79:宵闇の勇者
「何しやがんだテメェコラァ!!」
キルッフが激高しながら立ち上がり、少女に近付く。
お、良いぞキルッフ!
髪型と相まって、スゲェやられモブ感出てるぞ!
とは言え俺もエールを飲み干し、この場に相応しい役回りを演じることにする。
「オイお嬢ちゃん、ご主人様ってのは、“性ケツの勇者サマ”の事かぁ?」
我ながらちょっと上手いこと言ったと思う。
ただこのユーモアは、当然ながら目の前のお嬢さんには通用しない。
俺に対して右拳を振りかぶる。
身長差と腕の位置から考えて、拳の着弾点は鳩尾の辺りかな?
ショートソードの二刀流だから、どちらかと言えば体術寄りの系統ではないかと思ったが、拳の振りがド素人過ぎる。
どうもこの世界でも、無手格闘の技術は発展していないようだ。
まぁ、手軽に武器を携帯出来る世界では、無手格闘の技術は戦争やってる騎士とかの組み打ち術くらいしか必要じゃないか。
或いは、この手の世界によくある“スキル”が影響しているかも知れない。
別の世界のキルッフに聞いたことがあるが、“スキル”を使うと攻撃の軌道が自分だけに見えるらしい。
レベルが上がればより精度が高くなるらしく、逆に言えば“自分で考えて技を練る”という事が無い。
そうなると、“そのクラスの動きは一流だが、他の動きが素人”と言うことになりやすいのだと俺は思う。
現に、目の前の少女の拳は、素人がよくやるテレフォンパンチだ。
きっとレベルも少しは高いのだろう。
早いことは早いし威力もあるが、隙だらけだ。
ただ、丁度この場からさり気ない退場を狙っていた俺には、都合が良い。
今までの強敵から比べれば随分とゆっくりしたスピードで、右拳が俺の鳩尾に吸い込まれていく。
馬鹿正直に喰らう気は無い。
インパクトの瞬間、後ろへ大きく飛び、打点をずらしつつ当たった衝撃を後ろに逃がす。
“とんぼ”と呼ばれていた、学生時代に習った回避技術が役に立った。
しかもこの技術の利点は、見た目は派手に吹き飛ばされる事にある。
攻撃した当人以外は、キッチリ騙されてくれたようだ。
殴られて後ろに吹き飛び、激しくテーブルに衝突して崩れ落ちた、というフリをする。
他の冒険者に介抱されながら起こされつつ、休憩室代わりの奥の小部屋に運ばれ、寝かされる。
「おい、キルッフとあのガキ、どっちに賭けるかやってるぜ!」
冒険者達がドタドタと出ていった隙を突いて、すぐさまギルド酒場の外に出ると、音を立てないように気を付けながら屋根に登る。
そして換気窓から中の様子を見つつ、他に仲間がいないか周囲を警戒する。
「おら!キルッフ!やっちまえ!」
酒場は大盛り上がりだ。
まぁこの世界のキルッフ、あんなナリでも鉄三等級だ。
俺のような石級は相手にされなくても、鉄三等級ともなればその実力や人柄を知っている知り合いも多い。
それにあの少女、中々良いパンチだったが、アレが全力なら銅一等か、良くてキルッフと同じ鉄三等級位の実力だろう。
それにただの殴り合いだ。
それであれば後は体格差がものを言う。
「あ、馬鹿。」
換気窓から覗きながら、思わず呟く。
ラチがあかずにイラついたのか、少女が2本のショートソードを抜く。
それを機に、酒場の空気が一気に凍る。
そりゃそうだ、ここはスラムの酒場じゃない。
一応とは言え冒険者ギルド隣接の酒場だ。
こうなるとギルドも所属している冒険者も、大目に見る事が出来ない。
ギルドルールの元、まだよくわかっていない新人以外の全冒険者が、自分の武器を構える。
さっきまでの喧騒はどこへやら、水を打ったように静まりかえる。
全ての人間が自分に武器を向け、静かに殺気を放つ状況に、今度は少女が困惑する。
