816:脱出
[セーダイ!エイラ!いつまでかかるんだ!?
もうこっちは保たねぇぞ!?]
[そっちの進行状況はどう!?
そろそろ銃身の方が先に焼け付いて、使い物にならなくなりそうよ!!]
ずっと機銃の音が止まらずに鳴り響いているのは聞こえていた。
出口に繋がる通路で、2人のパワードスーツの後ろ姿も見えた。
「マキーナ、嫌な予感がする。
フルパワーのブーストであの2人の所へ!!」
-全ブースター点火-
背面装備の追加ブースターにも点火し、急加速で2人の元に滑る。
エイラが巻き込まれて“わぷっ!?”とへんな声を上げていたが、今はそれどころでは無い。
大体こういう時、お約束の展開が待っている。
[カマキリッ!!]
[しまっ……!?]
ガスが叫び、ジェーンのパワードスーツがまるで子供のように、頭を守りながら小さくかがみ込む。
「させねぇよ!!」
間一髪、高速振動剣で振り下ろされるカマキリの腕と鍔迫り合う。
-ブースト、フルパワー-
炎の噴射が更に大きくなり、カマキリの巨体を押し返す。
「オォオオォォ!!」
雄叫びと共にカマキリの腕を切断、そのまま首に飛び込み横薙ぎに斬り落とす。
-勢大、まだです-
「解ってるよ!!」
昆虫は生命力が強い。
首を切り落とされても、まだ動くヤツが多い。
案の定、首がなくなったカマキリは困った様に体を揺らしながら、残った腕を虚空に振り回し、青白く光る刃が周囲の木々や仲間のアリ達を斬り裂いていく。
本来ならこのまま暴れて混乱している内に撤退したかったが、いかんせん基地の出入口に近過ぎる。
「ここぉ!!」
緩慢な動きで無目的に暴れているだけなら、飛びつくチャンスは幾らでもある。
高速振動剣で幾つかの脚を傷つけ、更に腹と上半身の繋ぎ目に突き刺し、横に薙げばバランスを崩して轟音と共に転倒する。
ちょうどアリ達が押し寄せてくる方に倒れる様に調整したからか、倒れた時にも、そしてまだ暴れる脚にもアリが蹴り飛ばされ、通り抜けにくい障害物になってくれた。
[セーダイ殿!こちらから脱出するでござる!!]
俺の投影画面に、エイラ達の姿が表示される。
「了解!そろそろカンバンにしようや!!」
まだ後ろのアリ共は混乱している。
その隙に基地から離れると、後ろから日が昇ったかのような光が発生する。
-耐閃光、耐ノイズ作動-
俺の頭を包み込む強化ガラスが、一瞬で薄暗いスモークに変わる。
線画での周辺地形の表示になり、先程まで聞こえていたブースターの排気音すらほとんど聞こえなくなる。
「驚いた、こうなるって事は人間の目で聞いたり見たりしたらヤバいって事か。」
-網膜は焼き切れ、鼓膜は破裂しますね-
-勢大であれば私がいずれ完治させますが、この世界での私の機能がまだ制限され続けています-
-不用意なダメージは受けない方が賢明です-
ここはマキーナ先生の診断に従うとしよう。
-ですから先生ではないと-
久々に軽口を叩けるくらいには、安心していた。
あの大爆発で、俺達を追うどころでは無い。
だから、エイラが何かゴソゴソとしている妙な動きにも気付く事は無かった。
「しかし、後ろからの追撃もない、現状周辺に敵の反応もない。
後はピックアップポイントで味方を待つだけだから、もう安心なのか?」
“実はこの後イベントがあります”なんて事もあり得る。
とりあえずエイラにこの後の展開を聞こうとしたが、エイラの反応がない。
「どうしたエイラ?どこかやられたのか!?」
先程のブーストの際に、どこかダメージを受けてしまったのだろうか?
だとしたら俺のせいだ、俺は慌ててエイラに呼びかける。
[あっ?えっ?あ、あぁ、大丈夫でござるよ。
いやホント、マジでマジで。
あー、この後でござるが、基地の破壊に失敗または中途半端な破壊で脱出すると追撃が厳しいのでござるが、あー、今回は完全に目標達成したので、後は移動だけでござる。]
[エイラの“予知”がそうだってんなら、もう大丈夫って事だな!
さっさと基地に帰ってシャワー浴びてぇぜ!!]
ジェーンも“ホント、ガスの機体から臭ってきそうだわ”と、いつもの漫才じみた軽口の応酬が始まる。
[マミ分隊、生きてるか?お前等を連れに天使のお出ましだぜ。
生きてるならビーコン送れ。]
ピックアップ用の戦闘艇パイロットからの通信で、俺はホッとしながら通信機をオンにする。
「こちらマミ分隊のセーダイ一等兵だ。
ビーコン発信、ピックアップポイントには3分後に到着予定。
そして全員生存だ。
……しかしおかしいな、とびきりの女神に迎えに来てもらえる約束だったが?」
[ビーコン確認、あいにく女神はもう退勤してる、俺達で我慢しろ。
よく生きてた、しっかりお家に帰してやるよ。]
ピックアップポイントに到着した俺達は、周辺を警戒しながらも談笑は止まらない。
遠くの空に戦闘艇らしき機影も確認出来た時に、ようやく作戦が終わったという実感が湧いてきていた。
[……ッスー、……アレ、でも……。]
「そう言えばエイラ、お前さっきから何かゴソゴソしてるが、本当に大丈夫なのか?
ホラー映画ならお前が何かに感染してて、基地内で謎の病原菌が蔓延する導入部分にしか見えないぞ?」
気持ちが軽くなっていた俺は、先程から挙動不審な動きをしているエイラに冗談めかして言うが、エイラはいつものコミュ障モードでしどろもどろだ。
[あ、そうだ、エイラお前、何かすげぇ武器持って帰ってきてたよな!!
アレちょっと見せてくれよ!俺にも試し斬りさせてくれ!!]
ガスが新しいオモチャを羨ましがる子供のように、エイラにねだる。
それを聞いたエイラは、パワードスーツ上でも解るくらいにビクッと動き、まるで観念したようにこちらに向き直る。
[……実は、その、……お。]
[[「お?」]]
エイラ以外の3人の声がハモる。
スモークモードはとっくに解除されていたから、ガラスの向こうのエイラの表情はよく見える。
物凄い脂汗を顔中にかいていて、わかりやすく青ざめている。
[お、落とし……ちゃった……みたい……でござる。]
[[「はぁ?」]]
またもや3人の声がハモる。
俺自身も、その言葉の意味を理解するまでに相当の時間を要した。
「……あ、あの時、お前。」
[多分……。]
ブースターで加速した、あの時だ。
あそこは相当の混乱状態にあった。
そして、ガスもジェーンも、“自分達を助ける為にやった事”というのが理解できてしまったからこそ、それ以上何も言えずにいた。
[よぉ、天使様のご到着だ、早く乗れよ!!]
全員、重たい気持ちで戦闘艇を見上げていた。




