815:非戦闘員
[このまま突入するでござる!!
ジェーン殿、ガス殿、こちらでしばし待たれよ!!]
ジェーンとガスのパワードスーツがサムズアップするのを見ながら、俺達は敬礼を返す。
「エイラ、さっき転送してもらったこの基地のマップ、この赤い点滅の部屋に行けば良いのか!?」
[そうでござる!そこがこの基地のエーテルリアクターがある場所でござる!!
そのエーテルリアクターはバリアに守られておりますから、それを高速振動剣で破壊した後にテルミットを仕掛けてほしいでござる!!]
“任せとけよ”と言いながら、通路に出てきたアリの頭を斬り捨てる。
相手はアリだが、蜘蛛の巣をつついたかのような大混乱状況にあるのは、言葉がわからなくても十分伝わる。
[次の角を左に!その次のインド人は右ですぞ!!]
「はは!そりゃ良いな、なら“スーパーウリアッ上”も追加しとくか!!」
-馬鹿な事を言っている余裕はありませんよ-
マキーナからの警告を見ると、角待ちでアリが3体、口腔を開けて待機しているのが見えた。
そのデータをエイラに転送すると、エイラはすぐに懐からテルミットボムを取り出し、起動すると投げつける。
[ピック!!]
エイラの短い叫びに合わせて、パワードスーツのカカトに仕込まれている方向転換・停止用のショートピックを通路に突き刺す。
通路を削りながら急停止すると、激しい爆発音と共に高温の炎が目の前を通り過ぎる。
「クリア!!」
曲がり角から身を乗り出し、黒く煤けた通路を確認する。
[ここからはブースト移動でなく、歩行移動で行くでござる。
非戦闘員居住区エリアに近いでござるからな。]
「……こういう場合は、“俺達の生存優先”じゃねぇか?」
暗に、“巻き込んでも別に良いんじゃねぇか?”と聞いてみる。
ゲームならポイント減算とかなんだろうが、現実はそうでは無い。
“殺るか、殺られるか”だ。
だが、そんな俺の言葉に、エイラは真剣な表情でこちらを見る。
[セーダイさん、言いたい事は解ります。
でも、もしもゲームの通りだとしたら、実は今アリ達は非戦闘員を逃がそうと行動している筈なんです。
ここで非戦闘員を殺さなければ、もしかしたら延々と続く戦争への道を止められたかもしれない、そういうメッセージが、このイベントの後に出てくるんです。
……ゲームとは違う、でも、もしかしたら同じ行動をとっている筈なんです。
だとしたらワタシは、私は……。]
「……すまねぇ、軽く考えてたのは俺の方だったな。
了解した。
エイラ、俺はお前の言葉を信じる。
やりたいように、やってみよう。」
大事な事を忘れていた。
目の前にいるのはこの世界に転生してきた転生者かも知れないが、その前に1人の人間だ。
そして敵もまた、元々は人間だった存在が変質した奴等だった。
そういう意味では、俺の方がこの世界に飲まれかかっていた、という訳だ。
やれやれ、人の心は失いたくないもんだ。
何かの組織に属すると、ついついその組織から見た目線ばかりを重要視してしまう。
目の前にいるコイツのように、自分の目線でモノを語る事を忘れちゃいけねぇな。
そんな事を思いながら、俺はエイラの後に続く。
「それはそうと、この基地ってだいぶ前に人類は放棄してるんだよな?
それにしてはやたらと綺麗だな。」
アリ達にしては、掃除が行き届いている。
まるで今も通常稼働をしているかのような、経年劣化の汚れや錆以外が見当たらないくらいには、綺麗に保たれていた。
[あぁ、それも“非戦闘員”達の仕事でござる。
彼等は実際の見た目は……セーダイさん待って!!]
通路から飛び出してきた黒い影に、俺は反射的に剣を振り上げる。
斬り落とす寸前、エイラの静止の声で剣を止めると、そこには1人の男の子?がへたり込んでいた。
「………………!!」
必死に口を動かして何かを言っているようなのだが、俺達には聞こえない音域なのか、シューシューという何かにしか聞こえない。
「……コイツが、その、“非戦闘員”って奴なのか?」
体格は人間の子供くらい、恐らくは小学校低学年くらいか。
両目の中は全て黒目で、線が六角形の模様でビッシリと埋まっている。
顔もややのっぺりとしていて、何となくアリの顔を無理やり擬人化したような顔だ。
口の中も、よく見れば歯の他に小さな牙のような顎が別にある。
色白で手足が細く、服の下で何かモゾモゾ動いている。
[そうでござる。
人間と同じ姿で成人し、老成すると私達が倒してきたようなアリの姿だったり、その際に強化手術を受けると他の生物に“調整”されるのでござる。]
剣を下ろすと、改めて“非戦闘員”の少年を見る。
怯えているのは解る、でも、言語も容姿も、もう俺達とは別の進化を遂げている。
人としての生を終えた後に原始的な思考しか出来ないアリに変化するなど、とても理解出来なかった。
[ホラ、もう行って!今ならまだ間に合う筈だから!!]
エイラは身ぶり手ぶりで攻撃の意思がない事を伝え、何とか非戦闘員の少年を逃がす。
少年は何度もこちらを警戒するように見ながらソロリソロリと歩いていたが、やがて駆け足で逃げていった。
「やれやれ、これであのガキが通報して、脱出が更に難しくなったりしてな。」
[そうなっても、何とか作戦を達成して逃げ出すでござるよ。
……私とセーダイさんなら出来るわ。]
ふわりと笑うエイラに、一瞬別人の様な空気を感じてしまい、思わず頭を振ってエイラを見つめる。
[何してるでござるか?早く行かないと奴等に囲まれるでござるよ!!]
エイラのパワードスーツがガシャガシャと先行し始め、俺は慌てて後を追う。
今のエイラは、本当に転生者のセンダイ君だったのか、それとも……。
-複数の反応、敵です-
ゆっくりと考えるのは作戦が終わってからで良い。
俺とエイラは迷宮のような基地内部を駆け抜け、そして目的のリアクタールームにたどり着く。
扉を高速振動剣で斬ると、内部の機械を守るようにレーザーで出来た壁が見える。
[アレがシールドでござる。
レーザー発振器そのものにもレーザーシールドが張られていて、射撃武器で破壊するには相当の弾数を使うのでござるが、高速振動剣なら一発でござる。]
これだけの為に俺1人の装備を剣特化にしたのかよ、という言葉が出かかったが、予想外の進化をしていたとは言えあのカマキリもこれでないと倒せないんだったか、と思い直し、レーザー発振器をスルリと斬り落とす。
すぐにレーザーの壁が消え、今も稼働しているエーテルリアクターがよく見えるようになった。
[テルミットの時限信管を起動したでござる。
さぁ、5分以内にここを出られないと、仲良く共倒れでござるよ!!]
楽しそうに笑うエイラを見て、俺はため息をついた。




