83:尋問
「よく来てくれた東の人、まぁ座りたまえ。」
優雅な手招きで反対側の椅子を指し示す。
捕縛しておいて“来てくれた”は無いモンだ。
いっそ開き直ってやろう。
「これはこれは、お招きいただき恐悦至極。
殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。
ただ座る前に、羽織るモノでも無いですかね?
この通り、寒さと厳めしい武人に囲まれて、愚息も縮こまっておりましてね?」
心理的にも隷属感を出させるために、裸に剥く事は効果的、と、何かの本で読んだことがある。
この相手と対峙するのに、全裸ではあまりに劣勢だ。
ただでさえこの部屋に入った瞬間から、何か体に重圧の様な物を感じている。
少しでも心理的劣勢は取り除いておきたい。
さも何でも無いことのように装うため、肩をすくめておどけて見せる。
その態度が、王子以外には不評だったようだ。
“貴様!殿下の御前であるぞ!無礼者!”と怒鳴られたかと思うと、髪を掴まれ、頭を机に叩きつけられる。
「あぁ、いきなり頭をやっちゃダメだ……。
いきなり頭をやると後に続く痛みを感じられ……。」
思い出した映画の台詞を口にしながら、フラつきながら机に手を着き、上体を支え起こしたところでその手の甲を思い切り殴られた。
あ、ホントだ、コウモリ男の映画で悪役のピエロフェイスが言ってた通りだわ。
頭の痛みの方が強烈で、手の甲の痛みが鈍い。
「な?」
ケロッとしながら、暴力を加えてきた騎士を見る。
その騎士の顔が、苛立ちと怒りで更に歪むのがわかる。
「あぁ、良い良い。
彼はこの国の人間でも無いし、確かにここは冷えるからな。
誰ぞ、毛布でも持って参れ。」
もう一人の騎士が部屋を出ていき、戻ってきたときにはボロボロの毛布らしき布を持ってきた。
渡されたボロ毛布を適当に体に巻き付けると、大事なところも隠されて、やはり心理的に少し落ち着く。
「さて、東の人よ、まだ暖かいとは言えないかも知れないが、先程よりはマシだろう。
私としては色々と君と話をしてみたいと思っていたところではあるが、如何かな?」
さて、要約すれば“お前の要望は聞いたぞ、今度はこちらの要望をきけ”と言う感じかな。
「まず、些か手違いがあったことを詫びねばならないね。
君は冒険者ギルド併設の酒場で暴れた正体不明の二人組を追い、我が国の防備が薄くなっていた城壁の亀裂から彼等を追った、そうだね?
その後君は戻って城門から入ろうとしたから、“出国履歴のない不審者”として城門で逮捕されてしまった、と。
間違いないね?」
「そうですな、追うのに夢中になっていて、正規の手段で国を出なかったのは失敗でした。
でもあの時、正規の手段で国を出ようとすれば、見失っていたでしょうから、難しい問題ですな。」
王子は“そう言ってもらえるとありがたいね”と頷き、手で合図をする。
先程毛布を持ってきた騎士が、今度は木製のお盆を机の端に置いて下がる。
盆の中には俺の衣類や小銭入れが入っていた。
「衛兵に話を聞いたが、その時の君の態度があまりに不審だったため、捕縛し拘束させてもらったようだ。
また、冒険者という存在はどんな能力を持ち、何を隠しているかわからない恐ろしい存在だからね。
一応君の発言の確認が取れるまで、規則通り身につけている物を全て没収し、確認させてもらった。
これは王国法に基づく基本的な対応で有り、理解してもらえるかな?」
まぁ、平たく言えば“お前不審者だったから規則通りの対応したけど、別に悪気はないよ”って所か。
“それについては理解できる、ただ寒かったけどね”と、ユーモア混じりに返事を返す。
暴力騎士殿は、また少し苛立ったようだが。
まぁこれで、晴れて無罪放免となったわけだ。
別に、王子の要望通り、穏便に話を済ませてやろう。
多少殴られたが、まぁそれも今回は水に流してやろう。
