811:謀略
[……なぁ、何か静か過ぎやしないか?]
ガスが独り言のように呟く。
「確かに。
ここはもう奴等の前線基地近く、いわばテリトリーの中なんだろ?
何回も交戦してるってのに、少し数が少なすぎる気がするな。」
恐らく哨戒役だろうアリの胴体から剣を抜き、その刀身を検めつつガスと同じような疑問を口にする。
降下してから既に3度、俺達は小規模なアリの部隊と戦っている。
こいつ等は10匹で1つの単位なのか、これまでの戦闘でも大体10匹ずつ倒している。
ただ、こんな小規模の部隊しか展開してないのか?という疑問が全員の中にあった。
[敵の少なそうなルートは確かに通っているのでござるが……。
ちょっとこれは少なすぎる気がするでござる。]
エイラも首をひねっている。
今回の前線基地への移動経路は、エイラが考案したルートだ。
エイラが“生きて帰るために、皆の力を貸してください!”と真っ向切ってお願いした所、ガスもジェーンも快く承諾してくれていた。
そしてそのエイラの想定では、ここまでの移動で倍近い戦闘が発生していた筈なのだ。
戦闘が少ない事で生存率は上がるが、俺もエイラも言いようの無い不安に襲われていた。
-勢大、微量な重力振動を感知しました-
マキーナが目の前に地図と振動の発生源を表示する。
俺はすぐにそれを仲間内に共有する。
「……なぁ、こんな位置に降下する部隊なんていたか?」
[聞いてないわ。]
[俺もだ。トレメイン隊もマミ隊長達も、こんな所には降りない筈だぜ?]
[友軍……増援……いや、そんなイベント無かったはず……。]
エイラもわかっていないところを見ると、どうやらオリジナルには無い展開の様だ。
-戦闘音確認-
-ギリギリですが、逆探知成功しました-
-トレメイン隊の一部が、こちらに向けて移動してきます-
最初に浮かんだのは“何故?”という単語。
トレメイン隊の降下地点は全くの別戦区だ。
物凄く大雑把で単純に図解するなら、右側に弧を描いている半円の、上の頂点にトレメイン隊、下の頂点に俺達、そして丁度中間にゼロ達遊撃隊が降下している、そういう位置関係だ。
ここにトレメイン隊がいるはずが無いし、しかも敵味方識別信号を偽装する必要もない。
「接近中の友軍機に警告する。
こちらトレメイン小隊マミ分隊だ。
貴官等は大きく持ち場を離れている。
所属、官姓名と作戦目的を教えよ。」
虫どもの中には、こちらの電波交信を傍受出来る種類もいるらしい。
とはいえ、連中が一目散にこちらに向かってきてしまっている以上、遅かれ早かれこちらの位置はバレるし、何より陽動も主任務だ。
敵の基地に一撃加えて奥地に引き連れて戦う予定だったのが、ここに変わるだけの話だ。
[……お前等に名乗る名前は無い。]
こちらに向かって来たパワードスーツ達は、一言そう告げると俺達を飛び越える様にブーストを吹かし、通り過ぎる。
チラと見えたそのパワードスーツは、部隊章が黒く塗り潰されていた。
-音紋照合、アナスターシイ伍長のモノと一致-
“まさかここまでするのか”と言うのが、俺の率直な感想だろうか。
一瞬、全員の思考が止まる。
俺はすぐに抜刀すると、近くにいたガスの機体から近接戦用に装備されていたハンドガンを抜き取る。
「全員、敵の前線基地へ走れ!!
モンスタートレインが来るぞ!!」
[セーダイさん!これを撃って!!]
流石にエイラは反応が早い。
俺がハンドガンを持ったのを見ると、自身の機体からボール状の金属を取り出し、それを先ほど所属不明機が来た方向に投げつける。
「任せとけ!!」
空中に浮かんでいる金属の球。
その真芯に弾丸が命中すると、一呼吸置いて真昼になったかの様な光が周囲に溢れ、光球が広がる。
[今でござる!!]
エイラの掛け声で、俺達は一目散に敵前線基地へとブーストする。
後ろでは、轟音と甲高いアリ達の鳴き声が聞こえていた。
「何だあの爆弾?スゲェ威力だな。」
[テルミットボム……厳密にはテルミット反応では無いらしいですけどな。
ゲーム中で“ニュー・テルミットボム”と言われてて、実はステージ2以降の初期装備に選択武器としてあるんですぞ。
仲間内ではこれを抱えて敵陣に自爆特攻とか、よくやってましたなぁ。]
うわー、あるある、そういう武器。
しかもそういう武器に限ってコストが安かったりするんだよな。
[……やっぱりエイラだな。
普通あんな危ねぇ武器を装備しようなんて思わねぇよ。]
ガスが呆れた様に呟く。
聞けば起爆信管が3秒くらいしかなく、投擲に失敗すると爆発範囲に自分も巻き込まれるため、兵士の間では“アリに食われる前に使う自決兵器”という悪名があるようだ。
当然、ニュー・テルミットボムを装備しているのはエイラだけらしく、ガスもジェーンも追加武装には各種武器の弾薬を追加している。
[マズい!もう来るのか!!]
エイラが鋭く叫ぶ。
前線基地側を見ると、夜の闇の中を蠢く更に黒い影。
周囲の森林よりも大きいそれが、木々を薙ぎ倒しながらこちらに近付いてくるのが見えた。
[セーダイさん!出番!!
皆、アレは“リフレクトマンティス”って言って、射撃武器は全て弾かれるから使用禁止!!
セーダイさんがアイツと戦えるように、ワタシ達で支援!補給のアテはあるから、ここで全弾使う気持ちでアリを狙って!!]
エイラからオタク口調が抜ける時は、確実に必死な時。
どうやら、本当に余裕が無いらしい。
「おぉ、任せとけ。
……こういう時は、“別に倒してしまっても構わんだろう?”とか言っておくべきか?」
[な、何を……いや、そうでござった。
頼むでござるよセーダイ殿!!
“やっちゃえセーダイ!”でござる!!]
“そりゃ敵側のセリフだろ”とツッコむと、エイラは笑う。
よし、緊張し過ぎも少しはほぐれたか。
-随分とサービスが良いんですね-
マキーナからの皮肉を流しつつ、俺は手に持っている高速振動剣を起動する。
甲高いノイズが響き、刀身が青白く光る。
「やれやれ、これを見ると左腕が疼くな。」
-間違っても自分の腕を斬り落とさないようにお願いしますよ?-
解ってるよ、そう何度も無くしてたまるか。
黒い影だったそれは肉眼で捉えられる距離まで近付く。
見上げたそれは、巨大なカマキリ。
ただ、その全身は粘り気のある粘液で覆われている。
“ナメクジの様なカマキリだなぁ”と思いながら、俺はブースターを点火する。
背後から襲ってきているアリの大群、そして目の前には巨大なカマキリと、遅れてやってくる気配がするアリ達。
何とも、状況は最高じゃねぇか。
クソったれなこの異世界に悪態をつきながら、俺は剣を振り上げた。




