817:取り調べ
「……なるほど?お前はあくまでシラを切るつもりか、あぁん!?」
「ですから、本当に発見したケースは1つで、中の武器も1つしか無かったんですって。
開封時のデータは、パワードスーツの動画ログを見てもらえれば……。」
いきなり目の前の机をバンと叩かれ、思わず警戒で言葉が止まる。
こめかみに青筋を立てたアナスターシイが、怒りに任せて机を叩いたのだ。
作戦終了後、俺達はそのまま拘束された。
理由は重要機密であるロストテックスウェポン紛失に関して、という事だ。
正直、あまりにも早すぎる。
どこかでモニターされていたりでもしない限り、この早さは異常だ。
「まぁ落ち着きたまえアナスターシイ君。
少し、外の空気を吸ってきたまえ、セーダイ君が萎縮してしまっているではないか。」
俺の目の前にはトレメイン准尉が座り、両肘を机について手を組みながら静かに俺を見つめ続けていた。
今、俺は取り調べと言う事で尋問室の中にいる。
この時代にもまだあるパイプ椅子に座り、床に固定されている金属製の机と、まるでテレビドラマの刑事物で見たような風景だ。
壁の一面が鏡張りになっている所を見ると、あの裏から誰かしらが見張っているのだろう。
「なぁ、セーダイ君。
私は君達の事を評価しているのだよ。
今回の陽動作戦、困難な作戦を君達は最も良いかたちで達成してくれた。
これは表彰されるべき事象だし、昇格も視野に入るだろう偉業だ。
希望するならば、内地での異動希望も通るかも知れない。
……だからこそ、このような事で汚点がつく事は避けるべきでは無いかね?」
遠回しな言い方だではあるが、これがこの世界の人間であるならば、きっと心が動く言い方なのだろう。
昇格し、キツい前線勤務から安全な後方勤務に転属出来るとなれば、白いモノも黒いと言い出したくなるのだろう。
「どうだろう?改めて聞くのだが、あそこで君はあの武器を本当は見つけていないんじゃないかな?
始めからエイラ一等兵が見つけて、そして彼女が紛失したと嘘をついて隠している、のではないかな?
回答次第では私も君の進路に口添えしてもいい。
どうだろう?」
俺が黙っている事を好機と見たのか、親身な笑顔を浮かべ、トレメインは俺に1つのストーリーを提案してくる。
何故だかは解らないが、エイラを生贄に捧げれば俺は希望の進路に転属させてやるぞ、という取引を。
いかにも人の良さそうな、こちらを心配している笑顔を浮かべるトレメインを見ながら、俺は少し考える。
何故、コイツといいアナスターシイといい、エイラを目の敵にしているのだろう。
ふと、“エイラもギリギリにならないと詳細を語らない事と、何か関係があるのだろうか?”という考えがよぎる。
俺の知らない何かがこれまでにあって、エイラもそれを警戒している?
現に今、ガスとジェーンはエイラのゲーム知識の話を“予言”と言っている。
殆どその通りの展開になる事を体験し、“エイラには不思議な力があるのでは”と敬意を示しているほどだ。
「……そう言えば、作戦途中で所属不明のパワードスーツに、まとめられたアリ達の軍勢を押し付けられたんですよ。
アレが無ければ混乱は無く、結果的にはエイラ一等兵の紛失事故は無かったと……。」
「今はその話はしていない!!」
俺の言葉に被せるように、トレメインが怒鳴る。
先程までの優しい表情から一変し、鬼の形相に変わるが、すぐにまた元の優しい笑顔に戻る。
「セーダイ君、私は君の事を高く買っている。
戦闘技術はエイラ一等兵以上、ともすればゼロ君よりも強いのではないかと思わせる瞬間がある。
君のような人材が兵士の教育に携わっていてくれれば、今後も優秀な人材を輩出してくれると思っているのだよ?」
なるほど、安全な教導隊辺りに異動させてくれる、という訳か。
ただし今後はトレメインの一派になる、という前提でだろうが。
「あの時、私のパワードスーツに所属不明機からの通信ログが残っています。
アレを解析してもらえれば、今回の事故に至る経緯と、その元凶だと解るでしょう。
アレがなければ、あんな緊急対応として旧基地武器庫に立ち寄る事も無かった。」
これは嘘だ。
恐らくエイラの事だ、始めからあの基地に寄って大量のテルミットを使う予定だったろう。
しかしあそこに繋がる流れとして、“残弾を気にせず撃つ必要があった”という事象は大事だ。
「その件は本件とは関係ない!!
セーダイ君、もっと利口に生きたらどうだ?
本件は不審な言動や行動を繰り返すエイラの、独断による重要軍事物資の横領だ。
それと別件をまぜこぜにするとは、聡明なセーダイ君らしくないじゃないか。
それに、君にとっても出世も大事ではないかね?このままエイラに肩入れしても、あまり有益な身の振り方にはならないのではないかね?」
こうして、正論風に見せた言いくるめでこれまで人を動かしてきたのだろう。
俺がこの世界の住人で、この場にしがみついて生きなければならない存在だった場合、多分ここでトレメインの提案を飲んだかも知れない。
結局は、我が身が可愛い。
生きていくために、多少の犠牲は仕方ない。
それに、エイラも隠し事が多いから信用しきれない。
そんな事を自分に言い聞かせて、無理矢理自分をごまかして、納得させて。
「申し訳ありませんが、トレメイン准尉の仰っている事はよくわかりません。
あの時、我々は分隊長と分隊副隊長もいない中で、最大限の戦果を出すためにそれぞれが出来る事を最大限実施しました。
必死に戦った仲間達に対し、虚偽の証言は出来ません。」
罰するならまず、隊長副隊長のクセに共に行動していないゼロとマミだろうに。
それを含みながら、まっすぐトレメインの目を見て答える。
長い事睨み合い、沈黙が続いた後、トレメインは目を逸らしてため息をつく。
「……やれやれ、私の見込み違いだったようだ。
君はもう少し頭の切れる男だと思ったが、残念だ。」
そのまま立ち上がると、トレメインは退出する。
トレメインの退出と入れ違いになる様にアナスターシイが入ってきて、俺の隣に立つ。
「怖い刑事の後に優しい刑事、って定番なら終わったろう?
その後に怖い刑事がまた現れても意味無いぜ?」
「だろうな。」
アナスターシイの手には砂の詰まった皮の棒、いわゆるブラックジャックという武器が握られていた。
“抵抗すれば複数人がかり、って所だな”と思った俺は、アナスターシイの振り上げる腕を“遅いなぁ”と思いながら見ていた。




