829:灰の結晶
「クソッ!クソクソクソッ!!」
ジッとしていられず、思わず俺は近くにあったパイプ椅子を蹴飛ばす。
こんな未来の世界でも現役で頑張っている安椅子は、軽い音を立てながらペシャリと畳まれて転がる。
「落ち着けよ兄弟、まだエイラは撃墜されたと確認出来てねぇんだ。」
「そうよ、爆発音と煙は上がっていても、彼女の生存信号は消失してなかったわ。
状態はどうあれ、生きている可能性はまだあるわよ。」
ガスとジェーンを睨みつける。
その行動に意味はない事は解っていても、ただの八つ当たりだと理解していても、そうしていなければ俺の中にある、“自分への怒り”が収まりそうになかったからだ。
ただ、理解しているからこそ、それ以上の言葉は流石に吐けない。
“なんで見殺しにした”と口に出すことだけは出来ない。
あの時は2人の判断が正しい。
残弾も燃料も尽きかけていた俺達があのまま戦っていても、殺られる可能性の方が高い。
いや、ほぼ確実に全滅だろう。
「……あのー、独立部隊の皆さん、ちょっと良いですかね?」
薄汚れたツナギ服を着た青年が、微かに扉を開けて俺達を覗き見ている。
この重く張り詰めた空気の中で、何とか覚悟を決めて声をかけたようだ。
「おぅ、どうしたニィちゃん?何かあったのか?」
ガスが何でもないようにいつもの調子で整備兵に声を掛けると、彼は少しホッとしたような表情をしていた。
「あぁ、ええと、未確認の敵性生物の死骸を回収したんですが、僕ら整備の人間だとどう解体したらいいものか解らなくてですね。
……その、お手間じゃなければちょっと手伝って欲しいかな〜、なんて、ハハハ。」
「おぉ、そんな事なら任せてくれよ。
こっちも暴れ足りない奴を持て余してて、ちょうど良かった。
……なぁ、それで良いなセーダイ?」
俺は声を出すことなく、右手を上げて了承する。
この怒りは他人にぶつけるべきモノじゃない。
だが、こうしてジッとしていても悪い考えばかりが浮かんで自己嫌悪と周囲への八つ当たりしか出来そうにない。
それならば、何か作業していた方が確かに気も紛れるか。
エイラが殿となって撤退したあの後、俺達は回収予定の降下艇とは違ったが、その近くで敵性生物の回収をしている作業艦に回収されていた。
降下艇の方はゼロが既に手を回していたらしく、回収を中止して帰投していたのだ。
途方にくれた俺達が何とか基地の方に向かおうと移動し始めた時に、運良くこの作業艦に見つけてもらった、と言うわけだ。
作業艦といっても元は地上空母を改修しており、パワードスーツの修理と補給が出来たのは幸いだ。
「……でも、何でこの辺で蟻どもの死骸を回収してたのかしら?
そんな作戦行動があるなんて、出撃前には見かけてなかった気がするけど?」
「あぁ、急に決まったんスよ、何かぁ、最近の戦闘で蟻達の中に酸とは違うエネルギー波?とかを出す個体が増えたとか何とかで、学者センセーが“戦場から蟻の死骸を出来るだけ持ってこい!”みたいな指示があったみたいでして。
“直掩のトルーパーがいねぇ”ってウチのボスが断ろうとしたらしいんスけど、安全地帯になったはずだから行って来いって命令出たらしいッス。
マジお偉いさんは現場知らねぇから怖ぇッスよ。」
どうやら思う所があったのか、案内途中に彼が色々と話してくれた。
その蟻の特徴を聞いて、俺達は目を合わせる。
アレだ。
エイラが口にしていたロストテックスウェポン。
灰の結晶。
確かにマザーが“回収し、量産して装備させる”と言っていた。
つまり、もうあちらはあの武器の試運転が始まっている訳か。
「こちらッス。
皆さんのパワードスーツ、随分古いジェネレーターとかブースターとか使ってたんで、ウチにあった予備のヤツと入れ替えて修理しときましたッス。
武装はまだ修理中ッスけど、死骸を解体するには問題ない様に本体は直しときましたッスよ。」
その言葉を聞いた瞬間、俺達は一斉に整備兵の彼を見る。
俺達3人から一斉に見つめられた事で、彼は思わず数歩後ろに下がりながら慌てる。
「あ、いや、搭乗者の皆さんがあの装備を気に入っているとかで余計な事したかも知れないッスけど、アレ流石に古すぎてウチに部品無ぇんスよ。
勘弁してくださいッス。」
ガスは彼と無言で握手を交わし、ジェーンはガッシリと彼にハグをする。
そして俺は“整備兵の皆様に何卒宜しくお伝え下さい”と最敬礼で返事をする。
[アイツ等次に会ったらブチ殺してやる。]
[ガスに賛成、エイラにも酷い事していたなら、殺す前に徹底的に拷問してやるわよ。]
「ま、まぁ、装備が強化されたのは良い事なんじゃないか?
この蟻を解体した後、この機体なら短時間のジャンプ移動も出来そうだし、エイラの捜索も出来そうじゃないか。」
……なんだろう、逆に冷静になってきた。
自分よりも怒ってる奴を見ると、逆に怒りが冷める現象が起きていた。
口を開くとゼロ達4人への怒りしか口にしなくなった2人を、今度は俺がなだめる事になっていた。
パワードスーツを着込んだ俺達が、指定された倉庫の中に入るとそこには無数の蟻の残骸が転がっていた。
[独立隊の皆さん、聞こえるッスか?
そこに格納している蟻を、出来るだけ回収ポッドに収まるサイズにカットして欲しいんスよ。
腕部の小型高速振動剣は稼働するので、それでお願いシャッス。]
手甲の部分、そこにギミックがあり、指定するとナイフくらいのサイズの剣が飛び出す。
ふと、“そう言えば昔こんな武器を着けたAHMがあった気がするな”とボンヤリ思い出す。
この世界には、まだAHMの原型すら無いだろうが。
[さて、それじゃあ始めるか。
ちょん切って箱にしまうだけだ、簡単なお仕事だな。]
ガスのぼやきとも取れない呟きに我に返り、作業を始める。
もちろんちゃんと作業はする。
だが、それだけじゃない。
「……マキーナ、部隊内通信。」
<クローズド通信網、確立しました。>
驚いた。
今まで視界にテキストメッセージが表示されるだけだったが、遂に音声でマキーナの声が聞こえた。
「あれ?お前そんな色っぽい声だったっけか?」
久々に聞いたマキーナの声は、変わらず機械音声だ。
それでも、何となく女性的なニュアンスを感じられる程には人間味のある声に聞こえた。
<以前と変わっていませんが?勢大の方こそダメージを受けすぎて脳に影響が出ていませんか?>
変わらぬ調子で安心する。
だが、今はその喜びも後に回そう。
俺は2人に向けて、秘匿通信を飛ばす。
「見つけたぞ、あの武器だ。」