俺自身もどうしたモノかと悩んでいたが、あるモノを見つけて少し安心する。
換気窓から俯瞰で見ていたからか、全体の動きが見える。
その中で、1人何やら違う動きをしている存在がいた。
魔法使いのようなローブを来た、恐らくは少女の知り合いの女性が、それとなく荷物をまとめていた。
荷物をまとめ終わった彼女は、懐から丸いガラス玉の様なモノを取り出し、素早くショートソードの少女の足下に転がす。
静かな空間でコロコロと転がるその音がやけに響き、少女の足下でゆっくりと止まる。
(あ、これマズい)
慌てて喚起窓から目を離し耳をふさぐと、強烈な音と光の奔流が酒場内を満たす。
建物の窓という窓からは光が溢れ出し、周囲を昼間かのように照らし出すほどだった。
「ホラ早く!走って!」
「うぅ……、まだクラクラするよぅ。」
勢いよくギルド入口のスイングドアが開かれ、先程のローブの女性とショートソードの少女が駆け出していく。
いや危なかった。
閃光手榴弾みたいなモノがあるとは思わなかった。
アレも転生勇者君の知識だろうか。
何にせよ、望んだ状況になった。
「マキーナ、起きろ。」
<通常モード、起動します。>
夜の街を少女達が駆け抜け、屋根伝いに黒衣の俺が後を追う。
言葉だけ見ると俺は完全に変態だが、まぁ仕方ない。
極力音を立てないように、気付かれないように、見失わないように。
噂の勇者サマの根城へと向かっていった。
人気の無いスラム街を走り抜けると、城壁が大きく裂けている場所があった。
なるほど、ならず者達はこうやって、裏から不正に王都に潜入している訳か。
ホント大丈夫かいなこの国。
移動ルートから見て、セコとファステアの中間、俺が逃げ込んだ山小屋がある山の麓辺りへと2人は向かっている。
よく見ればそこそこの大きさのテントが見える。
なるほど、ソコが拠点か。
ならそろそろ姿を隠す必要も無いか。
俺は伏せていた草むらから立ち上がり、“ここまで来れば”と安堵している2人に近付く。
そして、
明るい日差しに眩しさを感じ、俺はベッドの上で目を覚ます。
『は?え?』
マキーナを装備したまま、宿屋ではないベッドの上で寝ていたらしい。
飛び起きて周囲を見渡す。
多分だが、ファステアの住民に追いかけられたときに逃げ込んだ山小屋にいるらしい。
確か勇者の仲間を追っていて、所在地を突き止めた筈だ。
まるで若い頃、酩酊するまで飲んだ日の翌日のようだ。
違いは、飲んだ後のように二日酔いや繰り返す嘔吐感が無い事だろうか。
お酒が飲める年齢になった人は、調子に乗って飲み過ぎちゃダメだ。
こういう感じで、翌日に“知らない自分の記憶にない行動”で悩まされることになるぞ!
そんな現実逃避をしながらも一生懸命思い出すが、やはり潜伏地を見つけて近寄った、の後は、意識がドロドロになりながら山の中を逃げ回っている記憶、このベッドに倒れ込む記憶しか、覚えていなかった。
<オーダー完了。警戒モード、解除します。>
どうやら、俺が何かをマキーナにお願いしていたらしい。
……そうだ、マキーナは記録してないだろうか。
『マキーナ、昨晩お前を起動してから現在に至るまでの記録、残ってないか?』
<残っています。記録を再生しますか?>
俺は“頼む”と言うと、視界に新しいウインドウが開く。
マキーナを起動しているときは左下に残エネルギーの表示や、中央下にダメージ箇所の表示、右上に周辺レーダーと、割とテレビゲームの画面のような見え方なのだが、こういう風に視界に小ウインドウが開くと、ますます体感ゲームの画面のようだ。
俺は、“俺自身が知らない俺の追体験”に奇妙なモノを感じながら、そのウインドウを注視していた。




