821:作戦会議
「……もしかしたら、この後少しマズい事になるかも知れないでござる。」
俺を含めた3人とも、エイラの言葉の意味がわからず頭の上に“?”マークが浮かぶ。
「いや、ふとこの流れ、“懲罰戦”っていう分岐シナリオに似てるなと、思ってまして……。」
「オイオイ勘弁してくれよ、お前等の言ってる事はチームメイトだから信じるにしてもよ、その名称だけでヤバいのは十分理解できるぜ?
これ以上何があるんだよ?」
ガスがうんざりした様に顔に手を当てて天井を見上げる。
俺も同じ気持ちになっていた。
俺達の状況が既に懲罰待ちのソレだ。
とはいえ、聞かない訳にはいかない。
俺達は、エイラに続きを促す。
「そ、そのシナリオはですな、あ、まず前提条件のフラグが……。」
エイラのアチコチに飛ぶ説明を、合間合間で俺がまとめる。
どうやら、その“懲罰戦”というのはゲーム上で一定値以上の問題行動、例えばアリから逃げる一般市民を諸共に虐殺したり、仲間の救援を無視したりするとマイナスポイント、これをエイラは“カルマ値”と呼んでいたが、それを貯めてしまうとステージクリア後に軍法会議画面になるらしい。
そこでの判決は“激戦区への投入”または“敵軍突撃”等、カルマ値によって難易度が変わるらしいが、ともかく一番キツい戦線に送り込まれるのだという。
当時のトッププレイヤーでもデスペナルティが避けられなかったレベルの、超高難易度なのだそうだ。
ちなみに公式ですら何かのイベントで“処刑場”と口走ってしまったくらいらしく、プレイヤーの間でも“処刑場送り”という呼び名が広まったという。
「……軍ならそういう処刑方法もあるって聞いたけど、マジかよ。」
ガスが疲れたような表情でポツリと呟く。
「でも、まだそうと決まった訳では無いでしょう?
エイラの“予言”だって、当たらない事もあったわ。
まだ諦める程ではないわよ。」
ジェーンは希望を口にするが、空気は変わらない。
もう俺達をハメた犯人探しどころでは無い。
今の状況は、限りなくそれに近い。
もし仮にそれが起きるとしたら、どう対処すべきか。
俺はそんな事を考え始めていた。
「あ、あくまで可能性の1つでござる。
もし仮にそうなったとしても、ワタシが何とかするでござる。
皆は、泥舟に乗った気持ちで安心して欲しいでござる。」
「それじゃ沈むじゃねぇか。
……まぁ、深く考えたって仕方ねぇな。
そうなったらその時はその時だ!!
エイラもセーダイもトップ10エース様なんだ、期待してるぜ?」
「アラ、あなただって前の戦いで一応エースの称号手に入れたじゃない?
期待してるわよ、ガ・ス。」
ジェーンがニヤリと笑うと、ガスは“やれやれ、コイツラといると俺までエースにされちまう”と言いながらまたもげんなりとした顔をして天を仰ぐ。
それでも、“俺は抜ける!”などと言い出さないのは頼もしい限りだ。
「後、多分首謀者はゼロでござるな。」
あまりにもアッサリとそう言われ、俺達の頭にソレが到達するまでに少し時間がかかった。
「え?何を根拠にそう言ってらっしゃる?」
思わず俺も変な敬語になってしまうが、エイラ以外の全員同じ気持ちだろう。
「ホラ、これでござる。
新しい指示の。」
エイラが俺達に見せた端末の画面には、新しい任務が送信されていた。
先程の話通りの、未踏破地域への出撃。
発案者はゼロ軍曹。
承認者にエミ少尉とトレメイン中尉。
「2人が昇進してるな……。」
「多分今回の作戦の功績でしょうなぁ。
我々にはロストテックス紛失の嫌疑がありますが、それは言ってみればイレギュラー。
本来の作戦全体で見れば大成功ですからな。
その功績と合わせて、トレメイン家の圧力もあったんだとは思うでござるが。」
淡々と話しているエイラが、正直俺には別の生き物の様に見えた。
ハラワタ煮えくり返って怒り出してもいいような状況だと言うのに、あまりにも無頓着だ。
「しかしまぁ、未踏破地域への出撃ならまだ軽い方でござるな。
本拠地単独突撃とかでなくて良かったでござるよ。」
「いや、それはそうなんだろうが……。
エイラお前、あのファッキン共に手柄横取りされたようなモンなんだぞ?
もうちょっとこう、何か無いのか?」
思わずガスがツッコミを入れている。
それを言われても、エイラはキョトンとしたままだった。
「何ででござるか?
ワタシは2人と、セーダイ殿が無事でいればそれで満足でござる。
それよりもどうやって次のクエストを攻略するか、今から楽しみでござる。」
「アラ、エイラちゃんも女の子ねぇ。」
あっけらかんとそう言い放つエイラに、何故かジェーンがニマニマとしている。
「ばっ!?ちがっ!?
わ、ワタシは男でござる!!」
エイラは真っ赤になってジェーンに食ってかかるが、ジェーンは意に介さないかのように怪しい笑みを浮かべてエイラを生暖かく見守るだけだ。
「……なぁセーダイ、2人の会話の意味、解るか?」
「解る訳ねぇだろ、こちとらお荷物のお前をどうやって使うか頭を悩ませてるところだ。」
ガスが肩をすくめながら“へいへい、エース様のご指示に従いますよ”とおどけてみせた。
「……にしても、作戦発案者がゼロか……。」
「そうでござる。
この懲罰戦は、本来もっと上の上官が作戦立案として名前が出る筈でござる。
ここにゼロの名前がある事事態が、セーダイ殿が思っているよりも異常な事でござる。」
そうなのだろうか?
この異世界での作戦立案がどういう形態で行われるかピンときていないが、確かに元の世界でもいわゆる参謀とか将校が立案するイメージがある。
たかが一介の軍曹如きが立てるモノでは無いだろう。
「そうね……、悔しいけど、反論出来る余地が無いわ。
何しろ、その作戦は“間違いなくアタシ達に死んで欲しい”って願う奴が立てるモノだからね。」
ジェーンに言われ、ようやく理解する。
ゼロが何も関与していないのであれば、今回の作戦成果を見て俺達を殺そうとする理由が無い。
ロストテックスの件はあるだろうが、困難な作戦を達成する貴重な部下だ。
普通なら部下を失う方を嫌がるだろう。
「だとしても、結局確証は無いままか……。」
もう、映画は終わりそうな時間になっている。
俺はエイラに次の作戦の概要を聞きながら、“どう生き残るか”に意識を集中し始めていた。




