800:初陣
[戦闘要員は至急格納庫まで!繰り返す、戦闘要員は至急格納庫まで!!]
打ち上げられ、近くのモニターに映る空が青から黒へと変わり星の瞬きが見えるようになった頃、館内放送が流れる。
「やれやれ、クソ忙しいこって。
……オイ、いつまでそうしてるんだ?」
まだ俺の腕に顔を埋めているエイラにそう声をかけると、エイラは慌てて俺の腕から離れる。
「ちちち違いますぞ!!
こ、これは不慮の事故と言うやつでして!打ち上げが怖かったとかではありませんぞ!!」
慌ただしく首を振ったり焦ってみたりと、実に忙しなくて思わず笑みが出る。
“解った解った、それより行くぞ”と言いながら俺はシートベルトを外し、格納庫へと走り出す。
「あ!待ってくださいでござるよぉ!!」
エイラもワタワタとシートベルトを外して、俺の後を追ってくる。
見ていて飽きない奴だなぁと思いながらも、館内図を確認しつつ格納庫へ急ぐ。
俺とエイラが到着した頃には、大体全員揃った様だ。
後ろから数えた方が早いくらいの到着順で、トレメインが厳しい表情でこちらを見ていた。
てっきりまた体罰でも食らうのかと思っていたが、トレメインはどうやらそんな事を考える余裕も無いようで、整列した俺達全員をギロリと睨む。
「いいかお前等!司令部より作戦命令が下った!!
これより3時間の後、我々はLC-5に降下、劣勢に陥っている友軍の救助と、敵を撃滅せよ、との事だ!!」
LC-5とは、俺が転移されたLC-4の隣にある、人が住まう事が出来る惑星の事だ。
“隣”と言っても、同じ恒星に属している訳では無い。
LC-4とLC-5は別恒星にある惑星なのだが、発見者が同じだったため連番が付番されてしまっているのだ。
ゴールドラッシュ時代に大量に居住可能惑星を見つけて、いい加減な名付けをしていたかが解るというモノだ。
噂では1〜3を付番されている恒星系惑星があるらしいが、何らかの理由で今は破棄された星らしい。
「……そんな、いきなり実戦かよ。」
「設定はどうするんだよ……。」
「俺等に死ねってか。」
集められた兵士達が、ザワつきだす。
それもそうだ。
まだ誰も戦闘用パワードスーツ設定すらしていない。
微細な調整を必要とするソレは、通常丸一日かかる大仕事だ。
それを3時間でやれ、と言っている訳だ。
「黙れ!!
お前等は既におんぶにだっこの訓練生ではない!!
基礎的なプリセットはインストール済みだ。
死にたくなければすぐに調整に取りかかれぇ!!」
トレメインの怒号に、全員が敬礼を返すと皆走り出す。
誰も彼もが不満な顔をしているし、了承も納得もしていない。
それでも、トレメインが言った言葉通りだろう事は全員理解出来てしまった。
“急いで調整しなければ、死ぬのは自分だ”
という真実に。
「セーダイ殿!調整を最小限に!!
最優先は骨格セットですぞ!!」
こういう時、このゲームをやり込んでいるだけあってか、エイラは非常に頼りになる。
俺とエイラの機体はちょうど隣同士で置いてある。
すぐに俺も自分のパワードスーツを、自分のサイズに合うように骨格調整を始める。
「ここの調整に時間をかけないと、降下時にダメージを受けるし、何より戦場で歩く事すら困難になりますからな!!
絶対に“違和感なく体を動かせる”まで、調整し続けなきゃダメですぞ!!」
エイラが、俺に聞かせるには大きすぎる声で怒鳴る。
その声を聞いた他の兵士達も、武器モジュールやらAIセットやらをやろうとしていた手を止め、すぐに骨格調整を始める。
友達も出来ず、どちらかと言えば訓練生の間でものけ者にされていたと言うが、何だかんだ仲間思いの奴なんだなと、少し笑う。
「骨格調整が終わったら、次は火器管制システムを調整でござる!!
どうせこのステージでは標準武装しかセットされないから、標準武装用の火器管制を優先で!!
今のままですと、狙いから5センチはズレますぞ!!」
他の奴も早いやつは早いが、それでもエイラの準備の早さには敵わない。
あっという間に調整を進めていく。
「そこまで行ったら、後はお楽しみのAI設定でござる!!
それも終わったら、ブースターの出力調整や個人仕様のカスタマイズをしていれば良いでござる!!」
とてもじゃないが、そんな所までは行かないだろうな、と、表示されている時計を見ながら思う。
もう残りは30分も無い。
しかも、段々と艦内の揺れも激しさを増してくる。
微細な照準の調整など、こんな環境では望むべくもない。
「とりあえず、初期設定よりかはマシな照準になった筈、と思いたいな!!」
愚痴りながら、AIを起動する。
“テックフェアリーシステム”というロゴが浮かび上がるが、そこで画面が止まってしまう。
「ん?……オイオイ、勘弁してくれよ、こんな時にフリーズ……か……?」
思わず悪態をついていたが、その言葉が尻すぼみになる。
ロゴにノイズが走り、“テックフェアリーシステム”という文字が消え、代わりに“マキーナ”の文字が浮かび上がる。
「オイオイ、お前無茶するなぁ。」
久々の相棒に、思わず頬が緩む。
通信が出来ない分なのか、これまで話せなかった不満からなのか、まるで怒り狂うかのようにシステムを次々と蹂躙していく。
全てが終わり、システムが静かになった時、網膜投影システムが同期し、俺の視界に文字が浮かぶ。
-非常に、不満で不愉快です-
思わず声を出して笑う。
こんなに怒っているマキーナを見た事が無かったからか、それとも実に人間味を感じるセリフだったからか。
「せ、セーダイさん?大丈夫ですか?」
思わずエイラも、いつものオタク言葉が止まるくらい驚いたらしい。
「あぁいや、スマン、何でもない。
詳しい事は、これが終わったら話してやるよ。」
これから戦地に向かうというのに楽しそうな俺を、周りの奴等は不思議そうに、いや、どちらかと言うと憐れみが混じった目で見てくる。
エイラは何となく察したのかそれとも自分の事で手一杯だからか、すぐに自分のAI設定に戻る。
「ハハ、流石マキーナ先生だな。
やり込み廃ゲーマーですら追い抜く速度でシステムを調整しちまうんだからな。」
-だから先生ではないと-
-それよりも、骨格調整も火器管制も精度が甘すぎます-
-勢大はもう少し真面目に設定を覚える事を推奨します-
やれやれ、お小言は変わらずか。
まぁその辺はいつもお前に任せっきりだったからなぁ。
マキーナがすぐに再調整を始めると、格納庫の四方のランプが赤く点滅する。
[降下まで、残り10分!!]
格納庫内は、異常な程の緊張感に包まれ始めていた。




