819:推理
鼻歌が聞こえる。
子守唄や優しい歌の類ではなく、何となくヒーローモノの様な歌詞が聞こえる。
「……ここは。」
目を開けると、何となく見たことのある白い天井。
自室ではない事はすぐに解ったが、どこか思い出せなかったので辺りを見渡す。
「痛っ……!?」
「あ、セーダイ殿、起きたでござるか?」
首を動かそうとして激痛が走り、つい声を上げてしまったが、それで鼻歌を歌っていた人物も、俺が目覚めた事に気付いたらしい。
ヒョイと俺を覗き込んだその顔は、想像通りエイラだった。
「いきなりのぞき込むなよ……、また、頭をぶつけるぞ……?」
「そうでござったな。
あの時は鼻血が止まらなくて焦ったでござるよ。」
始めてエイラと会った時の事を思い出し、お互いクスクスと笑う。
懐かしい思い出だ、と思うと共に、あの時なぜエイラが俺を介護していたのか少し気になり、その時の話を聞いてみる。
「あぁ、アレでござるか。
……その、あの時は候補生の手前の学生として医療系の実習に回されておりまして……。」
エイラは元々別星系の生まれらしく、貧しい大家族の末っ子だったという。
物心ついた時から転生者としての意識を持っていて、その事で両親から気味悪がられていたらしく、助成金目当てに軍隊に売られた、という事らしい。
ただ、本人も前世の知識からパワードスーツ乗りになりたかったという事で、喜んで売られたそうだ。
そして当初はその知識を生かして好成績をおさめ、未来のエース候補と言われていたらしい。
だが俺が降り立った星、LC-4に配属が決まり、そこから少しずつ状況が変わっていく。
派遣された当初はトレメインからも期待されていたらしいが、いつしか“奇妙な事ばかり口走るオタク野郎”と噂されるようになっていたという。
ある時から、パワードスーツ訓練にも参加させてもらえず、“女であるお前は医療兵が適正だ”とトレメインから言われてそこで医療兵の真似事をやらされていたらしい。
正規の医療兵が激減していたらしく、何も教えてもらえないままマニュアル片手に一生懸命頑張っていたらしいが、アナスターシイ達前線の兵士達からは評判が良くなかったという。
「……なぁ、お前のその、成績とやら、今みたいに全部隊のヤツが見られるアレの事か?」
ふと、思った事を口走る。
自分で言っていても“何を当たり前のことを”と思うくらいの事だが、何故だかモヤモヤとした言い表せない感情が胸の中にあった。
「そうでござる。
セーダイ殿もたまに見てるアレでござるよ。
そう言えばお互い、アリの撃墜数が計測記録で1,000体超えましたな!もうエース級でござるよ!!
部隊内でもトップ10入り出来ましたぞ。」
何だろう、何だ?
うまく言い表せない。
それでも俺の前で無邪気に笑う、エイラの悲惨な境遇に同情した訳ではない。
いや、同情には価するが、ソレとは別の感情だ。
何かを見落としている、そう思えてならない。
「……そうだよなぁ、アレだけ倒せばトップ10にも入るよなぁ……。
そう言えば、今上位って誰だったっけか。」
うまく働かないボンヤリとモヤがかかったような頭で考える。
「あぁ、それならトップ3がゼロ隊長、マミ副長、アナスターシイ伍長で、そこから下は他部隊だったり別星系の隊員でござるな。」
モヤが一気に晴れ、ハッとなる。
そうだ、ゼロの存在。
アイツは何者だ?
強化人間だとはエイラから聞いていた。
ゲーム本編の主人公で、無個性で名称も変更出来る、ありがちな存在。
でもそれなら、何故転生者じゃないんだ?
エイラ……ノイチ君が転生した先が、途中で死亡するフラグ持ちのエイラという少女。
そういった転生も、他の異世界で無いことはない。
いわゆるモブキャラ転生、みたいな奴だ。
でも、そういう世界では決まって元の世界のように活躍している事は少ない。
“ブラジルでの蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こす”かのように、いわゆるバタフライエフェクト現象によって本来の主人公の運命も、筋書きから外れて狂ってしまうからだ。
「……なぁエイラ、あの、ゼロって奴、お前は俺と一緒の部隊配備のあの時、初めて見たんだよな?」
「そうでござるよ?
あぁ、まぁ名前は当然知っていたでござる。
“同じ大隊にいるから、いつかどこかで見られるのかなー”的な、そんなふんわりした感じでしたが。」
一度心に引っかかり疑い始めると、どうしても気になる。
こういう時、元の世界の職場でも“とはいえ今は忙しいし”と何かしらの理由をつけて後回しにすると、決まって大事故を起こしていた。
その教訓から、一度でも心に引っかかった事は納得するまで調べる性分になっていたからかも知れないが。
「エイラ、お前、部隊に配属された時も成績というか、スコアどれくらいだったんだ?」
「あぁ、それは俺の自慢でござるぞ。
初陣で20匹キルしましてな、あのゼロを抜かしてトップルーキーになった事があるんですぞ!!」
嬉しそうに笑うエイラの顔を見ながら、俺の中でピースがハマる音が聞こえていた。
これだ。
だが、まだ情報が足りない、決定的に足りない。
(マキーナ、調べられるか?)
心の中で呟きながら、携帯端末を苦労して見る。
-調べ始めています-
どうやら、一方通行とはいえ俺との会話バイパスも繋がりつつあるらしい。
優秀な相棒に任せつつ、俺は俺で出来る事がある筈だな。
「なぁエイラ、今の俺達はどういう立場になってる?
部屋に戻って皆で映画鑑賞してる時間が恋しくてよ。」
「あぁ、それなら結局証拠不十分、かつ現場においてはやむなき事態と言う事で一旦釈放となってるでござる。
基地内から出る事は許されていないですが、逆に言えば基地内であれば今まで通りに行動が出来ますぞ。」
それなら話は早い。
ガスとジェーンにも、この際協力を求めるというか、状況を説明しておいた方が良いかもしれん。
俺はエイラに、“少しゆっくり見たいから、長めのヤツをチョイスしておいてくれ”とお願いすると、エイラは嬉しそうに“先に戻ってライブラリを漁ってくるでござる!”と喜び勇んで病室を飛び出していった。
(マキーナ、追加で悪いが、俺の部屋に細工出来るか?)
-問題ありません-
-既に仕掛けられている盗聴器、隠しカメラの位置まで把握済みです-
マキーナの手際が良くて感心するべきか、やっぱり仕掛けてあったかと呆れるべきか。
何にせよ、ため息と共に痛む体を何とか起こし、籠に置いてあった俺の服に着替えると、自分の部屋に向かって歩き出すのだった。




