796:カフェにて
「フ、フヒヒ、セーダイさんセーダイさん、実は俺のコレクションデータで見て欲しいものが……。」
「セーダイさん、許可がおりましたのでパワードスーツのパーソナルカラーを塗りに行きませぬか?」
「セーダイさん、フヒヒ、新しい武器が搬送されると……。」
ここ最近、エイラが頻繁に俺の部屋に来るようになった。
周囲からは“通い妻”などと陰口を叩かれているが、本人は一切気にしていない。
それよりも、自分の趣味を思う存分に話せる相手が出来て嬉しいのか、四六時中連絡を寄越してくる。
今もまた、朝からエイラのオススメロボアニメを見ているところだ。
「……エイラ、お前他に友達とかいな……。」
「おぉっとセーダイ殿!それ以上は禁句でござるよ!!
某には致命傷ゆえ!!」
いやまぁ、友達いないとは思っていたけどよ。
ただ、パワードスーツ絡みかコイツの趣味の古いロボットアニメ鑑賞会ばかりというのも流石にどうかと思うのは俺でも解る。
ただでさえ周囲から“いつも2人で部屋にこもってる”と噂されてるのだ。
そんな不健全なモノではない、普通のパートナーだと言うことも多少のアピールとして必要だろう。
「あ、あぁ、まぁ別にそれは本題でもないんだけどな、ど、どうだ?
たまには外で飯でも食うか?」
「い゜っ!?」
普通に“飯食いに行くか”と言っただけなのに、聞いた事もないような音を口から漏らすと、驚いた表情のままエイラは固まっている。
「……?
何だ?まだ腹減って無かったのか?」
「いいいいいえいえ!そそそその様な事はけけけ決してさもありなんという訳で!
本件は非常に重要なファクターとしてアイデンティティが持ち帰り検討した上で承認を要する重要な案件でして!!」
いや何言ってるか全然解らん。
ともかく、引きこもりを外に出す良いチャンスだ。
丁度昼になろうとしているところだ。
こいつに付き合ってアニメを見てると、また固形燃料みたいな携行糧食で昼を済ます事になるからな。
俺はサッサと上着を取り出すと羽織る。
エイラは心なしか顔を赤くしながら、まだ固まっている。
「ホレ、さっさと行くぞ。
早く行かねぇと、カフェの良い席は無くなっちまう。」
訓練基地内にはそこそこ明るくて広く、居心地の良いカフェテリアや食堂は複数あるのだが、当然そういう場所は人気スポットだ。
良い所から真っ先に満員となり、最終的には雑多なフードコートのような場所で、携行糧食と対して変わらない飯を食う事になる。
俺はまだ固まっているエイラを促すと、部屋を出て基地内の飲食エリアに向かう。
「……ここここれはいわゆる、お、おデートという奴では……。」
エイラは下を向きながら何かをボソボソと呟いているが、よく聞き取れない。
マキーナが機能していれば聞き取れたかも知れないが、まぁ引きこもり娘の考える事だ。
多分“日のあるところに出ると灰になって死ぬ”とか恨み節を呟いているのだろう。
残念だが、俺としてはカフェでの聞き耳も重要な情報源だ。
少々我慢して付き合ってもらうとしよう。
少し早めに食堂エリアに来る事が出来たので、一番人気のカフェに入る事が出来た。
隅に座って注文を頼んでいると、続々と客が入ってくる。
客と言っても、その全てがこの基地の関係者だ。
中の良い友人、グループ、ペア。
そういった奴等が続々と入って来て、楽しそうに雑談をしている。
「この星の資源も……。」
「近々新たな惑星へ……。」
「え?このメニュー美味しそう!!」
「フフフ、今日も君は美しいよハニー、……。」
「新しいフライトユニットがじゃじゃ馬で……。」
皆、楽しそうに話しているが、殆どは軍事機密だ。
聞き耳を立てていると、座っているだけで不穏な会話も聞こえてくる。
「あ、あの!セーダイさんは子供は何人欲しいとかあるんですか!!
いや、それよりも、わた、俺は精神的には男でして!!」
「……何言ってるんやお前!?」
思わず俺がエセ関西弁でツッコんでしまうほど、意味のわからない話題をエイラにぶっ込まれる。
見ると、食事も手につかずに顔を真っ赤にさせてこちらを見ている。
「あ、あのあの、男は狙った女の子には、ここここうして食事に誘って、ショッピングして、そそそそしてそのまま、ホ、ホテルに行ってベッドに誘うと……。」
「ストォーップ!!
ちょっと待てぃ!!」
思わず声が大きくなり、一瞬店内の視線がこちらに向く。
ただ、エイラに拘束されていたような俺に、この基地でさほど親しい間柄の人間などいるわけもない。
それはここにいる全員がそうだったからか、すぐに店内の人間は俺達から興味を失ってくれた。
「……お前、何バカな事言ってるんだ!!
俺は情報収集がしたかったの!!
そのついでに、お前を飯に誘ったんだ!!」
小声でそう言うと、またエイラは固まり、そして俺から見ても解るくらい汗をかき始める。
「あ、あーっ!そ、そうですよねぇ!!
情報収集ですよねぇー!!
ち、ちょっと拙者が小粋なジョークで場を盛り上げようとしましたが、慣れない事はししししない方がよきゃっ◯☓△……。」
しどろもどろになりながら、一生懸命弁解しているが、どう見てもそうでなかった事は明らかだ。
俺は手元のタブレットでコーヒーを追加注文すると、少し背もたれに体を預ける。
「いや、俺の方こそ何の説明もせずに連れ出してきて悪かった。
その、なんだ。
ナンパ的な目的じゃなくて悪かった。
ただ、俺はお前を│相棒だと思ってるし、信頼してる。」
ちょうど注文したコーヒーが届き、カップを持ち上げて香りを嗅ぐ。
いかにもなコーヒーの香りだ。
だが、あまり良い豆を使っているわけではないようで、香りがどこか安っぽい。
それでも、ここが一番人気ということは、これが一番マシなコーヒーと言う事なのだろう。
この安っぽい香りがマキーナを使えない自分の様に感じられて、今は逆に落ち着く。
「あ、あぅ……、こ、こちらこそ、早とちりして……。」
小さくなりながら、エイラは両手でコーヒーカップを持ち上げる。
一口飲んで苦かったようで、すぐに砂糖とミルクを足し始める。
「……エイラ、その、相棒だからという訳では無いんだがな。
良かったら、お前のこれまでの事を教えてはくれないか?
俺の事も、理解出来るか解らないが話すからよ。」
静かにそう告げると、エイラは目を見開く。
最初は陰気で、常に前髪で目を隠して俯いている暗い女の子だと思っていた。
ただ、こうして一緒にいると、実に表情豊かだと気付かされる。
本来はきっと明るい子なのだろう。
では、“何が彼女を今の姿にさせたのか?”という疑問が浮かぶ。
俺はのんびりとコーヒーを味わいながら、エイラが喋るのを待っていた。