コイツらの前で着替えるのは怖いが、全裸のままでここを出るわけにも行かない。
衣服の入ったお盆に手を伸ばしたところ、突然王子が動き、ガッと俺の手を掴む。
「時に、その追った二人組、最後まで追跡出来たのかな?」
その声は、地を這う蛇のような低音で、その目は獲物を狙う鋭い光を放っていた。
有無を言わさない、人を睥睨させる威圧だ。
なるほど、こっちが本来の要望か。
中々どうして、虚実の使い方が上手い。
「いやぁ、残念ですが森に入られて見失いましてね。
夜の森は魔獣も出かねないですし、装備を整えてまた探そうと、引き上げてきた訳なんですよ。」
「そうか、それは残念だ。ハッハッハッハッ!」
王子は愉快そうに笑い、周りの騎士を見渡す。
騎士達もつられるように笑い出し、俺もつられて笑う。
次の瞬間、また後ろの騎士に髪を掴まれて、頭を机に叩きつけられ、上から頭を押さえつけられる。
「東の人、僕はね、そう言う嘘は嫌いなんだ。
“僕のお願いをいつも聞いてくれる友人達”を2人も殺して、1人は行方不明なんだ。
そう言うことが出来る君が、そんな無様をするわけが無いよね。」
やはりコイツが黒幕か。
「因みにさ、どうでも良いことなんだけど、行方不明の彼はどうしたかな?
彼がいないと色々と纏まらなくてさ、困っているんだ。」
抵抗を試みるが、何故か体に力が入らず、この暴力騎士の腕力に勝てない。
少し焦りはするが、それを気取られる訳にはいかない。
「あぁ、アイツか。
殺して、見つかるのも面倒だから埋めといたよ。」
信じるかどうかは知らないが、とりあえずそう言っておく。
これで“埋めた場所を教えろ”とでもなれば、またチャンスは生まれる筈だ。
「……そうか、便利な手札だったんだけどねぇ。
ま、それが本当かどうか、もう少し君の体に聞いてみよう。」
え?体?
暴力騎士に、上半身を机の上に突っ伏す様な体勢で頭を押さえられたまま、ボロ毛布をペロンとめくられて、尻を丸出しにされる。
流石に気持ち悪いので本気で抵抗しようとしたが、やはり人外の力を振るうことが出来ず、上半身は頭から押さえ込まれ、足は両足を繋ぐ鎖を踏まれていて、ガッチリと暴力騎士に押さえ込まれてしまう。
顔から、血の気が引いていく。
まさか、まさかまさか。
「君も、あの勇者もそうだが、東の人は肌がきめ細かいよねぇ。
あの勇者は肌も張りがあって、実に良い感触だったのだ。
スラムで押収した薬を使って、徐々に壊れていく様子もまた、最高だった……。
……父上が引退なされたら、東の蛮族共に攻め込んで、見た目良い者共を奴隷にするのも悪くない。
どうかな?良いアイデアだろう?」
机に押しつけられた状態だが、視界にそれがうつる。
うわぁ、王子様、ギンギンだぁ……。
すごく、大きいで……いやいやいや、まてまてまて、それはアカン!あきまへんで!
アタイのアレがアレな事にされてまう!
「あぁ、君がどんなスキルを持っていても、この部屋では使えないよ。
その為に、スキル封じにステータス封じ、指定対象の弱体化にそれらの魔法の威力を上げるブーストと、それぞれの最高位魔法使いを用意してあるのだからね。」
四隅のコイツらはやっぱりその為か!
俺自身、スキルやステータスなどは持っていないから弱体化されても影響は出ないが、純粋な弱体化は想定外だ。
しかもブーストされてるとか、道理でこの部屋に入ったときから何か体が重いはずだ!
「君がこの部屋で普通にしているのを見て、少しヒヤッとしたよ。
今まで伝説級の冒険者、いや勇者でさえ、この結界の中では身動きすら出来ずにすぐに倒れ込んだというのに。」
そうだ、コイツは勇者も毒牙にかけていたことを忘れていた。
しまった、こういう方法で捕まえていたのか。
ヤバい、本気でヤバい。
脂汗を流しながら、現状を打開する方法を考える。
流石に“現実は非情である”だけは避けたい!




