790:失せ物、不意に見つかる
「あ、セーダイさんおはようございます。」
「セーダイさん、今日の作業に向かいますよ。」
「あー、セーダイさん今日は仕事終わったらご飯とかどうかな?あ、嫌なら良いんだけど。」
「……。」
先日の俺の過激発言以来、微妙に彼等との間に壁というか、溝を感じていた。
まぁ1人は未だに言葉を発する事が出来ていないが。
ともかく、当初よりも微妙に気を使ってくれていたり、それまでなかった敬称がついているのだ。
若干の居心地の悪さと、そして若干の困惑が続いていた。
いやはや、言ってしまった手前とはいえ、どうしたもんかな……。
そんな少しだけギクシャクとしながらも、日々の活動……彼らの言う所の“悪の活動”とやらは続いている。
今日は街の主要道路の整備に駆り出されている。
何でも、“主要な道を抑えておけば、いざという時に我等に有利な状況を作れる”という事らしい。
もはや完全に人間族に取り入ろうとしているただの便利屋じゃねぇか、と内心では思っていたが、まぁ彼等なりの処世術なんだろうなぁと思う事にしていた。
想像よりも何もないから、場合によってはここを後にしてもいいなぁ、と考えてもいたが。
「あー、セーダイさん、今日の路面舗装なんだけど、ちょっとこの粉を水と混ぜてもらっていい?
それ混ぜたら地面に撒いて、ならしてくれる?」
スケさんが何も無い空間に手を突っ込み、大きな袋を取り出すと俺に渡す。
│収納箱が使えるのはやっぱりファンタジーだなぁ、とぼんやり思いながらも、その袋を受け取る。
袋の表面には、よく解らない魔術用語とドクロのマークが描かれている。
(……何だ?魔術的な毒か何かなのか?)
不審に思ってマキーナに調べてもらったところ、どうやらこれは何かの魔術の触媒のようだ。
特殊な魔力を込めたキーワードを唱えるとこの粉を介して何かが一斉起動する、そんなタイプの魔法が使えるらしい。
また少し、スケさんの評価が変わる。
もしかしたらコイツ、俺に見せた善良性はただのフェイクで、本性を見せない謀略系なのではないか?
これが毒に該当する粉だった場合、確かに主要な道路にこれが撒かれていれば、そこにいる人間を一網打尽にできる。
それは何も一般市民だけに限った話ではない。
有事の際には兵隊が集められ、軍隊となってこの道を通るのだ。
その瞬間に起動すれば、戦う前から勝負がつく。
「解りました。
どの辺まで撒けば良いですかね?」
「あぁ、それの配合率はサっちゃんが詳しいから聞いてもらうとして、それをボンベに入れて噴霧機を使えば、多分城門までの道は全部撒ける筈だから。
そこまでは確実に撒いてもらって、余るようであれば後は城門周辺を念入りに撒いておいて。
それを使うと路面が強化されて長持ちするから。」
やはりか、と納得する。
路面強化は方便だろう。
いや、その効果もあるのだろうが、本命は俺の想像通りなのだろう。
「いかんな、俺もついつい見た目に騙される所だった。」
<何がですか?
この粉には確かに何かを強化するタイプの成分が混じっているようですし、嘘は言っていないかと?>
まぁ、嘘ではないんだろうなぁ。
俺はそんな事を思いながら配合比率を聞きに行き、その後作業に移る。
「……!!」
ガチャガチャと金属が擦れながら歩く音が聞こえ、顔を上げる。
相変わらず兜が無い首無し騎士が、身振り手振りで噴霧機を持って来てくれた事を伝えてくれた。
「あ、あぁ、デューさん噴霧機持ってきてくれたんですか、助かります。」
その後2人(?)で混合液をタンクに入れると、俺が噴霧機を担ぐのも丁寧に手伝ってくれる。
デューも善良な魔物なのだが、やはり兜を取り返すと性格が変貌したりするのだろうか?
道路に混合液を散布しながら、そんな事をぼんやり考えていた。
左腕でレバーを上下して空気を送り込み、右手に持った棒の先から地面に向けて噴霧しながら歩く。
やる事が単調なので、ついついあれこれ考え事をしてしまう。
この異世界でのこれまでの冒険、こうして旅をする事になった経緯、元の世界の事、妻の事、まだ見ぬセントラルなる人物、これまでの異世界で楽しかった思い出、勇ましい兜をかぶり目の前を走り去る少年の楽しげな姿……。
ん?
何かが引っかかり、顔を上げる。
よく晴れた穏やかな昼下がり。
手帳をめくりながら何かを呟き歩いている商人らしき男、オープンカフェでお茶を楽しむご婦人達、鬼ごっこなのか、走り回っている小さな子供達。
「あ、君っ!!」
思わず声を上げる。
追いかけっこをしている子供達の中に、不釣り合いな大きさの兜を被っている男の子がいるのだ。
その子が鬼役なのか、皆その子に捕まるまいと笑いながら走って逃げていた。
「え?おじさん何?」
遊んでいる所を邪魔されたからか、訝しげにこちらを見る男の子。
別に正気を失っている訳でもなし、応対は普通だ。
話を聞くと、家の近所の草むらにこの兜が落ちていたのだという。
その前の晩に犬が騒いでいた声を聞いていたらしく、多分野良犬がこれをどこからか持ってきたのではないか、という事らしい。
「実はな、おじさんの友達がそれを探していて、今とても困っているんだ。
それ、渡してくれないかな?」
「えー!やだよー!
っていうか、普通落とし物を届けたらしゃれーってヤツを貰えるんだよー!
あー、何かくれないと渡せないなー!」
この……クソガキが……と思わず言ってしまいそうになるのをグッとこらえる。
男の子と目線を合わせるためにしゃがむと、無理やり笑顔を作る。
「よ、よーし、じゃあそこの駄菓子屋でアイスを買ってやろう。
それでどうだ?」
「えー、ずるーい!アタシ達の分はー!?」
一緒にいた子供達も騒ぎ始める。
ま、まぁ、そうなるのはわかってたし?金ならある訳だし?大人なんだから余裕を見せないとだし?
そんな事を思いながら、引きつる笑顔で“もちろん皆の分もだよ”と良い大人を演じる。
その後、駄菓子屋で更に散々ゴネられたが、何とか要求を満たして兜を取り返す事に成功した。
いやぁ、俺偉い。
よく途中で手が出なかった!
<いや、子供相手にムキにならないで下さい。>
だってさ!アイツ等要求が底なしかと思うくらいやりたい放題なんだよ!しかも最後にお礼もないし!!
何だよ“ほんらいなら足りないけど、しかたないからゆるしてあげるよ”って!!
頭の血管何本かブチギレたわ!!
マキーナには呆れられたが、何とか兜は取り戻した。
これで別の兜だったらいっそ笑えるな、と思いながら、俺は取り返したボロボロの兜を見つめていた。




