84:謁見の間にて
この部屋に入った瞬間から、実際は勝敗が決していたのか。
ヤバい、マズい。
ギンギンになっている王子の王子が主砲の照準を合わせるべく、これ見よがしにユックリと回り込んでくる。
周りを見ても、魔法使い達は我関せずの表情だし、騎士達はウットリと王子の王子を見ている。
お前等もか!!
ただ、唯一の希望がある。
まだマキーナのアンダーウェアモードが解除されていない。
これはつまり、この4人の魔法使いの能力では、マキーナに干渉できないと言うことだ。
最早、通常モードに変身して場をひっくり返すしかない。
というより、思い付く俺の尻を守る方法はそれだけだ。
これをやってしまうと、今後この国での活動がほぼ出来なくなるだろうが、そんな悠長な事は言っていられないし、背に腹はかえられない。
“ま、マキーナ……”と言いかけたところで、別の意味で救いの天使が顕れた。
唐突にこの部屋の扉が開き、慌てた様子の騎士が中に入り込んできたのだ。
「で、殿下!王がお呼びです!
“大至急、今回捉えた冒険者と共に玉座の間に来ること”とのことです!」
王子は大きく舌打ちをすると、騎士2人で俺を挟み、4人の魔法使いに俺を囲ませた上で王の元へ向かう。
結局ボロ毛布1枚を纏ったままだが、尻が無事だったことに俺はホッと安堵のため息をついた。
危うく違う乱れ菊が炸裂するところだった。
いや、そんな事言ったら師匠にボコボコにされるな。
一安心しながらも、何故自分が玉座の間に向かっているのかと不思議に思う。
普通、俺のような身分で立場の人間が、王に直接謁見できるはずがない。
異世界だから、といえば身も蓋もないが、それでもそれくらいの規律はあるはずだ。
まだ苦難は続いているとみるべきだろう。
玉座の間に着くと、王子は立て膝をつき顔を伏せる。
その後ろで、俺は足を蹴られ、立て膝立ちの体勢にさせられる。
いい加減腹が立つな、コイツ等。
「父上、火急の件とのことで、馳せ参じました。
如何いたしましたか。」
王様をチラと見る。
痩せ身で、目が開いているかわからないほどの糸目。
蓄えたひげも眉毛も白く、王冠と豪華なマントがなければ、穏やかで孫に甘そうな、どこぞの田舎の爺さんという印象だ。
「おお、ダニエルよ、急に呼び出してスマンのぅ。
冒険者ギルドがうるさく言ってきていてのぅ、
不当に長期捕縛している冒険者を引き渡せと、その一点張りでの。
流石にそろそろ昔のよしみと聞き流すにも限界での。
その者から、何か情報はあったかの?」
善意から俺を助けてくれる程、冒険者ギルドと親しくした覚えはない。
飲んでいた時にキルッフから、王様も即位前の若い頃は冒険者をやっていた時期があったらしく、冒険者ギルドに親しい友人がいる、と聞いていた。
恐らくは、発言力や地位の向上か、何かしらそう言った政治的な絡みがあり、ギルドとして王家に対して強く出られるチャンスを伺っていた所に、俺の騒動があったと言うところか。
多分、さっき暴走する前の王子が言っていた通り、現状俺はギルドに入り込もうとした賊を追って、正規でない手段で城門を超えた、その結果、王国法に基づき城門で一時的に拘束された、と言う認識の通りなのだろう。
疑いは晴れた筈だから早く拘束を解除しろ、と言うギルドと、勇者と王女の情報を吐かせるために返すわけに行かない王家と言うか王子の事情が、ここでせめぎ合っていると言うわけだ。
第一王子のダニエル坊やは、結局オヤジが積み上げてきたモノを食い潰して回ってると言うことだ。
この国も長くないな。
「父上、この者は例の勇者の情報を隠しております!
今しばらくお時間を頂ければ、必ず所在を突き止めて見せましょう!
そして必ずや我が妹、アルスルも見つけ出し連れ戻します故!」
熱弁を振るう変態をチラと横目に見ながら、王様の表情を伺う。
「フム、お主はアルスルとも仲が良かったからの。」
穏やかな表情は変わらなく見える。
ただ一瞬、疲れというか、物憂げな表情が見えた気がした。
「そうです父上!私の大切な妹であり、アナタの可愛い娘、アルスルの行方を、この男が握っているのです!
ギルドには伏せているとは言え、今しばらくのお時間を頂くことは出来ませぬか!」
いや知らんがな。
多分ー、僕その王女様ぶん殴ってましたー。
しかもー、僕その場から逃げちゃいましたー。
あ、言えねぇわ、これ。
「のぅ、ダニエルや。その者は何を知っていたのかのぅ?」
少し空気が重くなる。
発言1つ、声音1つでこの空気を作り出せるのは、やはり王だからだろう。
王子の焦りが伝わる。
「ち、父上!お時間を頂ければ必ずや、情ほ……。」
「何を聞き出せたのか、と、問うておる。」
静かな、しかしよく通るその言葉で、場の空気が重く、そして凍る。
これがスキルか何かだとしたら、便利なモノだと思う。
ただ、この冷え切った空気は俺も感じている。
スキルなどという便利なモノでは無く、この老人が王宮で培ってきた経験からの気迫だろう。
前言撤回。
この老人、やはり王だ。
「そ、それは……。
そうです!この者こそが父上のご友人であるランスロット卿を殺した重罪人でございます!
本人からそう聞き出しております!」
王様の目がこちらを見る。
なんだろう、俺を見る目に寂しさが宿っていた。
「異国の人よ、この場においては直答を許そう。
教えてはくれぬか、ランスロット卿を殺したのかね?」
「ですから私がそう聞き出し……。」
「黙れ。」
また場が凍る。
凍った場の中で、王は静かに俺を見ていた。
何となくその目が、“真実を言って良い”と俺には見えた。
ならば、そうする事にする。
「あぁ、最後まで残った隊長さんのことかな?
殺せなかったね。
彼からの言葉は“馬鹿に仕えるのももう飽きた”だったかな?
まぁそんな事言って逃げてったよ。」
暴力騎士からは“キサマ!王の御前であるぞ!”と叫ばれながら後頭部を殴られ、倒れたところを何度も踏みつけられる。
「止めよ。冒険者に礼は問わぬ。」
よく通る厳かな声に、騎士はビクリとなり姿勢を正す。
正直痛みは無いが、それでも腹は立つ。
コイツには絶対相応の対価払わせたる。
やられたらやり返す、倍返……いかんいかん、それは後のお楽しみだ。
「さてダニエルよ、何か申し開きはあるか?」
王の追求により、変態は青ざめた表情になりながらも、目に怒りが宿っている。
……何か、やな予感がするな。




