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異世界殺し  作者: Tetsuさん
昏い光
786/832

785:状況をぶち壊す

『なっ……!?』


そうだろうとは思っていた。

今までのマツの言動からも、こうであるだろうという事は推測がついていた。


ただ、想像と現実に目の当たりにするのとではワケが違う。

周囲には獣臭と、死臭が漂っていた。

そこにいる者達は皆一様に肌が青白く、だが薄汚れている。

そして何も衣服をつけていない状態で、首には鎖につながった首輪をさせられている。

誰も死んだ魚のような目をしていて、落ちてきた俺にも意識を向けようともしない。


さらわれた魔人族の女性。

その、残骸(・・)だ。


それだけではない。

大の字に磔にされ手足がありえない長さまで引き伸ばされて絶命している死体、頭を開けられて脳が丸見えになったまま椅子に縛り付けられている死体、刃のように鋭利な三角木馬に座らされ、首元まで裂かれている死体。


そこには無数の拷問器具と、そしてその全てに死体が存在していた。


「あぁ、ここまで落ちちまったか。

ちょっと力を入れすぎたかなぁ?」


上から落ちてきたマツは、フワリと俺の前に着地する。


『おま、お前が、……これを全てやったのか?

……自分の意志で?』


マツは少し驚いた様な、キョトンとした顔を見せたかと思うと、下を向き体を小刻みに揺らし始める。

何をしているのかと揺れる視界の中でマツを凝視していると、段々と聞こえてくる。


「……クックックッ……クカッカッカッカ!!

オッサン、今までの俺の話をちゃんと聞いていたのか!?

当たり前じゃねぇか!!

あぁ、でもちょっとだけ訂正しておいてやるよ。

ここにある器具はな、俺が作ったり持ち込んだりしたもんじゃねぇよ?

始めからここにあったんだよ。

つまりは、魔人族とやらも一皮むけば俺と同じ、イカレ野郎しかいねぇって事だな、カッカッカ!!」


少しだけ、“あぁ、そういう事か”と理解する。

あんなにフォースティアの街が貿易再開を強引に推し進めていたのにも、ちゃんと理由があったのか、と。


どこまで行っても救いのない世界に、救いのない転生者だったのか。

俺は、立ち上がるのを諦め、その場に座り込む。


『なぁ、もうこの世界に干渉しない。

だから俺を見逃しちゃくれないか?

俺は元々、あの神を自称する存在が隠しているこの世界への負債を、これ以上広がらないように断ち切りたいだけだ。

お前との交渉が難しそうだから、実力で言う事を聞かせようとしたが、それも無理だと思い知らされた。

虫のいい話だと思ってるが、見逃してくれたら黙って立ち去る。』


変身しているマツの表情は解らない。

ただ、その歩みは止まることはなく俺の前まで進んできた。


「自分でも解ってるじゃねぇか。

今更それは虫のいい話だよなぁ?

一度殴り合ったら、そりゃ決着つけねぇとなぁ?」


あぁ、やっぱりそうか、と冷めた目でマツを見上げる。

獣になってしまうと、それはもう殺すか殺されるかまでいかないと止まらないのだろう。


『なら、俺としてはなりふり構っていられなくなる。

……こうしたくはなかった、でも、お前がここまで追い込んだんだからな。』


「何言ってるか解らねぇな。

切り札を出すなら今だぞ?ホレ、出さねぇのか?

なら、もう死ねよ。」


マツが拳を振り上げ、俺の頭に狙いを定める。

それをぼんやりと見ながら、俺は息を吸い込む。


『“助けて!種付けおじさん!!”』


マツは一瞬、“ハァ?”と疑問を口にするが、どうやら俺が狂ったとでも思ったらしく、そのまま拳を振り下ろす。

“あぁ、これが俺の終わりか”と、少しだけ死を思う。

まぁ、そういうモンだろう、残念だ。




「その喧嘩、僕が引き継がせてもらおう。」




背面の壁が吹き飛び、そこから出てきた男がマツの拳を止める。


視界に映るその姿を見れば、灰色と銀のストライプのネクタイを首に着け、下はド派手なオレンジ色のブリーフ。

足下は黒い靴下と黒い革靴。


ネクタイとブリーフだけの半裸のおじさんが、いや紳士がそこに立っていた。




それは、変態と言うにはあまりに紳士だった。

ブリーフ越しでも解るそれは大きく、腹の脂肪は分厚く、存在感というか圧が重く、服装は大雑把すぎた。


まさにそれは、変態と言う名の紳士だった。




「ハァ?何だお前?」


マツが困惑するのも解る。

いきなりこんな紳士が出てきたら、誰だってビビる。

俺でもビビる。


「問われたからには名乗っておきましょう。

私は種付けおじさん。

そこの御仁とは縁があってね、“何かあったら呼んでくれ”と言っていたのさ。」


マツがチラリとこちらを見る。

仮面で表情は見えなくても、そこに“お前まさか……”という言葉が見えるようで、思わず俺は首を横に振る。


「フン、何だか知らねぇが、そこのおっさんの仲間だってんなら、俺の敵だなテメェ?

なら、邪魔だからサッサと死ねよ。」


俺に見せた、あの一撃。

全身を包み込むような拳の形をしたエネルギーがおじさんを襲う。


『危な……!い……?』


思わず叫びかけたが、エネルギーの塊はおじさんの前で霧散する。


「……フム、アレから力を貰い、思う存分奮っていた様子。

しかも世界も少し食ってしまったか。

ちょっと熟しきっているが、まぁそれも隠し味みたいなモノかな。」


「フン、何を訳の解らねぇ事を言ってやがる。

キッカケは神から貰った力だとしてもな、ここまで使いこなせているのは俺ぐらいだろうよ。

いや、ここで終わりじゃねぇ。

俺はいずれあの神とやらも取り込み、俺自身が神になってやる。

この世を力こそが正義の世に変え、奪い、犯し、蹂躙し尽くし、そして地獄みたいな光景で満ち溢れさせてやるんだ。

どうだ、想像しただけで楽しいだろう?」


マツはあくまでその姿勢を崩さない。

聞きながらも、俺は“結局そうなったとしても、人はどこかで平穏を求める生き物なんだよ”と、反論したかった。


ただ、今の無力な俺では、それを口にすることさえ出来なかった。


「良いですなぁ。

借り物の力でそこまで()に乗れるのは、ある意味で才能だ。

……だからこそ、アイツは君を選んだのかもしれないね。」


いつもニコニコしているおじさんは、少しだけ寂しそうな顔をみせる。

まるで過去を懐かしんでいるような、しかし何かを後悔しているかのような表情だ。



……その格好でなければ、確実に映画のワンシーンの様に決まっていたと思うが。


「少し、君にレクチャーしてあげよう。

“種付けおじさんの力”、というものをね。」


別の意味の蹂躙が、始まろうとしていた。

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