80:虚心の獣
『こんばんわ、お嬢さん方。』
やはり知らない記憶だ。
ただ、俺の声で再生されているそれは、実際に起きた俺の記録なのだろう。
彼女達からしてみたら、安心したところに突然草むらから、黒づくめで髑髏の意匠のマスクをした男が挨拶してくる。
中々にホラーな展開だ。
案の定2人は悲鳴を上げその場で武器を構える。
騒ぎを聞きつけたようで、テントから1人の青年も飛び出してきていた。
「アリス!ジェニー!どうした!」
「シン!出て来ちゃダメ!」
視点がゆっくりと、出て来た青年に向かう。
疲れが見えてはいるが、かなりの美少年だ。
艶のある黒髪、張りのある肌といい、オジサンが失ったモノを色々と持っている。
ただ、画面を見ていてもその目が気になった。
アレは絶望している奴の目だ。
目の奥の虚無感、それが酷く印象的だ。
多分、その時の俺もそうだったのだろう。
その証拠に、長いことその位置から視点が動かなかった。
『あぁ、十分に怪しいと思うが怪しいモンじゃない。
そこの転生者君に話があるんだ。』
「その声!あの酒場でシンを馬鹿にしていた奴だな!」
ショートソード使いのショートカットの少女が、思い出したように俺の言葉を遮る。
ショートにショートばかりで、ゲシュタルト崩壊が起きそうだ。
『まぁ、話の成り行きでね。
だが別に転生者君に興味があるわけでも、どうこうしたいとも思っちゃいない。
目的を果たしたらすぐに消えるよ。』
比喩表現でなく文字通りにな。
と、今の俺が思うと言うことは、その時も思ったと思う。
「信じられるか!似たような事を言って、シンに近付こうとした奴は山ほどいた!」
映像を見ながら、“やっぱりこの世界の住人は、短気で人の話を聞かないんだよなぁ”と思う気持ちと、“まぁ、出現の仕方があまりにも胡散臭いから、そりゃ信じられねぇかなぁ”という気持ちが同時に湧いてきた。
結論、総じて“めんどくさいなぁ”だ。
多分、この場の俺も同じ気持ちが出てしまったのだろう。
返答が遅れ、“いや、あのな、”と、とりあえず自分の目的を話しかけた所で、転生者が声をかけてきた。
「そうだな、アンタが俺より強ければ良いだけの話だ。
俺より強ければ、俺から奪えばいい。
俺より弱ければ、俺から奪われるだけだ。」
視線の落とし方と、視界に入る左手の握り拳で、左前の中段に構えたとわかる。
こうして、客観的に、冷静になって見ているとわかる。
迂闊だ。
敵は転生者、神から貰った不正行為持ち。
しかもその能力の素性がわかっていない。
易々と挑発にのるべきじゃない。
そう思いついたが、昨日までの覚えていることを思い出す。
そうか、酒も入っていたし、何よりこの“いつ果てるとも知れない世界”に、心が疲弊していたんだな。
そして、そう冷静に振り返れるほど、今は心が落ち着いている事にも驚いた。
まるで徹夜明けにグッスリ眠った後のように、頭の中も体も爽快だ。
「どうした?殴りかかってこないのか?」
次の瞬間、画面がブレて転生者に急接近する。
「清潔。」
突き出した右手が転生者の顔面に当たる瞬間、微動だにせずそう呟くのが聞こえた。
拳は完全に顔の中心を捉えていた。
しかしビクともしないソレに、拳を出した俺の画面の方がよろけている。
「アンタは、僕を汚すことは出来ない。」
『なるほど、中々の手品は持ってるって事か。』
すぐさま画面が下がり、転生者から距離をとる。
距離をとった俺を追う様に、転生者が右手を画面に向けて突き出している。
「清潔。」
『なっ!?あっ!?』
青白い光が通り抜けたかと思うと、画面が小刻みにブレ始める。
少しの間ブレ続け、そしてピタリと止まる。
「アンタの脳を洗わせてもらったよ。
アンタの頭の中は真っさらだ。
……まぁ、もう聞こえていないと思うけどな。」
「流石ご主人様!」
転生者に女の子達が抱きつく。
女の子達が転生者を褒め称えているが、画面はピクリとも動かない。
なるほど、と思う。
原理はわからないが、先程の青白い光が彼のスキル、ソレの応用なのだろう。
俺はこれを喰らって洗脳的な事をされたと言うことか。
だが、洗脳だとしたら、新しい記憶なり行動なりが入力されてないのは何故だ?
「シン、この男はどうしますか?」
微動だにしない画面の中、魔法使い風の女性が転生者にそう声をかける。
転生者は煩わしそうにチラとこちらを見る。
「結局洗脳では自殺はさせられない事がわかった。
方法はあるが、ここでは条件が揃わん。
もうどうせ何も考えられない木偶と同じだ。
このままここに捨て置……、いや。」
転生者はニヤリとイヤらしい笑いを浮かべる。
「コイツの装備、中々便利そうだから頂こう。
その上で全裸にして、裸踊りでもさせながら王都に返してやろう。
メッセンジャーとしてな。」
うわ、エグーい!
アタシ裸踊りさせられたの!?
ヤダもうお婿にいけない!
あ、俺結婚してたわ。
そんな事を思っていたら、画面に少女が近付いてくる。
「アタシにやらせてよ。コイツには超ムカついてたからさ!」
少女が俺の仮面を剥がそうと、右手が画面の左奥にのびる。
多分仮面を掴んだのだろう。
ガクンと画面が動いた瞬間、ソレが始まる。
俺の右手が画面を横切り、少女の右手を掴む。
掴んだ次の瞬間には左手を跳ね上げ、手の甲で少女の肘を跳ね上げる。
掴んだ右手でねじり返し、こちらの胸元に引く。
左手の押さえを甲から手刀にかえ、そのまま少女の肘をめくるように手刀を落とし、右手を僅かに引く。
“S字の固め”の変形か。
本来は手刀では無く相手の肘を握る様に引っかけ、肘を真下に押してしゃがませ蹲らせる、相手の動きを止める固め技か、或いはここから腕を引き込んで、相手の体を反転させて裏を取り、縛法に繋げる技術だ。
だがこうしてやると、飛び込み前転をして逃げるくらいしかない。
そしてソレをさせず、また相手も出来なければ。
バキリと音を立て、少女の肩が外れた。
肩を外した瞬間、俺は両手を離し、右拳の中段突きを思い切り顔面に叩き込んでいた。
少女の悲鳴は途中からくぐもった水っぽい音に変わり、転生者の足下に吹き飛ばされる。
「な!?何故動ける!?」
転生者が動揺し、隣の魔法使いは杖を構える。
「アリス!
こいつ!“火球”!!」
画面はゆっくりと、近付く火の玉を見る。
近付くようにステップで右前に構えると、半円を描くように振るう右の裏拳打ちで、火の玉を足下に打ち落とす。
足下の小さな爆発を無視し、そのまま更に右前のままステップで距離を詰めると、裏拳打ちから手の平を上に向けた平手にかえ、魔法使いの左目にめがけ貫手を放っていた。
自分の中で戒めていたモノ。
武を学ぶ中で必ず起きる衝動。
そこに老若男女は関係ない。
武に近付こうとした結果得てしまう、武から遠く離れた修羅。
“暴力”
見たくない自分が、そこに居た。




