804:束の間の休憩
[……で、あるからして、この勝利と言うのは非常に価値のある、人類史における大きな一歩として……]
俺は食堂にある大型モニターから目を離すと、こちらに向かってくるエイラを見る。
毎回、食事のトレイを運ぶのに必要以上に周囲を警戒してそーっと歩くエイラに、思わず苦笑が出る。
「……なんでござるかセーダイ殿、何か言いたそうでござるが?」
「いや、別に。
パワードスーツの操縦が上手いお前が、何でトレイを運ぶ事はそんなに鈍くさいのか?なんて思ってやしねぇよ。」
“思ってるじゃないでござるか!”とエイラの頬を膨らませた顔に、また笑ってしまう。
“いいから冷めるぞ?”と食事を促し、俺はまた大型モニターで熱弁を振るう、この船団の代表とやらの話に意識を向ける。
俺達の降下作戦、結果としては辛勝という所だろうか。
虫共の攻勢を俺達のいた場所から押し返し、結果として一旦人類側が航宙ドッグ周辺を再制圧する事が出来た。
この戦いで目覚ましい活躍を見せたゼロ士長は昇格し、ゼロ伍長となったらしい。
そして俺達もまた、友軍の救助やその他が総合的に評価され、二等兵から一等兵に昇格していた。
「……すげえな、この代表の言葉をそのまま信じるなら、来月には裏大陸まで俺達は制圧が終わってそうだな。」
「実際はギリギリで押し返しただけで、いつ逆襲されてもおかしくない状況でござるからなぁ。」
エイラが食べ終わる頃を見計らって話しかけると、やはり同じような事を思っていたらしい。
というか、この世界をゲームとして遊んでいたエイラには、いまだにこの状況が信じられない様だった。
「そも今回の作戦、ゲームでは最初に新兵達が初の実戦に動揺し、多くが降下予定地点よりも手前で降りてしまうんですぞ。」
あの時、パニックになって自分でポッドから降りた奴がいたが、アレをきっかけにパニックが広まり、新兵の多くが釣られて降下し、全滅するのだと言う。
そして、当然本来の作戦区域に無事に到達出来るのが当初の2/3程度まで落ち込み、ずっと劣勢のまま、最後にアリの大群に覆い尽くされて壊滅するらしい。
主人公であるゼロとマミ、そしてその周辺にいた一部の幸運なモブ達とで撤退戦という救助船に向かうミニゲームが発生し、成功すれば助かるのだそうだ。
思い返してみてもあの時の戦い、エイラが“ラストウェーブ”と呼んでいたあの突撃は凄まじかった。
もっと戦力が無い状態でアレをやられていたら、確かに間違いなく詰んでいただろう。
「あぁ、お話中にすまない。
お前達がセーダイとナー……いや、エイラか?」
声をかけられて振り返ると、そこには金髪で大柄な男と、浅黒い肌を持つ小柄で短髪の女性が立っていた。
「……そうだが、どこかで会ったか?」
まるで見覚えのないその2人に、思わず首を傾げる。
どことなく声は聞いた事があるような気がしたが、面識は無かったと思う。
「おぉ、お前等が俺達の救世主だぜ!ポッドから助けてもらった礼を伝えに来たぜ!!
俺はガス、ガス・トワイライト二等兵で、こっちの怖いのはジェーン、ジェーン・ウッズ二等兵だ!!」
「怖いは余計よ。
でも、助かったわ2人とも。」
2人が握手を求めてきたのに、俺も立ち上がってそれに答える。
2人のやりとりを見ていて、あぁ、あの時のと思い出す。
どうやらこの2人はいつもこんな感じのようだ。
「よよよ、よろしくお願いしますですます……。」
エイラはあたふたとしながら、何度も手のひらを服に擦り付けて握手している。
その様子に、エイラ以外の3人は自然と優しい目になってしまう。
「おぉ、そうだ、俺達も一緒していいか?
改めて礼と、良かったら情報交換でもしようや。
セーダイも、何かあの時訂正があるとか言ってたしな。」
「あっ、そうだよ、その話をしなくちゃな。」
ガスとジェーン、特にガスの方は同性だからと言う事もあるだろうし、何より気さくな……エイラが苦手そうな陽キャと言う奴だ。
俺としては話しやすくて助かるが、話し始めてからエイラの気配が消えていた。
そこにいるのに、まるで空気の様に背景に溶け込んでいる。
ただ、その空気が嫌というわけでは無いようで、“話を振られなければ別にここにいてもいい”というような感じだった。
「……なるほどねぇ、同郷だから話も合うし仲が良いってだけか。
何だよ、お前等って訓練以外はいっつも一緒にいないから、俺はてっきりベッドでアッチの訓練してるかと思ったぜ!!」
大声でカカカ……と笑うその姿は、まさにエイラが苦手とする人種だろう。
「ちょっとガス、アンタがそう下品だと、相棒のアタシまで品が無いように見られるんだから、勘弁してよね。」
ジェーンは不機嫌そうにガスを諌めると、不味いコーヒーを涼しい顔で飲んでいる。
やはり、この味に慣れきっていれば別に問題ないのだろうか?
そんな事を聞いてみたくなったが、その疑問はガスの言葉で消える。
「そういえばよ、トレメインとアナスターシイの奴等、この間の戦闘で真っ先に逃げ出したとかで、軍法会議にかけられてるらしいぜ?
まぁ、トレメインの実家が圧力かけるとは思うがな。」
それを聞いて、なるほどと思い出す。
戦闘中、小隊指揮官であるはずのトレメインの姿はおろか、分隊指揮官のアナスターシイの姿も見なかった。
やられたから狙う必要はもう無いな、とチラと思っていたが、奴等生き残ってやがったのか。
「しかもよ、部隊は再編するとかでな。
多分俺達もお前達も、ゼロ伍長の小隊に入るんじゃねぇかって噂だ。
昨日、内務の奴を捕まえてしこたま飲ませて吐かせたからな、かなり有力な情報だぜ?」
一瞬、エイラと目が合う。
その目は“そうなります”と語っているようだった。
聞けば、トレメインとアナスターシイは降格処分でトレメイン准尉とアナスターシイ伍長になるという事だ。
そして部隊はトレメイン小隊からグランウィッチ小隊へと変更になる。
例のヒロイン、マミ・グランウィッチ少尉が隊長となり、その補佐兼分隊長としてゼロ伍長が任命されるという。
伍長待遇で分隊長は厳しいだろうから、すぐに軍曹に上げるという約束された昇進という事だ。
アナスターシイの方はどうなるか知らんが。
「そいつは、嬉しい話だな。
あの時武器を温存していたあんた等が助けてくれたおかげで、俺達は押し返せた様なモンだからな。
これからよろしく頼むぜ、兄弟。」
「そりゃこっちのセリフだ、アブねぇ所を助けてくれたんだ、人類のためとか国のためとかよくわかんねぇけどよ、俺はお前に助けられたんだ、次はお前を助ける。
よろしくな、セーダイ。」
もう一度握手を交わす。
それを見ていたジェーンがボソリと呟く。
「アンタ、セーダイは一等兵、アンタより階級が上よ?」
それを聞いて思わず苦笑いをしてしまう。
「おぉ、君達ここにいたのか!!」
俺達の間では別に気にしなくていい、そう伝えている時に、若い男の元気な声が俺達を見つけると手を上げて近寄ってくる。
「そう言えばゼロ伍長も陽キャでござったな。」
エイラの疲れたような呟きが、これから起きる賑やかな空気を予感させた。




