814:ロストテックス
「あ、と、ところでセーダイ殿、頼んでいたアレは手に入りましたでござるか?」
エイラはチラと俺の顔を見る。
この空気を誤魔化そうとしたのか、それとものんびりし過ぎたからそろそろ移動しようと考えたのだろう。
そしてテルミットの事を思い出したらしく、俺の持ってきた荷物に目をやる。
「あぁ、ほれこの通り。
……あ、そうだ、ついでにこれが何なのか教えてくれないか?」
一緒に持ってきた小型のジュラルミンケース。
それをひょいと持ち上げると、エイラに放る。
アワアワとしながらもそれをキャッチしたエイラは、不思議そうな顔をしていた。
「何でござる?
このエリアだと、大量のテルミット以外は追加アイテムが出なかったはずでござ……。」
そう言いながら無造作にケースを開けていたエイラだったが、中身のナイフを見た途端、言葉も動きも止まる。
魅入られたように動かないエイラだったが、その表情には“何故ここにこれが?”という困惑も含まれている様だった。
「……?なぁエイラ、コイツはそんなに驚くようなモンか?
ただのナイフ、それも刃がかなり短いから、アリ共を相手にするには使えねぇだろう?」
そうなのだ。
いわゆる、元の世界でもあったサバイバルナイフ、どちらかと言えばアーミーナイフだろうか、それに形状としては近いのだが、刃渡りが10センチも無い。
アーミーナイフと言えば短くても15センチ、長ければ30センチ以上の刃渡りがあるものだ。
これはまるで民間用の、銃刀法の規制の範囲内みたいな短いレプリカナイフみたいに見える。
「……ロストテックスウェポン。」
エイラが呆然としながら呟く。
いくつか、他の異世界でも似たような単語を聞いた事がある。
遺失した技術で造られた兵器、それを総称する言葉だったはずだ。
ただ、この時代設定で聞くにはちょっと違和感がある。
「遺失技術って言ったって、この科学万能の時代にそれは無ぇんじゃねぇか?」
「……そうでも無いのでござる。
これは惑星探査の初期に、地球外文明の遺物を再現した超兵器でござる。
その銘を“灰の結晶”。
ゲームではクリア後に取得してシナリオ内でしか使えない、ボーナスアイテムでござる。」
エイラの驚きは異様だったが、俺にはそんなに凄い武器には見えない。
エイラ曰く、これは俺達が使っている試作機以上であれば使える、近接武器らしい。
ただ、俺自身は高速振動剣を既に装備しているし、ガスもエイラも近接はあまり得意ではなかったため、自然とエイラが持つ事となった。
「こ、これは、作戦を根幹から変えてもおかしくない……いや、ゲームと違って死んだらそこで皆終わりでござった。
当初の予定通りに進めましょう。
既におかしな事が起きてますし。」
MPKの事か、と、俺達は苦々しい顔をする。
アレは流石にあり得ない。
どんなに機体識別番号やエンブレムを塗りつぶしていても、映像には残っている。
これを憲兵に提出して、然るべき対応を取らせてやる気だった。
まぁ、生きて帰れる事が前提だが。
[それでは、ここを出たら一気に敵の前線基地、旧人類軍基地に突撃でござる。
突入まではガス殿、ジェーン殿が先陣、屋内突入は俺とセーダイ殿で行うでござる。
そして、俺達が撤退する際には、必ず俺、ガス・ジェーン、そして殿にセーダイ殿でダイヤモンドフォーメーションを組む事。
これは必ず守って欲しいでござる。]
「わかった。」
[あいよ、2人で館内デートを楽しんできな。]
[アンタ、そんなこと言って突入前に死ぬんじゃないわよ?]
和やかなムードのまま、俺達はパワードスーツを装着して元の非常口に向かう。
事前にエイラから聞かされている状況がいくつかある。
恐らくこのミッションは、|DLC《追加ダウンロードコンテンツ》にあった“蟻塚特攻戦”という“主人公が戦っている一方その頃”を描いたミッションに近しいだろうという事。
突入までは問題ないらしいのだが、突入時に誰を行かせるかゲーム上では選択が出来ると言うこと。
その際にガスとジェーンらしきペアがいて、その2人を選ぶと2人は命と引き換えにミッションを成功させ、数が少なくなったアリ達を蹴散らして撤退するという流れだそうだ。
逆にプレイヤーと相棒が突入すると潜入次第で難易度が変わり、完全成功すれば4人で脱出になるという。
ただ、その場合でも殿を務めるガスらしき男NPCが負傷し、ペアの女NPCも“ここに残る”と言い出すので結局プレイヤーと相棒の2人だけで逃げ出す事になるらしい。
「セーダイ殿、つまりは、“ガス殿の位置にセーダイ殿を置く”と言う事でござる。
だからその……。」
「みなまで言うな。
お前の次くらいには腕があるんだ。
何とかしてみせるさ。」
不安そうなエイラに、俺は笑ってガッツポーズを見せる。
“もしもの時は、ワタシも一緒に……”とか、何かゴニョゴニョ言っていたが、俺でも同じ事を思いつく。
妙な言い方だが、“NPCならフラグでも、PCなら”とは、誰でも考える事だ。
ガスやジェーンをNPC扱いしている訳ではない。
ただそれでも、“世界の強制力”の影響下にはあるはずだ。
異邦人である俺には、そんなモノは関係ない。
[それでは、行くでござるよ!]
昇降機が完全に上昇しきり停止すると、俺達はブースターを吹かして急発進する。
かなり日も落ち、周囲の温度はがくんと下がっている。
もしもパワードスーツが無ければ、一晩ジッとしていたら凍死できるレベルだ。
[前方にアリの群れ発見!このまま突っ込むぞ!!]
ガスの怒鳴り声と共に銃声が鳴り始める。
静かにしていると思ったエイラは、左手に先ほど見つけたナイフを装備している。
[掛け声と共に前を開けて欲しいでござる!!
……3、2、1、今!!]
目を疑った。
エイラがナイフを振りかぶった次の瞬間、刀身が2つに割れて、中心から光の剣が伸びる。
1メートル……いや、2メートルまで行くか?
ともかく、一定の長さまで伸びたそれを、横薙ぎに振るう。
もちろん、アリ達まではまだ数百メートルは距離がある。
まだ射撃戦の距離だ。
にも関わらず、降った光の刃がそのまま直進し、正面にいるアリ達を次々と斬り払っていく。
[オイオイオイ!何だよその武器!!
凄ぇけど、俺達まで斬るなよ!!]
[大丈夫でござる。
これはそういう武器なので。]
全く説明にもなっていないが、恐らくはフレンドリーファイアが存在しない、言ってみれば“公式チート”みたいな能力なのだろう。
これなら問題なく作戦は遂行できそうだ、光る刃を見ながら、俺はそんな事を感じていた。




