808:膠着する戦場
「……なぁ、エイラ。」
[なんでござるか?セーダイ殿。]
[止めとけよエイラ、そうやって聞くからセーダイの愚痴が止まんねぇんだからよ。]
[アラ、そういうガスだってさっきの襲撃の時には目一杯愚痴ってたじゃない。]
軽口は叩いていても、俺達の声のトーンは低い。
ジェネレーターを交換したとはいえ未だに不調の試作型、繰り返されるテストと出撃。
特に出撃回数が酷い。
朝にアリの大群が押し寄せ、昼に終わったと思ったら夕方から夜にかけてまた襲ってくる。
それをこの1ヶ月間、繰り返し続けていた。
「お前もさっき愚痴ってたんだから、俺も愚痴らせろよ!!
何だよ、これで今週は毎日出撃してるじゃねぇか。
アイツ等に“せめて日曜は安息日だ”って、誰か教えてこいよ!!」
[言いたい事は解るでござるが、こういう展開になるとは思わなかったでござるからなぁ。]
歴史の修正力でも働いているのだろうか、アリの猛攻は止まらない。
人類はまだギリギリ航宙ポートを維持してはいるが、陥落も時間の問題とされていた。
[敵第一波、確認!ヤダヤダ、最近じゃ当たり前のようにテントウムシがいるわよ。]
「サンドリヨン・ドアノッカーを展開する。
撃ち終わった後の事は頼む!!」
[[[了解!!]]]
全員が俺の前に出るように散開する。
俺は一番でかいテントウムシに照準を合わせると、エネルギーを充填し始める。
-誤差補正、右へ1度、上方向に3度-
-エネルギー充填開始-
砲身が僅かに動くと、先端がボンヤリと光り出す。
ゆっくりと上昇するチャージゲージを見ながら、冷汗をかきながらトリガーに指をかける。
撃つまでの充填時間、砲身の先から光が漏れる。
これまで何度も食らっているからか、この光を見るとアリ達も我先にとここへ群がってくる。
「何度見ても心臓に悪い光景だな。」
-それでも、ジェネレーターが改善されていますから、充填は彼等が到達するよりも早く終わります-
“撃った後の方が問題なんだよなぁ”と思いながらも、充填完了の文字が出た瞬間にトリガーを引く。
我先にと群がってくれたおかげで、俺の砲身からテントウムシを結んだ直線上にいる奴等はもちろん、その余波でも大半のアリ達が光に包まれ、蒸発していく。
「オーバーヒート!30秒!!」
[任せとけよ!!]
[数は減った!これなら行けるわ!!]
[セーダイ殿は絶対にワタシが護るでござる!!]
全員が俺の前に集結し、突進してくるアリ達を次々に食い破っていく。
-再起動まで、後14秒-
マキーナが表示してくれるカウントダウンを横目に、戦場の状況を確認する。
分隊と言いながら、ここにいないゼロとマミ。
その2人がいれば、もう少し安定した戦いにはなる筈だ。
だが、あの2人は“自分達は遊撃でこそ真価を発揮する”と言い、基本的に俺達とは行動しない。
その遊撃で味方部隊が助けられ、現在まで戦い抜いてきているだけに、表立って文句は言えない。
ただ、俺達の中ではすこぶる評判が悪くなっていた。
まだ評価を落としていないのはエイラくらいだろうか。
そのエイラにしても、最初の頃よりかは主人公とヒロインに興味を失っていた。
ある時エイラに、“そういえばお前、プレイヤーキャラに会った感想としてはどんなもんなのよ?”と聞いた事がある。
「そうでござるな、最初こそ“こんなビジュアルなんだ”と喜びましたが、まぁこの世界では俺はゼロではござらんかったですし。
“別にどうでも良いか”という気持ちと、“それよりも大事な事が出来た”という感じでござるッスかね?」
「なんだそれ?
“それよりも大事なモノ”ってなんだよ?」
俺からの問いに、エイラは少し照れたようなイタズラっぽい笑顔を浮かべ、結局教えてくれなかった。
-システム、リブート-
「すまねぇ!再起動した!!」
マキーナのご信託が表示され、全身のモーター音が戻ってくる。
ブースターを吹かして前進しながら、エイラに背中から襲いかかろうとしているアリの頭を撃ち抜く。
[助かったでござる!!]
「それよりも、何か変なのが来てるぞ!!」
空に黒いポツポツとした点が見える。
アリ達が襲ってきている側から見えていると言うことは、間違いなく味方では無いだろう。
[え!もう進化形態くるの!?]
エイラがそれを見上げて驚く。
なるほど、ゲーム中盤以降に出てくる敵って事か。
こちらが強くなると敵も強くなる、まぁゲームではある展開なんだろうが。
-敵影、確認しました-
-勢大に一番わかりやすくお伝えするなら、巨大な蚊、でしょうか-
表示された画像を見てみると、確かに蚊だ。
ただ、その横に合わせて表示されているパワードスーツのシルエットと比較すると、その体長は2倍近くある。
「するってぇと、アレは3メートル近い蚊って事か?」
-その通りです-
-想像される展開を考えると、接近されるのはオススメ出来ません-
気色悪い羽音が聞こえてくる。
あの耳元で鳴る高音じゃない。
もっともっとデカい、飛行機のプロペラ音みたいな音の合唱が聞こえる。
[アレは“モスキートタイプ”で、攻撃方法はしがみついて来て我々の体液を吸い取る針を刺してきますからな!!
近付かれないように撃ち落とすでござる!!]
エイラの叫びを聞いた俺達は、すぐに上空へ向けて機銃を乱射する。
[わぁぁぁ!助け……グギュロ!!]
近くの別部隊の奴が捕まり、上空に持ち上げられた。
複数のモスキートが寄ってきて次々に口部についている針を突き刺していく。
そして突き刺された後に奇妙な音を出したと思ったら、ピクリとも動かなくなる。
あのサイズだ、吸われたら全身の体液を吸い付くされてしまうだろう。
[オゥ……マジかよ……。]
「止まるな!あぁなりたくなかったら動け!!」
一瞬、目撃した兵士達に動揺が広がり戦場が止まりかけるが、何とかハッパをかけて無理やり全員を戦いに戻す。
危なかった。
あれ以上戦場が止まってしまったら、アリ達になだれ込まれる所だった。
何とか押し返し続け、新種に苦戦しながらも何とか耐え抜く事が出来た。
ただ、基地に戻る兵士達の足取りは重い。
今までにやられた事の無い殺され方。
全員がまるで新兵のように“死の恐怖”を思い出しているのだろう。
「……あまり、良くねぇ兆候だな。」
-勢大、以前エイラが言っていた作戦に類似した指令がくる可能性が-
マキーナが1つの指令を表示する。
俺達の隊に向けた突撃作戦。
それを見ながら、世界の修正力を感じずにはいられなかった。




