞金と、これだけでも随分豪勢に使い込んだの。」
「なっ!?馬鹿な!?何故ランスロットが裏切る!!
私の“征服”スキルは完全に効いていた筈だ!!」
あ、コイツ馬鹿だ。
あっさり自白しやがった。
アレか、お目付役としてオヤジから派遣された密偵を、自分のスキルで逆に傀儡にしたからもう安心と、堂々と悪さをしていたわけだ。
そんなにスキルってのは万能なのかね?
それに、たかがスキルで自分の人生が決まるなら、それは果たして幸せな世界なんかなぁ?
そんなたわいも無い思いが脳裏をよぎりつつ、そう言えばと思い出す。
あの腕を掴まれたときの眼光、アレがスキルの発動だったのだろう。
……なら、なんで俺には効かなかったんだ?
<私の存在をお忘れですか?
あの王子のスキルは、効果時間が10年程度のようです。
“耐精神”により、スキル効果を消去しておきました。>
脳内にマキーナ先生の声が聞こえる。
こ、こいつ直接脳内に!!
<ファミチ……いえ、そのような場合ではありません。>
流石マキーナ先生、色々バッチリだ。
ただ、次からは発動を分かりやすくして欲しいところだな。
<善処します。>
「ならば仕方なし、奥の手と行きましょう。」
その言葉に現実に引き戻される。
マキーナと脳内で会話している最中も、舌戦は続いていた。
しかし、結局は変態王子サマが負けたようだ。
舌戦の末としてはお粗末な結末だ。
真実を言われて、暴力で覆そうとは。
「父上、いやプウィル・ダウィフェッド。
キサマが実力で王の座に着いた様に、私もまた実力にてその座をもらい受ける。」
王子が帯刀していた剣を抜く。
鍔の装飾や柄頭に填まった宝石、剣身は鈍く白銀の光を纏うソレは、恐らくは伝説の中にあるような名剣の類いだと察する事が出来る。
「父上、私とジョン、どちらにも渡さず、アルスルにこの名剣“カレトヴルッフ”を贈ったのは失敗でしたな。」
「フム、確かにこうして儂に向けられてしまうとは、失敗であったの。
だが丁度良い、お前がその剣を使いこなせるか、久々に見てやるとしよう。
誰ぞ、何でも良い、剣を持って参れ。」
王は立ち上がりそう声をかけたが、誰一人動こうとしない。
王の側に控える騎士は勿論、大臣や召使いに至るまで誰も動かない。
大半は薄ら笑いを浮かべ、何人かは青い顔をしながら脂汗が出ている。
「父上、政に気を取られ、宮中の掌握が最近は疎かだったようですな。」
変態は先程までの青い顔はどこへやら、堂々とした表情で剣を両手で持ち、切っ先を王に向ける。
「フム、これは困ったのぅ。」
王はまるで動じていない。
それどころか、むしろ狩るモノの目をしていた。
見てくれは杖でも突いてヨボヨボと歩いている方が似つかわしい老人の、何処にこの気迫が隠れていたのかと圧倒される。
「お前の尻拭いで儂が日々を追われている隙に、内輪にもこのようなことを仕掛けておったか。」
変態は少しずつ回り込みながら玉座に向けて動く。
その表情は、我が意を得たりと言った顔だ。
「ええ、父上、酷く与し易かったですよ。
殆どが我がスキルの前に屈服しましたからね。
多少頑固な者もいましたが、中々どうして、病気の家族や学費の借金、中には表に出せない趣味など、人に言えない秘密を皆それなりに持っているモノです。」
その声で何人かがビクリと反応するのが見える。
そうか、王の忠臣には別の搦め手を使ったか。
「ランスロット殿が我が支配を耐えていたのは残念ですが、まぁ、見つけ出して今後は協力していただくように“説得”させて頂きましょう。
帝国産の良い薬も入荷しておりますのでね。
何、アルスルもすぐに素直に協力してくれましたし、勇者も協力してくれていましたからな。」
変態が楽しそうに笑う。
「なるほどのぅ。」
王様は落ち着き払っている。
ただ、その眼差しは冷静な光から、敵を見る眼に変わっていた。
「ジョンの奴を、魔道学院に避難させておいて正解であったわ。
このまま手元に残しておいておればアルスルと同じか、はたまたファステアの民と同じ様な境遇になっておったかもしれんからのぅ。」
「フン、知っていたか。
ならばますます生かしておくわけにはいかんな。」
変態が回り込むのを止め、腰を落としたのが見える。
やるならば、今だろう。
「マキーナッ!!」
<通常モード、起動します。>
赤く光る線が全身を駆け巡り、線と線の間を銀の光が埋める。
一瞬の光の後には、髑髏の形を模したヘルメットと、全身を黒のラバーに包まれ、黒いチェストアーマーに黒の手甲足甲が装備された、いつもの形態に戻る。
<error、ジャミングを受けています。加速モードを含む、幾つかのモードが使えません。>
その瞬間には体の重圧が消えたが、マキーナからは警告メッセージが出る。
なるほど、魔法使いによる妨害を、マキーナが引き受けてくれているという事か。
それでも、俺の力が戻っただけでも僥倖だ。
「キ、キサマ!その姿は何だ!」
殴りかかろうとする暴力騎士の動きが遅く見える。
こちとら既に頭にきとるんじゃ、アドレナリン出まくっとるんやぞ。
『今までのお返しだ、騎士モドキ。』
殴りかかる騎士の右腕を左腕で払いつつ押さえ、右手の親指を立てて喉仏の少し下に突き刺し、横回転をさせるように回して投げる。
投げる最中にパキリと音がしたのを確認し、地面に叩きつける。
『仏骨投げっつってな、お前さん、もうお終いだよ。』
喉のつけ根、その位置には仏様が両手を合わせるような形の骨がある。
昔教わった武術では、秘孔の1つだった。
その骨を割るほど突き込めば命に影響があるか、生き残れたとしても不能になる、という、男にとって非常に恐ろしい急所だ。
地面に叩きつけられ、藻掻いているコイツは恐らく生き残れるだろう。
ならば、残りの半生は男の機能に苦しんでもらおうか。
『王様、これを。』
苦しんでいる騎士の腰から剣を抜き取り、王様が受け取れるように投げる。
そんな気遣いなど関係ないように、王様はこちらも見ずに手だけで受け取ると、一振り振るう。
「フム、ありがとうよ冒険者殿。
……しかし、あまり良くない鋼じゃな。
これは装備を見直さねばならんのぅ。」
「そ、そんなナマクラを持ったところで何が出来る!
このカレトヴルッフで、そのナマクラごと叩き斬ってやる!」
渡しておいてなんだが、流石に武器の差がありすぎるか。
手助けが必要だな。
「手出し無用。」
王様の元へ走ろうとした瞬間、その言葉で思わずビクリと止まる。
先を制された。
この老人、戦い慣れてやがる。
ならばと周りに目を向ければ、王子を助けようと騎士達がガチャガチャ装備を整え、走り寄ろうとしている。
よし、まぁ、王様自ら一騎打ちをご所望だ。
邪魔を排除してやるか。




