781:前座
「やれやれ、悪い奴がいるにはピッタリの雰囲気だな。」
アルガスが城を見上げて呆れたように呟く。
どんな素材で出来ているのか解らないが、城壁は病的なまでに真っ白で、汚れ1つ無い。
薄暗い空の下であっても、まるでボンヤリと光っている様な気持ちの悪さがある。
「どうする?どこから行く?」
「あぁ?
そんなもん決まってる、正面から真っすぐだ。
俺はそれ以外のやり方は知らん。」
その堂々とした表情と言葉に、思わず笑ってしまう。
そうだろうな、という安心感。
どんな時でも自分を崩さない。
強い冒険者と言うものは、きっと皆こういうものなのだろうな。
そんな事を思いながら、俺は懐から金属板を取り出す。
「マキーナ、通常モードだ。」
<通常モード、起動します。>
赤い光の線が全身を駆け巡る。
淡い光がおさまる頃には、黒いゴムの様な素材に全身を覆われ、部分的な装甲と髑髏の意匠が施された仮面の姿に変わっていた。
「おぅ、それがさっき言っていた奴か。
頼りにしてるぜ。」
あらかじめ説明しておいたからか、アルガスに驚きは無い。
俺は親指を立てると、マキーナが取り込んでいたメイスと剣を取り出す。
『さて、それじゃあお礼参りと行きますか。』
俺達が城門に近付くと、地響きを立てて門が開く。
開かなければぶち破ってやろうと思ったが、どうやら歓迎されているらしい。
城門から城本体までの道と中庭は、骸骨の兵士達で埋め尽くされている。
それを見たアルガスは、“うへぇ”とため息を漏らしていた。
『こんな所で無駄に足止めを食らう必要はない。
ちょっと下がっていてくれ。』
右手の剣を収納し、拳を握る。
握った拳をそのまま、瞬間的に幾度も振り抜く。
『百歩神拳・改、ってな。
邪魔だから土に還れや。』
次の瞬間、中庭を埋め尽くしていたガイコツの兵士が粉々になりながら吹き飛ぶ。
この程度では肩慣らしにもなりはしない。
ザリザリと砕けた骨を踏みしめながら、城本体に入っていく。
「はは、こりゃあ助かるぜ。
お前もその見た目だろ?途中でお前の事をぶん殴りやしないかと、ちょっと心配してたんだ。」
アルガスはそう言うとケタケタと軽く笑うが、だがよく見ると目は笑っていない。
“コイツ、どこまで本気だったんだ?”と不安になりながらも中に入る。
『今度は更に面倒そうな奴等が来たな。』
城の1階には、あの時俺が倒したゾンビの混合体、下半身は2本足なのに、上半身は2人分のあれだ。
あれが10体近く待ち構えていた。
港街で襲ってきた奴はフラつき、動きが緩慢だったが、ここにいる奴等は違う。
全員鎧を着込んでおり、左右の個体それぞれが武器を持ちしっかりと構えている。
『あれは試作品、こっちは完成品ってワケか。』
「あの時の奴か。
相変わらず気持ち悪い図体してやがるなぁ。」
あの港街の拠点防衛の際、アルガスもこいつ等と戦っていたらしい。
アルガスは軽い口調とは裏腹に、足場を踏み固め長剣を握りしめる音が聞こえる。
『拠点を襲ってきた奴等よりも精度は高そうだからな。
気を付けろよ?』
「誰に言ってやがる。
いいからさっさと倒して、メノウを救い出すぞ。」
俺達は同時に飛び出し斬り込む。
予想通り反応速度は比較にならないくらい高いが、それでも所詮は加工された化物。
俺のメイスの薙ぎをしっかり受け止めはしたものの、上半身と下半身の結合部分は耐えられなかったらしい。
糸が引きちぎれるような、プチプチという嫌な音を立てながら上半身が千切れていく。
後には下半身が残り、数歩歩いたと思うとドシャリと音を立てて自分が作った血溜まりの中に倒れていた。
「なるほど!そういう力技なら大歓迎だ!!」
アルガスも、長剣の刃ではなく腹で思い切り化物の胴を打ち据える。
俺がやった事と同じ様に、アルガスが相手をしていた化物も崩れていく。
「攻略法が解れば簡単だ。
セーダイ!どっちが多く倒すか勝負といこうじゃねぇか!!」
勝ち筋が見えた以上、大量の化物も俺とアルガスの敵ではない。
競うように化物をなぎ倒していった結果、モノの数分で辺りは下半身を無くして這いずり回る、哀れな化物のなれの果てが蠢いていた。
<調整が難しいものですね、この世界の冒険者と異邦人の相手は。>
這いずり回っていた化物の1つが、ピタリと動きを止めると中に浮かび、兜を開けて話し出す。
兜の中は皮膚を剥ぎ取られた魔人族らしき顔。
そして唇もないのに流暢に話している所を見ると、あのマツのサポート、キャスパーとか言うのが話しているのだろう。
『出たな、確かキャスパーとか言う出来損ないのサポートメカちゃん。
俺達は雑魚の相手をしている暇はねぇんだ。
サッサとマツの元へ案内しろよ。』
宙に浮かぶ皮膚の無い顔が、歯をカタカタと鳴らす。
笑っている?つもりなのだろうか。
<力では勝てないからと、言葉による揺さぶりですか?
あいにくとそれを理解する“感情”が私には備わっていないものですから。
残念ながら効果は無いですね。>
絶対の自信から見える傲慢さ。
よく言うぜ、しっかり感情があるじゃねぇか。
ただ、その言葉の通りだとしたら1つの疑問が俺の頭に浮かぶ。
『……もしかして、お前がマツを唆しておかしくしているのか?』
化物が歯を鳴らす音が更に激しく、俺達にハッキリと聞こえるくらいに大きくなる。
<可哀想なマツ!
得体の知れぬサポート端末に精神を乗っ取られ、自分の意志とは無関係に人を殺め、人を操り、人を蹂躙する、まさに魔王とも言うべき存在にされてしまった、哀れな転生者!!>
宙に浮いた上半身は両手を上げ、天を仰ぎ神に陳情しているかのような素振りを見せる。
だが、すぐにそれを止め、俺へと目線を向ける。
<……などと、言うと思ったか異邦人よ?
私はどこまでもマスター・マツと共にあり、忠誠を誓う存在。
これらは全て、マスターの意志によるものだ。
マスターは元の世界で果たしきれなかった夢を叶えると仰っていました。
全てを蹂躙し、自らに従えると。
そしてゆくゆくはあの神にも成り代わると申されております。
私はその夢を叶える為に生まれた物。
その私が、マスター・マツを操る訳がなかろう!下郎が!!>
「テメェの親分の気持ち悪い夢なんざどうでもいい!!
メノウはどこだ!サッサと返しやがれ!!」
アルガスは近くに落ちていた片手剣を拾うと、宙に浮いていた化物に投げつける。
投げた剣は綺麗に脳天に突き刺さると、糸が切れた人形のように急速に地面に落ちていく。
<そうでした、まだ演目が残っておりました。
マスター・マツに謁見する前に、是非お楽しみください。>
キャスパーの言葉が木霊すると、暗がりから重たい足音が聞こえる。
嫌な予感を、感じずには居られなかった。




