799:本編主人公
「俺の名前はゼロ、階級は士長だけど、そのままゼロって呼んでください!」
“何せ部隊じゃ最年少だし”と爽やかに笑いながら差し出されたその手を、とりあえず俺は握り返す。
「あ、あぁ、俺はセーダイ、こっちはエイラだ。
2人ともさっき訓練生から二等兵に格上げされて、自分達の配属される戦艦を見ようとたまたまここに来ただけだ。」
まさか“お前がどんな奴か見に来た”等とは言えない。
この辺をエイラに任せてもしどろもどろになるだけだろうから、とりあえず俺が先に答えておく。
案の定、エイラは俺で自身の体半分が隠れるような立ち位置にそれとなく移動している。
しかも気付けば服の裾を握られている。
「セーダイさんに、エイラさんですか。
同じ小隊になりますので、どうかよろしく!」
「ん?同じ小隊?」
言葉の意味が解らないフリをする。
先程の読み上げでは、俺達がどこの小隊に配属されるかは言われたが、一緒の隊員が誰かは言っていなかったはずだ。
しかも、その後来るはずの指示はアナスターシイに握り潰されている。
今、コイツと同じ小隊だと認識していると悟られるのはマズい。
「あぁそうか、アナスターシイ軍曹が情報を回していなかったんですもんね。
……ええと、これをこうして……。」
ゼロがポケットから取り出した端末を操作すると、俺達の端末に情報が入る。
自分の端末を取り出してみると、小隊メンバーの情報が表示される。
「あぁ、ホントだ、ゼロ士長と一緒でしたか。
……って、アナスターシイとも一緒かよ……。」
思わずポロリと呟くと、ゼロはケラケラと笑う。
「まぁ、そういう表情になりますよね。
第800大隊第1中隊第4小隊、通称トレメイン中隊の小隊長がアナスターシイ軍曹になりますから。
僕もフォローはしますから、これから頑張りましょう。」
「感謝しますよゼロ士長、ヤバい事になる前に助けて下さいね?」
ゼロは笑いながら“出来る限りはやりますよ”と言うと、もう発進時間も近いからとその場を去っていく。
俺達も、急いで一番近い発進時用固定シートに向かう。
「セーダイさん、そう言えば何でゼロに呼び捨てで良いって言われてたのに階級呼称してたんですか?」
シートベルトを付けて体を固定している時に、ふと思い出したようにエイラが聞いてくる。
俺は少し上を向いて考えると、エイラの方を向く。
「どんな人物か、まだ解らんからな。
あぁいう事を言う奴は、殆どの場合“その通りに呼ぶ事はトラップ”なんだよ。
自分を下げて相手が増長してボロを出すのを待つ、そういうタイプが多いんだ。
……まぁ、たまには本当に言葉通りの奴もいるけどな。」
まだどちらか判断つかないから、安パイを切っただけだ、と教えてやる。
それを聞いたエイラは、少し考え込んでいた。
「うーん……。
そうなんでござるよなぁ。
ゲームでも主人公=ゼロという事で、没入感を高める為なのか無個性系主人公と言うか、セリフが殆ど無いんでござるよ。
あんな性格だとは思わなかったでござるなぁ。」
“あんな陽キャだったとは……”と、何かに打ちのめされているエイラを半ば呆れた目で見ていたが、その後もエイラの長いオタク語りを聞いていて、ゼロの人物像を頭の中でまとめる。
ゼロは人類がその威信をかけて造った“強化人間”という奴で、それ故に軍から大事にされているという。
本人はその事を知らず、両親をバグスに殺され孤児として育ち、復讐のために志願入隊して優秀な成績をおさめ前線に向かった、という設定らしい。
エイラの中にあるゼロ像としては、“感情表現が薄く、選択肢はどれを選んでも大して変わりがなく状況に流される受け身系なのに何故か皆から好かれている主人公”だったらしい。
だから先程のゼロの姿に、最初は感動していたが途中から違和感を感じていた、という。
「……どうなんだろうな、それ。
強化人間だから皆から好かれてる、とかって事なんじゃねぇの?」
「いえ、その事を知っているのは軍の中でもかなりの将軍クラスの高官だけで、確かトレメイン少尉も上から“大事に扱え”ぐらいの指示しか受けていなかったはずですぞ?
何せ本人もまだ知らない筈でござるからな。」
コイツ本当にオタク語りの時だけ武士言葉になるなぁ、とやや現実逃避しながらも、エイラのオタク知識も大事なのではないか、とふと思う。
(まさか、もう一人の転生者だったりするのか……?)
あまり想像したくない可能性だなぁ、と思う。
こちら、エイラがゲーム中盤で死なないように足掻くならば、あちらも転生者だった場合、逆にゲームの内容通りにエイラを殺しにかかるだろう。
話を聞く限りでは、エイラの犠牲になるタイミングから物語が後半に向けて動くらしい。
どのルートでもその死だけは回避出来ない、いわゆる“時報キャラ”という奴だ。
例のエイラが1人残って殿を務めるシーンも、仮にエイラの代わりにゼロが残ろうとしてもゲームオーバーになるか結局ゼロだけ助けられるかの2択しか無いそうだ。
“どう足掻いても絶望”なんていう古いゲームのキャッチコピーが頭に浮かぶくらい、エイラには救いが無い。
「……まぁ、その時が来たら考えるか。
多分俺もいるはずなんだろうしな。」
“異邦人”はゲームには存在しない。
3つ目の選択肢を作るには丁度いい異物の筈だ。
「……しかし、マキーナが使えねぇのもキツいなぁ。」
「まきーな?それは何でござるかセーダイ殿?
そんな名前のAIデバイスは聞いた事が無いのでござるが?」
まぁそりゃそうだろう、と言いかけて、“ん?”と引っかかる。
AIデバイス?
「そうでござる。
訓練機には搭載されておりませんが、戦闘用のパワードスーツにはサポートAIが搭載されているんですぞ!!
その名も“テックフェアリー”というシステム名称で、個人の自由でカスタマイズ出来る、楽しい要素ですぞ!!」
“アバターも課金要素で、期間限定で水着装備とか……”と熱く語りだしたのを聞き流しながら、それでマキーナとコンタクトを取れないかと想像する。
「な、何でござるか、セーダイどの。
……その、あまりマジマジと見つめられると……。」
エイラが何かモジモジしながら顔を赤くし、俯いてしまう。
「え?あ、悪い、ん?お前顔赤いが大丈夫か?
もう打ち上げだけど、酔い止め薬でも取ってくるか?」
そう言い立ち上がりかけた俺を、エイラは必死に服を掴んでしがみつく。
「い、いいでござるから!何でもないでござる!!」
エイラの剣幕に押され、俺は渋々席に座り直す。
何なんだいったい。
赤くなったり恥ずかしがったり忙しい奴だ。
[シグナル、オールグリーン。
各員、解除命令が出るまでシートベルトを外すな。
周囲で何が落ちても、外すんじゃないぞ。]
館内放送が響き、シート越しに振動が伝わってくる。
「さて、どんなもんか見せてもらおうじゃねぇか。」
俺は、青から黒に変わる空を眺めながら、エイラから聞いていたこれからの展開を思い浮かべていた。
……エイラは、俺の腕にしがみついて顔を腕とシートの間にすっぽりと埋めていたが。




