784:地の底
体の至る所が熱く、そして重い。
マツの攻撃が命中するたび、焼け付くような熱が走る。
多分、もう痛覚の極限、痛みを感じる先に行っているのかもしれない。
『……だが、そう簡単にはやられねぇ!!
マキーナ!ブーストモード!!』
<ブーストモード・セカンド、起動。>
時間の流れが変わり、視界が真っ赤に染まる。
この極限の状況、マツが油断しきった今。
仕掛けるならここしかない。
ブーストモードの第二形態、この状態は全身を粒子化し、空気の粒子の隙間を通して空気抵抗を無効化する。
ただ当然、自分の体に空気をすり抜けさせるという事は、こちらからも攻撃は出来ない。
俺はこちらを攻撃しようと拳を振り上げ、前に進む動作のまま空間に止まっているマツの近くまで行く。
『モード、ファースト!!』
<ブーストモード・ファースト。>
加速したまま、一気に俺の体が実体化する。
その途端、押しのけた空気が俺の体を抑え込み、ガッチリと固定する。
まるで透明な粘土の中にいる感覚。
それでも、力任せに空気を押しのけ、拳をマツに向けて打ち出す。
『なっ!?』
拳が触れる寸前、マツが視界から消える。
危険を感じてその場を離れようと動きかけた時、側頭部に強い衝撃。
<勢大!意識を保って!!>
マキーナの叫びに、ハッとなる。
キツい一撃をもらったらしい。
“意識が飛ぶ”という言葉があるが、多分それは正しくない。
“意識が抜ける”という方が、きっと正しいだろう。
それというのも、今、俺は城のどこかの部屋でめり込んだ本棚から抜け出そうともがいている。
そして側頭部に衝撃を感じてから壁をぶち抜きこの部屋の本棚に突き刺さって止まるまでの記憶が、すっぱりと抜け落ちているからだ。
『クソッ……しまったな……。』
頭へのダメージは一番受けてはならなかった。
船に乗っている時のように、地面が揺れる。
視界が、悪い夢でも見ているように歪む。
「オッサン、せっかく加速したっていうのに、攻撃する時に動きが遅くなったのは、それが限界……うん?
……あぁ、……なるほど、それでか。
オッサンすげぇバカだな、物理的に加速しねぇで、魔法でも使って……うん?違う?
……あー、そういう事か。
なんだ、オッサン魔法使えねぇのかよ。」
どうやら、ヤツの相棒が俺の事を調べて、ヤツに色々教えているらしい。
なるほど、何も知らない人間から見ると、俺とマキーナの会話もあぁ見えるのか。
次からは周囲の目を気にして気をつけないとだな。
「オッサン、魔法を使えねぇのは残念だな?
あのクソ神から力を貰わなかったのかよ?
使えるモンは何でも使った方が良いぜ?
魔法と物理を合わせるとな、こういう事が出来るんだ。」
次の瞬間、俺の首を掴み上げて持ち上げるマツの姿が見える。
『あぐっ……い、いつの間に……!?』
少しでも力を入れれば俺の首の骨が折れる、その確証を感じられる程には、マツの腕はビクともしない。
「どうだい?これが魔法も使った場合の、“完全時間停止”だ。
気配もねぇ、音もねぇ。
揺らぐはずの空気すら関係ねぇ。
全てが静止した中で、俺だけが自由に動けるんだ。
スゲェもんだろう?」
楽しそうな口調で、俺の首を絞める力を少しずつ加えていく。
「魔王め!これでも喰らえ!!」
どこかで隠れて様子をうかがっていたであろうアルガスが飛び出し、手に持っていた何かを投げつける。
「触れているから、お前も巻き込めそうだな。
感謝しろよ?こんな風景、めったに見られないんだからな?」
周囲の空間が灰色に染まる。
その中で、マツと、マツに持ち上げられている俺だけは色を失わずに済んでいる。
これが魔法と物理の融合、超加速の先にある、“絶対静止”だよ。
アルガスが投げつけていたのは、寮で見たことのある返しのついたナイフ、それもグリップに爆薬を仕込んである特注品だ。
「仲間のオモチャなら、同じ仲間が片付けないといけないよな?」
俺を持ち上げたまま、マツはゆっくりと前に進む。
アルガスと俺達のちょうど中間くらいに浮かんでいる無数のナイフは、刃を俺の背中に突き刺していく。
『ぐ、くぉぉおぉぉ……!!』
ゆっくり、背中や手足に鋭利な刃物がズブズブと突き刺さってくる感触は最悪だ。
「おぉ、時間停止中もその表情が見られるなら、オッサン良い相手になるなぁ。
……さて、時間停止、解除。」
音も、空気の揺らぎも、ナイフの勢いも、全てが思い出したかのように動き出す。
それだけではない。
刺さったナイフが爆発し、より被害を深刻にしていく。
「そ、そんな、すまねぇセーダイ……そんなつもりじゃ……。」
『こ、こいつは、俺よりも上位の能力を持ってやがるし、時間を止めて攻撃してきやがる!!
一度逃げて、フォースティアで対策をとれ!!』
アルガスは迷いを見せたが、俺は追い払った。
ここでアルガスと船乗り達を逃がせれば。
アルガスが人々を説得できれば。
そしてアルガス以上の戦力を用意できれば。
もしかしたら、この世界が作り出す抑止力の兵器、勇者。
そういうものにも期待できるかもしれない。
今は万に一つの賭けでも、その賭けに乗るしかない。
アルガス達が脱出するまでの時間を稼ぐ。
そして生き残る。
両方やらなくちゃならねぇのが、異邦人の辛いところってか。
収まりつつある視界のドロドロと平衡感覚の乱れは、気合で抑え込む。
「いいねいいね、もう少し楽しませてくれよオッサン!!」
また、視界から消えると、音もなく目の前に現れる。
「ホラ、攻撃する瞬間は姿をさらしてやるぞ!
頑張れ♡頑張れ♡」
言葉の煽りを受けていても、正直それどころではない。
全てが一撃必殺。
下手に避ければ想定外のダメージだ。
俺がサンドバックとなり、城のあちこちに飛んで破壊しまくる、何かのゲームのような戦いになっていた。
受けようと流そうと止めようと、何もかもが全てダメージになる。
白の足場も崩れ、下へ下へと落ちながら、それでもお互い落下する床石を蹴りながら拳を交える。
もう浮かんでいるのか、それとも落下しているのか。
長い長い空中戦、最後にマツが俺を蹴り飛ばし、上に蹴り上げられたと思っ時に、頭上に地面が迫ってきて、満足に防御も取れないまま派手な音を立てて落下していた。
落下した穴から這い出し、蹴り上げられていたのではなく蹴り落とされていたのか、と、少し現実味のない思考逃避に走ってしまうほどだ。
『圧倒的すぎる……何か近くに。』
使える武器でもないかも周囲を見渡すと、そこは城の地下室だった。
ガリガリに痩せ細り、身につけているものは首輪しかない女の群れが、俺の視界に入る。
誰も彼もが、生気のない目をして、落ちてきた俺のことなど気にもとめる様子がなかった。




