782:別れ
「……だず……だずげで……、ダレか……。」
嫌な予感はそのまま的中する。
人体を、魔人族とはいえ人の体を、繋ぎ合わせる技術を産み出しているのだ。
こうされない保証など、確かに始めから無い。
それにしても。
……それにしても、だ。
「メノウ……。」
アルガスが、絶望に似た言葉を漏らす。
俺達はその姿を見上げる。
人間2人分はあるだろうと思われる身長に、発達して肥大化した上半身と、それに不釣り合いな程貧弱な下半身。
そして首から上がない、さながら海外のカートゥーンに出てくるモンスターの様な、逆三角形のシルエット。
そんなモンスターの胸に、メノウが縫い付けられていた。
腕は肘から下が、足は太ももの途中から、モンスターと結合されている。
更には、メノウの両眼も縫い付けられていて、瞼を閉じている糸からは今も血が流れている。
「テメェ、よくも、よくも……。」
アルガスの全身から殺気が溢れ出す。
<マスター・マツはオモチャをすぐに壊してしまう癖がありますからね。
そのまま消費するだけというのも勿体無いですからね。
こうして私が有効活用しているのです。>
怒りの限界点を超えたアルガスが、光のような速さで飛び出す。
上段に構えた剣を、目の前のモンスターに振り下ろす。
モンスターが、まるで自ら差し出すように両手を広げ、アルガスの振り下ろしに対して胸を晒す。
つまりは、メノウを前に突き出してくる。
「……ッ!?」
振り下ろしていた剣は、しかしメノウに当たらないような軌道に変えて振り降ろされる。
「あ゛あ゛っ!痛い゛ぃ!!」
振り下ろした剣は完全にメノウを避ける事が出来ず、左の二の腕を切り裂く。
その瞬間、メノウの絶叫がこの空間に響き、アルガスも躊躇してしまう。
その隙を逃すほど頭は悪くないようで、モンスター側の巨腕が風を切るとアルガスを殴り飛ばす。
『……マキーナ、対策はねぇのか?』
<こちらをご覧ください。>
攻めあぐねている俺に、マキーナが解析した情報を表示する。
『……マキーナ、こりゃあお前……。』
先に結論から言ってしまうなら、メノウはもう死んでいる。
“壊した人形の再利用”とは、確かにそういう事なのだろう。
埋め込まれている様に見えていた両手両足には、実際はそこから先は無い。
体内にも、いくつかの器官が失われている。
胸の片側も切り取られた跡がある。
女性として大事な部分に関しても、言い切れないダメージを発見していた。
『……あーあ。』
やっちまったな。
怒りを通り越す。
武道であれば当然だが、例えば戦争と言うものにもルールはある。
妙な話ではあるが、“必要以上に苦しめて人を殺さない”というルールがある。
“必要”とはなんだ、と言うのは色々と議論があるだろうし、散々異世界で人を殺してきた俺が言うのか、とも思うが。
それでも、“ここまでやる必要が無い”と、俺は思う。
転生者は、特にあの神を自称する存在から不正能力を授かった奴には、世界を思いのままに出来る力がある。
抵抗出来ない異世界の現地人に対して、何の力を誇示しようと言うのか。
いや、思い通りに出来るからこそ、こういう力の誇示をするのかも知れないが。
それは解りたくない事だ。
『アルガス、メノウはもう救えない。
せめて、もう楽にしてやるべきだ。』
「うるせぇ!まだ解らねぇだろうが!!」
アルガスの動きは精細さを欠きながら、モンスターの手足だけを狙おうと剣を振るう。
その剣のでたらめな軌道に、俺は巻き添えを食らわないように踏み込めずにいる。
『落ち着け!1人で何とかしようとするな!!』
「うるせぇ!テメェはメノウを殺す気だろう!!
パーティでもない奴には、仲間のいない奴には、わからねぇんだ!!」
一瞬の空白。
ずっと一緒だった訳ではない俺が足を止めるには、アルガスが言ってしまった言葉を後悔して動きを止めるには。
そして、その隙をモンスターを操るキャスパーが突くには。
十分過ぎる時間を作ってしまった。
「おぐっ……!?」
先程までとは違う、モンスターの全力の一撃。
ロクにガードが出来なかったアルガスには、これまでに無い痛恨の一撃となる。
<勢大!!>
マキーナが叫ぶ。
視覚情報に、あのモンスターの核、弱点の位置が表示される。
『わかった!!』
俺は手にしていた剣を全力で投げつける。
アルガスを殴り、こちらへ向きを変えようとしていたモンスターの胸、メノウの心臓とその奥にある核へと剣は吸い込まれ、同時に突き刺さる。
『ダメ押しだっ!!』
間合いを詰めつつ、メイスを振り抜き剣の柄を全力で打ち抜く。
核に突き刺さっていた剣は、後ろからメイスで打ち抜かれた事により、撃鉄に打ち出された撃針のように核へとより深く突き刺さり、そしてモンスターの胴体を突き抜ける。
「あ゛あ゛ぁ゛あ゛〜!!」
まるで城全体に響かせるかのようにメノウが絶叫し、そして少しずつその体が崩れていく。
<フム、今しがたマスターからもあなたをお通しするように言われましたので、私からの歓迎はここまでと致しましょう。
ここで食い止めきれなかったのは残念です。>
キャスパーの声が響くと、重苦しい沈黙が周囲に押し寄せてくる。
『……そうだ、アルガス!大丈夫か!?』
俺は慌ててアルガスの元へと駆け出す。
虫の息だったが、アルガスはまだ生きていた。
俺は急いでポーションを取り出すと、アルガスに飲ませ、そして傷口……いや、全身にポーションを振りかける。
本当に死の寸前までいっていたらしく、回復は遅い。
「セ、セーダイ、その、すまねぇ……。」
追い詰められていたとはいえ、先ほど口走った事。
それの事だと、想像しなくても解る。
『いや、いい。
誰だってそうなる。
俺だって、さっきの状況なら似たような事を言うと思う。』
俺の言葉に、アルガスは力無く笑う。
追い詰められた時に、人間の本性が出ると思っている。
ただ、だからといってそれを非難する事は出来ない。
善悪の話で言うのならば、この場合は“追い詰めたキャスパー”が悪いのだから。
その上で、アルガスはメノウを大切に思う心を持っていた。
ただ、それだけの事だ。
「すまねぇ、俺はしばらくマトモに動けそうにねぇ。
セーダイ、お前は先に行ってくれ。」
『あぁ、そうさせてもらう。
悪いな、アイツ先にぶっ飛ばしちまうかも知れねぇけどよ。』
アルガスは力無く笑うと、目を閉じる。
俺は立ち上がると、広間の中央に見えていた階段へと進む。
他の世界と構造が同じなら、ここを一番上まで登った先に、“玉座の間”がある筈だ。
階段を登りながら、チラと下を見る。
アルガスが這うようにして、メノウの元へと向かうのが見えた。
あの2人がどんな関係だったのか、俺は知らない。
ただ、今はアルガスが気持ちを整理する時間が必要だと、そんな事を思っていた。




