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異世界殺し  作者: Tetsuさん
長い旅の始まり
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07:らっく おぶ あてんしょん

もくじんくん1号に押され、俺はホームから線路上に飛ばされる。

運転手人形と目が合い、運転手人形が目線を下に向けると同時にブレーキ音が響く。


俺は上げていた右手を右上から左下、そして後ろに振り抜き、そこにあった空気を後ろへ押し出しながら回転する。

加速しながら地面に落ちつつ、左足の側刀で地面を蹴りつける。

その反動と衝撃で電車の速度とほぼ同じになり、先程よりは少し空いた間隔で、電車と平行に進む。

ダメ押しに左足を引きながら右足で電車を蹴り、更に前へ、そしてホーム下に軌道を修正しながら飛ぶ。


腕を頭の前で十字に重ね、その体勢のままホーム下のセーフティゾーンへ落ちる。


両腕と体が砂利と土の上を滑り、そして止まる俺のすぐ脇を電車が減速はしているが通り過ぎる。


「やった……。」


発生した事象を改変せず、更には“電車にぶつかっておきながら無傷”などの超人的・超常現象的な結果などではない、“偶然が上手く働いてたまたま安全地帯に落ちることが出来た”という、新聞の一面の何処かに小さく載る程度の事象に見せかける計画が、完成したことを実感した。


当初は“ぶつかっても死なない体を作ったら良いのでは?”とも考えたが、それではその後大事になるのが目に見えている。

助かったは良いが、その後の人生を何処かの研究所の檻の中で過ごす事になる、のではたまらない。

それこそ、嫌というほど繰り返し見続けてきた自分の人生だ。

苦しいことも恥ずかしいことも山ほどあり、やっと掴んだ今の幸せだ。


それを守るためにも、“ちょっと運が良かっただけの存在”に見せることは必須だった。

そのための、この回りくどい計画だったのだ。


満足した俺は、最後の定着化に向けて地下へと向かう。

ようやく、ようやくだ。

やっと望みが叶う時が来る。

カプセルの中で襲い来る痛みに顔をしかめつつも、目を閉じた。



「随分と長いこと鍛えてたけど、ようやく戻る気になったのかい?」


自称神様の少年は、初めて会ったときと変わらず、何も無い地平の白いブロックの上で、足を投げ出して座っていた。


改めて元の世界のスーツを着た俺はそれに、頷きで肯定する。

“今度こそ”という強い決意と共に。


「でもまぁ、よく187,500,000年とちょっと?くらいかな?鍛え続けたねえ。」


あれ?という違和感があった。300年×500周×1,000回で、150,000,000年と少しの差異が出るくらいかな?と考えていたのだ。


「ん?大体1億5千万年くらいじゃなかったかい?」


途中の計算式も含めて少年にその事を伝えると、どうやら俺は最後が1,000回ちょうどでは無く、1,250回にもなっていたらしい。

“どこで計算間違いしたんだろう?”とも思ったが、結果的に予定通りの成果が出せているのだから多少の誤差はかまわないか、と、思うことにした。


“3,750万年の時間を多少の誤差とか、俺も感覚が麻痺してるな”

“元の世界に戻ったら、残り時間は40年か、30年、いやもしかしたらもっと短いかもしれん。時間は大事にせねば。”


そう決意を新たにしつつ、後ろにいる香辛料君ともくじんくん1号にも礼を言うために振り返る。



不思議なもので、2億年近く一緒にいたからか、香辛料君ももくじんくん1号も、何となく言葉にしない雰囲気を感じ取れるようになっていた。

2体から、“心配”と“不安”が手に取るようにわかる。


「香辛料君ももくじんくん1号も、そんなに心配するなって。散々練習したんだから、上手く行くよ。ホント、こんな事に長い間付き合って貰って、マジで感謝してるよ。ありがとう。」


<勢大サン、何事ニモ絶対ハ有リマセン。貴方ガ体験シタ負荷ト実際ノ時間ノズレ、ソノ原因ヲ……。>


「勢大さん、もうそろそろ良いかな?」


送り出される身として、やっぱり不安がらせるのはよくない。

湿っぽくではなく、笑って送り出せるように彼等の不安を払拭させなければ。

今までの鍛錬で自信を持っていた俺は、そんなことを考える余裕もあった。

いや正直に言えば、“遂に元の世界に戻れる”という気持ちが先行しすぎて、浮ついていたのだ。

だから、香辛料君の言葉も、聞き流していた。

“彼が自発的に話しかける”

その意味を忘れて。


「おう!よっしゃ、んじゃ、二人ともありがとな!行ってくるよ!」


そんなどうしようも無い言葉と共に2体に手を振り、つとめて明るい仕草で、自称神様の少年に向かう。


少年が右手をかざし、手のひらから光が溢れ、俺を包む。

光が消えると、待ち望んでいた瞬間に戻った。



驚いた顔の運転手と目が合う。

だが彼は即座に目線を下にさげ、ブレーキレバーを力一杯に絞める。


“この咄嗟の判断力、やっぱり職員さんは優秀だな”


加速された思考の中、そんなことを思いながら上がった右腕を右上から左下へ、そして後ろに振り抜き、そこにあった空気を後ろへ押し出しながら回転する。


“バォッ”とか“ゴゥッ”という轟音を立てて、切り取られた空気が砲弾の様に後ろに撃ち出される。


“想定と違う!?”


異常なほど急加速しながら地面に向かう。

最早落ちるではなく、突進していた。

無理矢理体を回転させ、何度も練習したように左足の側刀で地面を蹴りつける。


蹴りつけた地面はその反動を俺の足に返すことは無く、轟音や爆風と共にありとあらゆる破片を吹き散らかしながら、巨大なクレーターと化す。


巻き上げられた土砂や残骸の中から、それまでの慣性の影響で俺に突撃してくる電車。

悲しいかな、それこそ体に染み付くくらい練習したその動きで、俺は左足を引きながら右足にて電車を蹴りつけていた。


前からの俺の蹴りに先頭車両は後ろへ、後続車両はそのまま前に向かう力が働き、縮めたストローの包装紙の様にぐしゃぐしゃになり、爆発する。

爆発する瞬間、左半身を失った運転手の虚ろな目が、こちらを見ていた。


広がるクレーター、吹き上がる土砂、あちこちで起きる爆発、倒壊する高層ビル群。


“俺一人が助かるために、何千人?何万人殺した?”


「ち、違っ……。」


無数の運転手の虚ろな目が見ている。

いっぱい、沢山の、無数の、うんてんしゅさんの、目目が、目目目目目目ががが、いっぱい、見見見見見見見見……。


俺は絶叫を上げていた。

ただ、苦しみから逃れるために両手で頭を強く掴んでいたからか、既に割れた卵のように潰れていたため、その声を聞くことは無かった。


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