786:決着、さらば……
「しつっこいんだよ!いい加減死ねぇ!!」
マツが俺の時には使う事すら無かった黒く輝く弾を、手のひらから何十発と放つ。
ただ、それもおじさんに当たる事なく全てが手前で霧散する。
「イチイチ苛つく奴だなぁ!!」
そう怒鳴ると、マツの姿が消える。
時間停止を発動した、と言うのは見えた。
しかし流石は不正能力、俺でも発動させた瞬間以降、追う事が出来ない。
『おじ……!?』
“おじさん危ない、時間停止だ”と叫ぼうとした。
ただ、言葉を発しかけたその瞬間、おじさんに殴り飛ばされて轟音と共に壁にめり込むマツの姿があった。
「いけない、それはいけない。
“時間停止”は、種付けおじさんが最も得意とする事の1つなのだから。」
「ふざ、ふざけるなよテメェ……。」
俺からはたったの一撃に見えたが、壁から出てきたマツを見ると黄金に輝いていたあの鎧の至る所がボロボロになっている。
止まっていた時の中で、かなりの攻防があったのだろう。
時を止め合う者同士の戦いは、一般人から見るとこう見えるのか。
<勢大、我々の位置が変わっています。>
言われて気付く。
よく見れば俺の座り込んでいた場所近くの壁にマツはめり込んでいた。
俺自身は、この地下に囚われている魔人族の女性と共に端に纏められていた。
「そうだぁ、言い忘れていた。
田園さん、危ないからそちらのお嬢さんを守っていただけますか?」
『……承知した。』
重い体を立ち上がらせ、女達の前に出る。
破片や残骸が来れば、全て打ち落としてやろうと構える。
今、俺に出来るのは確かにこれくらいだろう。
「ケッ!女を守る余裕なんざ、与えねぇよ!」
マツの右手が淡い光を放ち始めると、俺の後ろの女達が動き出す音がする。
見ると、虚ろな目をこちらに向けて、ゆっくりと近寄り、俺の首や手足にしがみつき始め、見た目からは考えられないような力で俺を絞め始める。
『なっ!?……洗脳でもされてるのか!?』
「……あぁ、それも良くない。
非常に宜しくない。」
おじさんが指を鳴らすと、ガクリと糸の切れた操り人形の様に女達が力を失い、そして倒れる。
変に頭を打たないように俺は全員を掴み、そしてそっと地面に寝かせる。
「催眠・洗脳も、種付けおじさんの十八番なんだ。
その分野で、僕に勝てる人はいないよ。」
「だからイチイチ煩っせぇんだよ!!
俺は神だぞ!テメェ等みたいな雑魚は、大人しく奪われとけ!!」
またも時間停止を使ったのだろう。
一瞬で俺の目の前に来たマツは、俺を殴ろうとしていたらしい拳をおじさんに掴まれている。
「神を名乗ろうと、今が人である以上、奪う者は奪われる。」
おじさんはどこまでも静かだ。
マツは必死に掴まれたままでも他の手足で攻撃を繰り出すが、全てを受け止められている。
「何故だ!俺は前世で苦労したんだ!!
アイツが、“この世界では好きにしていい”と言っていたんだぞ!?
