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俺の偽物が振り下ろすメイスを、こちらも同じくメイスで受け止める。
金属同士のぶつかり合う甲高い音と火花が飛び散る。
「……?」
メイスが弾かれた反動をつけて、偽物が剣を振る。
「……??」
俺はそれをバックステップでかわしながらも、ずっと疑問符が浮かび続ける。
<どうしました勢大?何を躊躇っているのですか?>
「いや、躊躇っている訳じゃないんだ……。」
弱すぎる。
何合か剣を交えて、違和感を感じて仕方が無いのだ。
外見は俺にそっくりだ。
顔も、身長も、装備も。
いや、よく観察してみれば体格が若干俺より細身だ。
そのせいで、顔から上と下で微妙にアンバランスだ。
ただ、その割には筋力がある。
何と言うか……“一般人とは違うが、鍛えたそれでは無い”という様な、チグハグな印象だ。
<しかし、いつまでもこうしているよりはアルガスの加勢に行った方が良いと思われますが?>
確かにそれもそうだ。
余計な事を考えている暇もない。
改めて見れば俺の偽物にしては得物を使い慣れていないようで、全くの隙だらけだ。
「せいっ!」
左手に持ったメイスで気合一閃振り抜き、偽物の両腕をへし折る。
そのまま右手の剣を偽物の心臓に突き立てる。
「あっ……がっ……!?」
今までは頭を吹き飛ばして目標を沈黙させていたが、心臓でもそうなるのか。
観察も兼ねてそこに狙いをつけたが、しっかりとダメージはあるようだ。
「……す、すまねぇ、セーダイ……。
ド、ドジッちま……ってよ、このザマだ……。
止めてくれて、たす、助かった、ぜ……。」
口元から血の泡を吐きながらも、嬉しそうな、穏やかな表情を見せると、限界が来たのかズッシリと重くなり、そして糸の切れた操り人形のようにドサリと倒れていった。
「……どういう事だ?
まさか……!?」
倒れた俺の偽物の顔に触れる。
指先に感じる違和感。
顔の皮膚、いや、皮膚のはずなのだが、感触が違う。
皮膚だと思うものを掴み、引っ張るとベリベリと簡単に剥がれる。
そうして俺の顔の下から出てきたのは、トーリスらしき顔。
トーリスらしき、というしかないのは、顔の皮膚の一部は、俺が剥がした時に一緒に剥がれたからだ。
残った皮膚からマキーナが補正をかけて、ようやくそれがトーリスと解ったのだ。
つまり、顔の骨格から皮膚に至るまで、何かの手術というか、補正を受けて俺の顔になっていたのだ。
そして、恐らくは死ぬ直前に補正が切れて、本来のトーリスを取り戻していたのではないか。
「あっ!?まずい!!」
慌てて顔を上げれば、アルガスが辛うじてメノウの首を撥ねている瞬間だった。
「アルガス!すまない!!」
慌てて駆けつけるが、アルガスは全身血まみれ、特に腹からの出血が酷い。
急ぎ回復薬を含ませながら、腹の傷に薬草をペースト化したものを塗り包帯を巻いていく。
「イテテ、もう少し優しくしてくれよ。」
「その元気があれば大丈夫だな。
……ただ、すまない、俺の偽物、アレはトーリスだった。」
俺は推測をアルガスに話し、そして2人でトーリスを確認する。
アルガスは厳しい顔で黙ったまま、トーリスの瞼を閉じてやる。
そうして、俺達はメノウの首も調べる。
「さっき、俺は走っていくメノウを見かけて、それで慌てて後を追ったんだ。
そうしたらお前と……いやお前の偽物と話しているメノウを見てな、何があったのか聞こうとそのまま近づいた時に、いきなりお前の偽物に腹を刺されてな。」
そう話しながら、アルガスはメノウの首を持ち上げ、皮膚に触ろうとする。
その瞬間、閉じていたはずのメノウの目が開く。
<異邦人、貴方はマスター・マツの足元にも及ばない事は前回解っています。
これは警告です。
これ以上深入りしたとて、マスターの御手を無駄に煩わせるだけの事。
早々に引き上げなさい。>
「な!?……てめぇ、何言ってやがる!!」
アルガスがメノウに向けて叫ぶが、メノウの首は面倒くさそうな表情になりながら、視線だけをアルガスに向ける。
<黙りなさい現地人。
お前の仲間だった娘は、マスターの御寵愛を受ける栄誉を授かりました。
お前には代わりに作ったこの肉人形でも与えようと思い作成しましたが、そこの異邦人と関わった事が運の尽きと思いなさい。>
「……嘘をつけ。
オモチャを与えて帰すってんなら、俺の偽物を用意してアルガスを攻撃する必要が無い。
くだらねぇ嘘はつくなよ、低級サポートメカ。」
俺の言葉に、メノウの視線がギロリとこちらを睨む。
どうやら癇に障ったらしい。
だが、すぐに平静を取り戻したのか皮肉げな表情を浮かべる。
<残念です。
マスターのささやかな娯楽になればと、“信じた女に裏切られ、殺した相手はかつての相棒だった”という筋書のメロドラマでも作成できれば、と思ったのですが。
やはり人間の行動や心理というものは、理解しきれない面倒事が多いですね。>
「テメェの言ってる事の全部は、俺には理解しきれねぇけどな?
ただよ、舐めてる事だけは解ったぜ?」
アルガスはメノウの首を落とすと、グシャリとその足で踏み潰す。
「メノウの頭を俺にこうさせたツケ、それとトーリスを弄んだツケ、どっちも払ってもらう。」
アルガスは無言で装備を拾うと、俺をチラと見る。
「……多分、魔人族の王城がこの先にある。
恐らくはそこにいると思う。」
これまでの異世界の経験から、大体の地形は把握出来る。
そして、要所要所でこれまでの異世界と同じ立地になっている所を見ると、多分他の世界でいう所の“魔王城”に該当する場所がこの近くにある。
マツがいるとしたら、攫われたメノウが連れ込まれるとしたら、多分そこだろう。
「解った、時間がない。
急ぐぞ。」
言い終わるよりも早く、アルガスは走り出す。
まだ傷は塞がってはいないだろうに、先程までの怪我を感じさせない気力に満ちた走りだ。
「セーダイ、お前何か隠していることがあるんだろ?
話せる範囲でいい。
これから戦う奴の情報が欲しい。」
怒りに満ち溢れていても、アルガスは冒険者という事なのだろう。
あくまでも冷静に、勝つための準備を決して欠かさない。
「あぁ、解った。
俺の知る限りを話す。
これから相手にしようって奴の事もな。」
走りながら、俺はこれまでの事やマツの事、そしてその厄介な戦闘能力の事を全て話した。
話し終える頃には、マツがいるであろう城が見えてきていた。




