822:悪意
[今回はこの俺、アナスターシイ軍曹様からお前等に改めて作戦目標を伝えてやる!感謝しろ!!]
“階級戻れて嬉しそうだな”と危うく言いかけたが、そこは堪えておく。
追加で面倒事を背負わされるのは御免だ。
ただまぁ、皆同じ気持ちなのだろう。
パワードスーツ越しにでも、それぞれ呆れた顔をしているのが見える。
あの、映画を観るフリをしつつ4人で話し合った日に来た作戦指示、未踏破地域への出撃に関して事前に打ち合わせ済みだ。
だから何が来るかは大体解っているが、俺達は余計な事を言わぬよう、皆沈黙を守っていた。
[素直に言う事を聞く奴は大好きだぜ、へへへ。
さて、お前等には我が軍が大規模攻勢の準備を行う時間稼ぎ兼進路確認のため、裏大陸にある我が軍の橋頭堡から敵拠点に向かう為の要衝、“水没都市”に向かってもらう。
あそこの状況の調査と威力偵察が今回の主要任務だ。
それと、そこにいるナード殿のご意見を参考にしてな、ロストテックスに関しても合わせて調査してもらう。
じゃあな、頼んだぜ。]
[アナスターシイ軍曹殿、質問よろしいでしょうか!!]
終始ニヤニヤしているアナスターシイだったが、ガスの言葉にその笑みを深くしながら、“言ってみろ”と返す。
俺達からの怨嗟の声や恨み節、当て擦りを期待している、と言う所だろうか。
それを聞いて正論で返し、悔しがる俺達の顔を見たい、そんな事だろうな。
[通常は作戦指示はトレメイン隊長か、或いは我が分隊長のマミ少尉から下るものでは無いでしょうか?
まぁ、我が分隊はゼロ軍曹がよく作戦指示を出していましたがね。
分隊長達は、いずこに?]
[ゼロさ……ゼロ軍曹とマミ少尉はお前等の分隊から抜ける。
彼にはこんな任務には相応しくないからな。
彼等にはトレメイン隊に移り、こちらで別戦区に赴く。
貴様等にはまう関係がない。
お前達はそうだな、“ナード独立隊”とでもしておけ、以上だ!!]
ガスからの質問に露骨に不機嫌な顔を見せたアナスターシイは、吐き捨てる様にそう告げると通信を切った。
どうやら彼の予想通りの展開にはならず不愉快だったらしい。
笑いをこらえていると、マキーナからのメッセージが目に入る。
-お待たせしました-
-今のアナスターシイ軍曹の言葉がきっかけになりましたので、“ナード独立隊”として個別通信を確立しました-
-この個別通信網での会話は、機体にも残らず独立しています-
待ってました。
俺は早速回線を開くと、独立隊のチャンネルを選ぶ。
「オーケー、うちのAIが独立隊用の通信網を作った。
ここでの会話は外には漏れないから安心してくれ。」
[あぁ!もうホントなにアイツ、ムカつくわぁ!!]
[ヘイヘイ、ちっと落ち着けよジェーン、それよりもアイツ、さっき“ゼロ様”って言いかけてなかったか?]
秘匿通信が確立されたと知ると、すぐにジェーンが怒りを爆発させる。
まぁ、ジェーンにしてはよく我慢した方か。
「それも気になるし、アイツが言っていたロストテックス云々の話、エイラ、大丈夫だったのか?」
言ってしまって大丈夫だったのか、というのもあるが、尋問を受けた時に俺が体験した事を思い出していた。
俺は男だからアレだけで済んでいたが、エイラにはもっと厳しい責めがあったかも知れない。
それこそ、女性の尊厳に関わるような行為もあり得る。
[それは、大丈夫でござる。
元々攻略するにはあまり必要の無い……いや、それを解析して何かの技術に応用出来れば解らないでござるが、直近で役に立つとは思えない、前時代の動力装置の一部でござるから。]
[セーダイはそれだけの事言ってるんじゃないわよ、アンタ、体は大丈夫なんでしょうね?]
ジェーンが、同性と言うこともあり俺が追求しにくい事にも切り込んでくれる。
エイラも少し言うのを躊躇ったが、意を決したのか息を吸う音が聞こえる。
[その、本当に信じてほしいのでござるが、そこまではされなかったでござる。
裸には剥かれましたが、ハハ、ワタシの貧相な体だと魅力が無い様で。
まぁ、いつも通りにしてたらワタシよりもセーダイさんを痛めつけた方が効くと、バレてしまって……。]
あぁ、なるほど、と少し納得してしまう。
マキーナの回復があったとはいえ、ほぼ瀕死の状態まで追い込まれて丸一日以上か、寝込んでいたのだが、あの時ガスが大して怪我を負っていなかったと頭の片隅で不思議に思っていたのだ。
俺だけを執拗に痛めつけていたのかと思ったが、そういう事だったのだ。
[何よそれ!たかがロストテックス1つ無くしたくらいでやり過ぎだわ!!
エイラ!この作戦が終わったら軍警察に訴えましょう!!]
今、ジェーンが怒ってくれる事が本当にありがたい。
俺では寄り添いきれない部分でもある。
俺達は、エイラが泣き止むまで誰も口を開く事はなかった。
[……ありがとうでござる。
そう言えば話は変わるのでござるが、元の知識でもアナスターシイがプレイヤーの事を“様”付けで呼ぶ事など絶対にありえなかったでござる。
これまでの展開が原作通りで無いとしても、もう把握できない所まで改変が発生している可能性があるでござる。]
泣き止んだエイラが、ふと思った事のように呟く。
その言葉に、俺の表情も少し引き締まる。
“ただの改変で収まっているのか”
そんな疑問がすぐに浮かぶ。
あくまでも仮定だが、やはりゼロも転生者で、あちらはあちらで同じゲームを知っていて主人公になろうとしているのではないか。
アナスターシイやトレメインが当然のように従っているのも、例えば転生時に受け取った不正能力で、人心を魅了する様なモノだとしたら。
[降下10分前!!]
輸送機パイロットの号令に、俺はハッと顔を上げる。
考えるのは後、今は生き残る事が先決だ。
俺は念のためにと、装備や燃料、他不具合が無いかのチェックを始める。
[そう言えば、皆の……多分通信系のオプションの所に“B装備”っていう項目があったりするでござるか?]
言われて、何気なく装備項目をチェックする。
通信系のオプションは一度設定するとあまり何度も見ない項目だ。
もちろん通信自体はチェックするが、オプションは個人の好き、というか、ある意味で不要な趣味の項目だ。
モニターフレームを青にしたり緑にしたり、残弾の表示や位置を見やすく変えるような、その程度の事だ。
最初に起動すればオプションを見なくとも自分の設定通りになっている事は確認出来る。
だからイチイチ見たりしないが、今回改めて見ると確かに“B装備”という謎の項目が、しかも外部オプションとして追加されていた。
[それ、遠隔起爆装置なので、降下したら真っ先に捨てて欲しいでござる。]
事も無げにエイラは言うが、俺達は空気が凍る様だった。
“ここで仕留めに来ている”
明確な殺意、そんな予感すら感じていた。




