812:想定外の敵
巨大なカマキリの化け物から、腕が振り下ろされる。
振り上げた高速振動剣で、受けるのではなくいなす様に弾くと、かん高い金属音と火花が飛び散る。
「何だよ!向こうもこっちと同じ様な機能持ってるのかよ!?」
-落ち着いてください、動作自体は緩慢なので、見ていれば避けられます-
確かにそうだ、ゆっくりとした動きでこちらに対して腕が襲ってくる。
ただ、その腕は普通にデカい。
海外の採掘場で使われているような巨大なショベルカーの、そのアームが2本、振り下ろされてくるようなモノだ。
とてもじゃないが、いつか捕らえられてもおかしくない。
「……しかし、マジで銃弾は効かねぇのか?」
試しにと、左手に持っていたハンドガンを巨大カマキリに向けて一発撃ってみる。
-勢大、避けて!-
マキーナからの警告を受けて、即座に追加装備のブースターを点火してサイドステップをかける。
巨大カマキリの腹に命中した弾丸は、あのヌメヌメとした粘液で止まったかと思うと、恐ろしい勢いで弾き返してきた。
ハンドガンから放たれた弾丸の威力は、いわゆる普通のマグナム弾、とはいえ人間が撃つには相当鍛えられた肉体でないと反動で骨折してしまうかもしれないが、ともかく標準的な装備で、適正な距離で撃てば厚さ3センチの鉄板を貫く威力を持つ。
ただ、跳ね返された弾丸はそれよりも遥かに威力が高い。
直線上にあった無数の木がなぎ倒されて行くのが横目に見えた。
「……なるほどな、こりゃあ機銃で撃っちまった日には、俺達は余裕で全滅出来るな。」
-とはいえ、今の攻撃で特性は理解できました-
アレは飛来物に対して全く同じ角度で跳ね返す、いわば防御壁の様な役割を持っていると推測されます-
なるほど、それで“リフレクトマンティス”ね。
わかりやすいネーミングだ。
これも、エイラの知識が無ければ初見殺しされてるような敵だ。
しかも、作戦予想にはこの敵がいるなど記載されていなかった。
人類側では予測出来なかった敵なのか、それとも意図的に消されたか。
「……っとぉ!そんな事考えてる余裕は無かったな!!」
振り下ろされた鎌をまたサイドステップで避けると、懐にめがけて一気に加速する。
-勢大!予測を出します!!-
がら空きの胴体、その先端部分が僅かに発光している。
マキーナの予測では、そこから散弾の様な攻撃が来ると推測していた。
前方向へ加速中の勢いはそのままに、斜めに通り抜けるように追加ブースターも点火する。
「こっちの方が一枚上手だったなぁ!!」
高速振動剣の刃はあのヌメヌメに弾き飛ばされることなく、スルリとカマキリの胴体に突き刺さり、そしてそのまま横へ走り抜ける。
[えっ!?後期型!?
マズい、セーダ……!?]
カマキリの腹、その正面から触れたものを溶かす体液が散弾の様に吐き出されたのを見た瞬間、エイラが叫ぶ。
だが、その叫び声も、カマキリが鳴く咆哮の様な叫びにかき消される。
「俺は無事だ!こっちは気にすんな!!」
聞こえているかどうかは解らないが、とにかくそう叫ぶと機体を反転させ、すぐにジャンプブースターでカマキリの背中に飛び移る。
乗った瞬間に上半身と下半身を繋いでいる節目に剣を突き立てて、そのまま滑り落ちるように下へ落下する。
カマキリは苦しげに暴れるが、かえってそれが傷を広げ、遂には上半身と下半身の接続部分が裂けて折れ、ドウと音を立てて倒れてくれた。
[セーダイさん!無事!?]
「わ!?バカお前!ブースターで!?」
エイラは必死に、それこそブースターを使ってまでこちらへ駆けつけてくれたのだが、勢いが良すぎる。
受け止めたが、機体同士の鈍い音がしたかと思うと、勢いを殺しきれずに俺達はゴロゴロと地面を転がってしまう。
[セーダイさぁん……、セーダイさぁん……。]
「ちょっと待て!他の敵がまだ……!!」
慌てて上半身を起こすと、森の影からガス機とジェーン機、2つのパワードスーツがアリの返り血でドロドロになりながら歩いてこちらに向かってくるのが見えた。
[へっ、セーダイ、良かったら俺達は席を外そうか?]
[こちら側の敵は全部やっつけといたわ。
ちょうどセーダイの応援に行こうとしてたのよ。]
ジェーンには感謝を、ガスには“うるせぇ”と返し、まだ泣いたまま俺にしがみついているエイラ機を見る。
お互い胸の装甲板が少し凹んだが、ともあれ行動に支障は無さそうだ。
「おいエイラ、泣いてねぇで次の行動を頼むぜ?
まだ作戦終わって帰ってる訳じゃねぇんだからよ。」
[ご、こべんなざいぃ……まさか、後期型だと思わなくてぇ……、ホントに心配でぇ……。]
そんなに心配だったとは、ちょっと意外に思っていた。
もしかしたら、これも知っていて伏せていたのではないか、そんな疑念も少しだけあったからだ。
それをしてエイラに何の得があるのかはわからない。
ただこれまでの言動から、“どこまで信じていいのか”のラインをうまく引けずにいるのも、偽らざる俺の本音だろう。
それでも。
今こうして泣いているエイラに、嘘は無いようにも思える。
これが“女の涙”というヤツで、ここまで上手く使えるならこれまでももっと上手い嘘をついている気がするのだ。
まだ泣いているエイラを立ち上がらせると、俺は剣の状態を確認するフリをして、エイラが泣き止むのを待つ。
まぁ、未だ状況は不明だが、エイラの事は信じてもいいのではないだろうか。
-私はまだエイラに疑いが残っております-
マキーナの言葉に、“お前はそれで良い”と返す。
1つの事象に対して、或いは人を見る時、いくつもの見方やいくつもの意見があってしかるべきだ。
画一的な視点はかえって危うい。
[し、失礼しましたでござる。]
エイラも落ち着きを取り戻したようだ。
手早く何かを操作すると、俺達に画像データが転送される。
当初受け取った全体の地図、そこにエイラが描き加えたものだった。
[今わた……俺達がいるのが前線基地から1キロ手前の所にいるでござるが、ここから左に500メートルほど行った所に、旧軍事基地があるでござる。
そこの武器等はもう劣化しているか壊れているモノが多いのでござるが、弾薬庫は密閉されていて、中の弾薬はまだ使えるはずでござる。]
事情をあまり知らないガスとエイラはポカンとしていたが、俺は“なるほど、自信の源はこれか”と納得していた。
もう、相談するまでもない。
弾薬が尽きかけていた俺達は、旧前線基地へと急いだ。




