798:緊急招集
「総員傾注!!」
変わらぬ訓練の日々の中、突然の号令に俺達の手が止まる。
パワードスーツの訓練が終わり、整備と清掃をしていると、タブレットを持った基地の総司令と補佐官が、整備場の入口に立っていた。
「各員整列!!
ここにいるお前等は、本日ただいまをもって訓練生を卒業し、機動歩兵部隊に編入となる!!」
随分と唐突な話だ。
事前の説明では、卒業はまだ先……確か後3ヶ月は訓練課程が残っていたはずだ。
「セーダイさん、どう思います?」
「……訓練課程を切り上げてまで、速成の兵士を投入しなきゃならんようなヤバい状況、って奴なのか?
これはゲームの展開である話なのか?」
こそこそとエイラと話す。
エイラも一生懸命前世の記憶を思い出し、そして何かを思い出したように手を叩く。
「あぁ!!」
「そこぉ!何を大声を出しているかぁ!!」
エイラが真っ赤になって小さくなるが、またすぐに将校の訓示が続く。
「バカ、流石に声を張りすぎだ。
……で?何を思い出した?」
「これ、ゲームの導入に繋がる話だと思うです!!
確か、ゲームの始まりで主人公のゼロが“いきなり戦場に放り込まれるなんて……”みたいなセリフがあるんですよ。
アレ、“いやお前兵士に志願してるやん”ってファンの間でツッコミがあったんですけど、こういう事だったんだ。
なるほど、訓練途中で戦場に連れて行かれるから“いきなり”なんていうセリフになるし、ステータスも低かったんだ。」
声を潜めながらも、エイラの興奮は止まらない。
大好きなゲームの裏設定というか、導入の謎が解けた事が嬉しいようだ。
「……そんなもんかねぇ?
まぁ、何にせよ俺達の名前も呼ばれたな。
第800大隊の第1中隊第4小隊だってさ。」
それを聞いたエイラが少し驚いた顔をする。
「え?それ主人公の配属される小隊ですよ!!
凄い!もしかしたら主人公を見られるかも!?」
ゲームでは没入感を高めるためか、殆ど主人公の顔は出てこないか、出て来ても目隠れ状態で顔が解らないらしい。
ファンアートや二次創作などではそれっぽい顔として描かれているらしいが、公式からの発表は遂に無かったらしい。
「セーダイ殿!これは急いで行かないと勿体無いですぞ!!」
こういう時はお前武士言葉になるのな。
必死に走るエイラの後を追いつつ、ふと外の景色を見る。
ゲーム上の仕様ということで、もうエイラからはネタバレは食らっている。
これから戦う敵は“バグス”という蟻のような生体兵器なのだが、それ等は実は、元を辿れば地球から旅立った人類のなれの果て、らしい。
少し前の時代に宇宙開拓ブーム、いわゆるゴールドラッシュと呼ばれた時代があるのだが、この時のワープ航法はこの時代から考えると危険極まりないシロモノだったそうだ。
ワープした後の場所がどこに出るかわからない、ワープした後でワープポータルを建造し安全性を高める、という犠牲と力技の宇宙開拓だったそうだ。
当然、そんな危険なワープをするという事は、行った先に障害物があれば全滅、ワープは出来たけど宇宙船どころか中の乗員も違う物質に変質してしまう、と言うことが多発していたらしい。
その変質した乗員の中に、“別の生命体”に変質してしまった人類がいたのだ。
人間と同様の知性を持ち、肉体は昆虫のような外見へ。
ゲーム内の説明では、宇宙船内に多数存在している虫と人間が混ざり生まれた生物、と言うことらしい。
更に最悪なのは、巨大になった脳を支える事が出来たために、元の人類よりも高度な知性を獲得してしまった事か。
その新しい生物、ゲーム終盤で“新人類”と名付けられたそれは人間への強い敵対心を持ち、戦争へと突入する事になるのだ。
「セーダイ殿、ゼロがいる、しかも速成の部隊編成というゲームスタート直前と言うことは、もう人類は一度負けてると言うことですぞ?
早くしないとゼロが単独で突撃してしまうかも知れないじゃないですか!!」
んなこたぁーない。
思わず懐かしの、サングラスをかけた昼番組の名司会者の真似をしてしまったが、ここはまだ惑星の、しかも地上だ。
これから宇宙船に乗って目的地に向かうのに、もう突撃するわけ無いだろうに。
「まぁ、訓練途中の候補生を戦場に出すなんて、劣勢の時以外思いつかねぇのも事実だな。」
或いはよっぽど有利で優勢で、訓練生にも戦場を体験させようと……いや、そんな無駄な事はしないな。
ただ、周りの空気を見ているとピクニックか遠足か、そんな感じの浮ついた高揚感を感じていた。
“やっと訓練じゃなくて本当の戦闘が出来る!”
という所だろうか。
そうして戦場に出て、ここにいる何人が生きて帰れるんだろうか、と俺は遠い目をしていた。
「遅いぞ貴様等ぁ!!」
エイラと2人、配属予定のチームが待機している宇宙船に乗り込んだ瞬間、俺達に罵声が飛ぶ。
見れば、いつぞやのアナスターシイ軍曹だ。
“あ、コイツと同じ大隊なのかよ”と思った俺に、後ろから現れたハゲ頭で悪人顔の男が追い打ちをかける。
「お前等がアナスターシイ軍曹が言っていたセーダイ二等兵とエイラ二等兵か!!
俺はトレメイン少尉、貴様等の上官だ!!
俺の隊では遅刻者には容赦しない!!
罰としてその場で腕立て100回!!」
いや、罰も遅刻も、そもそもそう言った指示は下っていない。
チラとアナスターシイを見ると、ニヤニヤと笑っている。
どうやらコイツが俺達へ命令を下ろさなかったらしい。
軍隊では上官の命令は絶対だ。
俺とエイラはすぐにその場に伏せると、腕立てを始める。
いや、これはイジメとかのレベルではないだろ、と心の中で考える。
これはヤバい。
軍隊において、悪意をもって命令を意図的に下ろさない上官など害悪でしかない。
「……戦場での兵士損耗率のうち、15%は味方の誤射だったな。」
独り言の様に呟く。
エイラに確認する必要があるが、状況によってはやる必要があるだろう。
「トレメイン少尉、彼等に命令が伝達された形跡がありません。
遅れたのは、事情を知らなかったからかと思いますが。」
腕立てを終え、立ち上がった俺の視界に、トレメイン少尉の隣に立つ若い男が、敬礼しながら報告している。
先程まで厳しい顔だったトレメイン少尉は、その男と話す時は笑顔を見せる。
「おぅ、それは解らなかったな、よく報告してくれたゼロ士長。
フム、どうやら通信エラーでアナスターシイの通信が届いていなかったか。
ならばこれ以上は不問とする!!
各員、すぐに装備の確認をしろ!!」
そう言うと、アナスターシイとトレメインは去っていく。
「やぁ、ヒドい目にあったね。」
爽やかな笑顔でこちらに握手を求めてくる青年。
チラとエイラを見れば、その目が輝いている。
なるほど、コイツがそうなのか。




