78:崩壊した村
ギルド受付で、ドブ掃除の完了証と採取した薬草を提出する。
受付の女の子は薬草の中身を丁寧に調べ、依頼の完了を告げると、引換証を俺に渡す。
冷めた目と感情のこもっていない声で
「お疲れ様でした、引換所は2階です。」
と、それだけ告げると、次に並んでいる人間の応対を始める。
物凄く機械的で事務的だ。
まぁ、本来役所の仕事はこんなもんか、と思いながら2階にあがり現金と引き換える。
今日の稼ぎで銅板3枚にはなった。
宿が一泊銅板2枚だから、安心して飲み食いはできる。
今日の謎肉は何かなぁと期待しながら隣接の酒場を見ると、ちょうどキルッフと目が合った。
俺は丁度良いと思い、キルッフの向かいの席に座る。
オーダーを取りに来た女の子にエール2つと今日の魔獣肉定食を頼み、銅貨を渡す。
エールが来たところで、キルッフと乾杯する。
ドブさらいと薬草採取で疲れた体にエール!
疲れ切り、酒場の熱にあてられて火照ったこの体、乾ききった喉にキンキンに冷えたエールを流し込む!
この世界のエールは苦味が低く、鼻を抜ける麦の薫りと相まって、後味が実に爽やかだ!
んで、しかもこの謎肉と合う!!
ンマ~~~イ!!!
……いかんいかん、これじゃどこかの地下債務者だ。
「オマエ、よくそんな旨そうに食えるな。」
キルッフがゲンナリしながらそう聞いてくる。
“何の肉を使ってるか知ってるのかな?”と思い、意味を聞いてみたが、彼も何の肉かは知らないらしい。
ただ、“体に害は無いから”とは言われても、何の肉かわからない物を食う気にはならないそうだ。
まぁ確かにそれもそうか。
まぁ俺も、“実は人肉でしたー!パッパラー!”とかでは無さそうだから食ってる所もあるし。
なので、ギルド酒場以外ではマジでそれが起こりかねないから、ここ以外では基本的に謎肉は食ってない。
流石に人肉喰らいにはなりたくない。
「まぁそれよりもさ、依頼帰りにギルド入口で聞いたんだけどさ……。」
入る前に聞いた、恐らく“最初の村”に該当するであろう村が壊滅した話をする。
あの時は事情も知らず、いきなり攻撃されたからそれどころではなかったが、生活基盤を確保し、腰を落ち着けて考えてみると何かおかしいと感じていた。
俺の髪色や服装を差っ引いたとしても、あそこの住人があぁまで警戒していたのは、実は何かあったんじゃ無いか?と思っていた。
今にして思えば、外の人間に対してちょっと異常な警戒の仕方だった。
「あぁ、ファステアの事か。
女子供まで皆殺しだったらしいな。」
初めて知った。
あの村“ファステア”って言うんだ……。
因みに俺がその後立ち寄って、露天商と話してたあの村は、セコの村というらしい。
いやぁ、慣れたと思っても、世の中知らないことばかりだなぁ。
とはいえ、村に名前の付いてない世界もあったしな。
この世界だけの名前かも知れないが、一応覚えておこう。
話の先を促すと、語るまでも無いくらい村人は全滅。
本当に一人も生き残りがいないくらい全滅だったそうだ。
ただ、検死した騎士団の話では“切り傷は無く、どうやって死んだかわからない”という謎の結果だったらしい。
恐らくは魔術的な何かで体の内側から破壊されていたとのことだ。
コイツ、中々の情報網を持っているな。
「それ聞いちゃうと幾つか疑問が起きるんだけどさ。」
俺は耐えかねて口を挟む。
「その村人達は一体何したのよ?ってのとさ、その勇者のスキルって“清潔”とかいうクズスキルなんだろ?
どうやって皆殺しに出来たのよ?
そんな凄いスキルには聞こえねぇんだけどな?」
キルッフは赤ら顔になりながら、顔を寄せる。
コイツ酒臭いな。
俺が奢る前から相当飲ってたな?
「何でもよ、勇者と“交わる”と、ステータスが上がるらしいぜ?
ソイツが目当てだったんじゃねぇか?」
キルッフがニヤニヤしながら、小声でそう伝えてくる。
一瞬で酔いが冷め、気持ち悪くなってきた。
勇者とやりたくてあんなに必死だったのか?
んな馬鹿な。
それでもとりあえず、転生者がわの視点で考えてみる。
前世でなんやかやあって、あの自称神様に会っているはずだ。
そうなると、そこでいわゆる不正行為に該当する能力を貰っているはず。
今までは“清潔”というスキルだと思っていたが、実はもしかして“エロい事すると仲間の能力が上がる”とかが本当の能力なのか?
それだとこの事象の流れにも少しだけ理解が出来る気がする。
美少女に囲まれてハーレム軍隊を作るはずが、この世界に生きる住人にそれを悪用されてとらわれの身になったのか?
そして第1王子はそれに気付いて、本人自体の能力は低いからと転生者を奴隷にしつつ、ついでに自分の性的な趣味を発散させていたのか?
でもそれだと、何故そっちの能力を転生者が初めから使わなかったのかがわからない。
「オイオイ、勘弁してくれよ。
男でも襲いたくなるような奴なのか?その勇者サマは。」
俺はあきれながら椅子の背もたれに寄りかかり、エールを飲み干す。
変態しかいない村とか、そんな訳あるか。
少し温くなったエールに後味の悪さを感じ、店のお姉さんに銅貨を渡しながらもう1杯同じ物を頼む。
「いや、マジでそうらしいぜ?
スキルはクズでも、思わずステータスが上がっちゃうくらい、ケツは一流なんだろうさ。」
そう言うキルッフの言葉があまりにくだらなすぎて、思わず笑う。
2人して笑い合っているその瞬間、少し離れたテーブルから強烈な殺意が向けられる。
視界の端で、殺意を向けてきた相手が何かを持ち上げた。
恐らくエールの入っている小樽だろうか。
投げられるソレが、テーブルの上に命中する軌道であろうと予測して、注文したばかりのエールのジョッキを持ち上げて避ける。
あんまり騒ぎは起こしたくなかったし、情報収集の最中だったんだけどなぁ。
のんびりそんな事を考えながら、“あ、これ反対の視点だと、よくある下品なゴロつきに主人公が突っかかるシチュエーションか”と思いつく。
なら、お約束としてはやられた方が良いだろうなぁ。
小樽が俺達のテーブルに命中し、激しい音と共に皿やらフォークやらが宙に舞う。
俺の謎肉定食の皿が、キルッフの顔に命中していた。
スマン、キルッフ。
宙に舞う食器類が他のテーブルに行かないようにさりげなく打ち落としつつ、小樽を投げてきた人物に目を向ける。
「先程から聞いていればご主人様の悪口をベラベラと!
いい加減にしろ!!」
フード付きマントを付けていたが、今はフードが取れており、顔がハッキリとわかる。
革鎧の上半身に短パンで足甲、両腰にショートソードを下げた少年のようなショートカットの女の子が、怒りに震えながら仁王立ちしていた。
中々に美形だが、残念ながら若すぎて俺のストライクゾーンじゃないな。
あ、いや、そうじゃない。
丁度良い。
上手いこと相手しつつ、勇者サマの所にご案内して貰うことにしよう。