それを、どうして止める!お前等にその権利があるのか!?」
「自由には、責任が伴うんだ。
君が自由に振る舞い、誰かの自由を踏みにじったとするなら、そのツケを払う時は来る。
……そして、今がその時なんだよ。」
マツの全ての攻撃を弾きながら、おじさんは淡々と言葉を紡ぐ。
そして、その最中におかしな事に気付いた。
マツの身長が、少しずつ縮んでいるのだ。
その背は縮み、手足は細くなる。
遂には、変身も解除された。
そこには、小学校低学年か、幼稚園児くらいの男の子が泣きそうな顔をしてファイティングポーズをとっている。
「さぁ、神様ごっこの時間はおしまいだよ。
大丈夫、すぐに気持ちよくなるからね。」
そこからの事は、少し言葉にしにくい。
一言で言うなら、種付けおじさんが本領を発揮した、という事だろうか。
全てが終わった後で、マツだった者はゴスロリ服を着た男の娘に変わっていた。
正直その一部始終を見ているのは辛すぎたが、助けを呼んだ手前、席を外す事もしづらかった。
「さぁ、今まで君がイジメたお姉さん達にごめんなさいをしてこれるかな?」
「ハァイ、オジサマ……。」
女の子の様な姿に変わったマツは、魔人族の女性達の元へと向かう。
先程おじさんが指を鳴らして女性達の洗脳を解除した時に何かを仕込んだのか、男の娘になったマツを見る女達の目が違う光を放っている。
「ごめんなさいしに来たのねー、偉いわねぇ。
じゃあ、お姉さん達とあっちの部屋でお話し合い、しましょうか……。」
語尾にハートマークが飛んでいるような気がしたが、それはもう見ないことにした。
女達とマツが出て行った後、俺とおじさんだけが残される。
俺は疲れたように、また地面に座り込む。
変身も、顔の部分だけを解除した。
……一応、念の為だ。
「ハッハッハ、その気になれば地面に瞬間移動して、田園さんとドッキングする事も出来ますから。
あまり意味はないですよ?」
マキーナといいこの人といい、ナチュラルに心の声を呼んでくるから怖いんだよなぁ……。
「ハハッ、まぁそんな怯えなくても大丈夫です。
本来なら喧嘩は両成敗で、アナタの穴にもインしたい所ではありますが、まぁ手伝うと約束しましたからね。
その言葉は果たしましたよ。」
“でも”と、おじさんは続ける。
「1度目は偶然の出会い、2度目は請われての再会なのですから。
これはつまり、3度目に出会えたならそれはもう相思相愛!奥様のいる田園さんをNTRするのは申し訳ないと思っていましたが、運命の再会が出来るなら、きっとそれはもう田園さんの尻が私を求めていると!!
そう思うのですよ僕は!!」
その圧で、俺の両肩をしっかりと掴みながらおじさんは熱く語る。
そうして改めて俺の顔をみた時に、おじさんは“おや?”という表情を見せた。
「田園さん、どうやら主要駅のメンバーにかなり会っているのですね。
後一人、……あぁ、セントラルさんか。
彼は今どこの世界にいるのかなぁ。」
両肩に置いた手を離すと、おじさんは人さし指を立てる。
指先の光はどんどんと強くなり、まともに見ていられないほどだ。
「“事象改変・断裂”。」
おじさんがそう呟きながら指を振るうと、一瞬、空と大地に一本の線が走り、断面がズレる。
まるでCGの様に一瞬ズレたそれは、すぐに元の空と海に戻る。
「さて、これで田園さんは、ここにいる事を維持できなくなるでしょう。
田園さんがいつかあの場所へ渡るエネルギーは、初めてお会いした頃よりもだいぶ集めていらっしゃるようだ。
だからオマケは今回は無しですね。
そして、混沌の平原への座標も随分と揃っていらっしゃる。
あなたであれば、あの子を助けてあげられるのかもしれませんね。
……私では、私達では出来なかった。
この世界が穏やかになるまでは、この種付けおじさんにお任せください。
あなたは、また次の場所へ。
願わくば、いつかセントラルと出会う事を祈っています。
そしてどうか、次にまたお会いできる事を楽しみに待っていますよ、こいつと共に。」
おじさんのおじさんがいきり勃ち、名残惜しそうに俺に矛先を向けている。
「ま、まぁ、今度は助けを求めなくても自分で何とかできるよう、頑張ってみますよ、ハハ……。」
冷や汗をかきながら俺は消える。
酷い旅だった。
それでも、俺はまだ、俺の旅を続けるために旅立つことが出来た。
「……身が締まってて、酸いも甘いも噛み分けてて、それでもまだ人であろうと藻掻いている男。
彼を男の娘に出来たら、どれほど興奮するだろうか。」
派手な柄のパンツを履いた太り気味のおじさんは、己を鎮めるためにも女達と男の娘が向かった寝室に向かう。
まずは意識の改革、そしてこの世界が失った力の補充をさせねば。
そんな事を考えながら、おじさんは軽い足取りで寝室へと向かうのだった。




