77:宿での夜襲
先程窓から落とした奴を除けば11人が部屋と廊下にいる。
彼等の布陣が終わったときに、俺自身、やや目測を見誤った事を知った。
俺の体格ではそれなりにデカい部屋だったが、流石にこの人数は多すぎた。
この人数が一斉に飛びかかってくれば、こちらが何をしようとも圧殺される事になる。
街のチンピラなら大抵が“最初の犠牲”になることを嫌うため、ソコを突けば1対1の連戦に持ち込めて、状況を有利に運べる。
だが、ここまで統率され訓練された奴等が相手だと、自己犠牲もいとわなければ連携も完璧だろう。
(逃げるべきだったか……。)
この変身だけなら、一族に伝わる魔道具の一種とか、いくらでも言い逃れできそうではある。
しかしここで超常の力を使うと、ますます勇者君の関係者と思われかねない。
何とか一斉に飛びかかってくる事態を避けるために、機先を制する必要がある。
きっかけを潰し続けなければ。
俺が悩み攻めあぐねていると、左側の視界の端で一番左にいる覆面の、聞かれないように息を吐く音が聞こえる。
“あぁ来るな、こりゃ”と思い、武術における視野角の基礎、“八方目”を思い出す。
視点を定めず目に映るモノ全てに注意を割り振る、武術の基礎技術だ。
“一番左と一番右か、多分左が牽制して右が本命かな”
良い動きだ。
視界の端で動けば、人間はどうしても反射的にそちらを向く。
ここで左を見れば、視野角の影響でどうしても右側に死角が生まれる。
そうすれば、一番右端の奴を中心に、一斉に飛びかかってくるだろう。
一番左の奴は、重心のかけ方が浅い。
多分、注意を引くための牽制の一撃だ。
予想通り一番左の奴が素早くナイフの刺突を繰り出すが、それを避けずに視界に全体を納めたまま、逆に真左に踏み込む。
紙一重でかわしつつ、奴の引き腕に合わせて肘に俺の左手を差し込み、右手を奴の手首の下、ナイフの柄に添えて包むように巻き込む。
一番左の奴は、自分で引いたナイフに自分の右腕を刺す結果となる。
コイツが痛みに一瞬硬直したところを後ろに回り、右手で首を押さえ、更に左手でコイツの左腕を捻り上げる。
腕にナイフを刺した奴を盾にしようと思ったが、“無念”と一言呟くと、奥歯に毒のカプセルでも仕込んであるらしく、毒物を噛みしめそのまま絶命した。
こういう奴等は大抵こうだ。
邪魔になるくらいならと、簡単に死を選びやがる。
俺の手から力無く崩れ落ちた賊を見ながら、こんな簡単に命を捨てられるコイツらに怒りが湧いていた。
それにその切り札、今俺に見せるべきじゃ無かったな。
連中が動き出す前に、 俺は即座に隣の奴をターゲットにする。
右手の人差し指と親指を開いた、丁の字握りで覆面の内側、顎を下から打つ。
親指と人差し指が狙い通りに下顎に当たると、強制的に奥歯が打ち合わされ、仕込みの毒を使わせる。
二人目の覆面も、倒れながら苦しむ様子は少し見せたが、最後まで声は発しなかった。
『見事。』
敵ながらに賛辞を贈らざるを得ない。
覚悟の決まってる奴は大好きだ。
だが、こんな簡単に命を捨てる奴は大嫌いだ。
ここで覆面側に、動揺が広がるのがわかる。
ここまで簡単に殺されたことは無いんだろう。
ましてや仕込んでいた自害用の毒を逆手に取られては、飛び込んだ瞬間に全員同じ事を狙われる危険性が出て、深読みすれば数の暴力が通じない可能性さえ感じる筈だ。
それくらいの速さは見せた。
これで嫌でも警戒するだろう。
更に数を減らすべく、俺は2つの死体を集団に向けて、足で放り投げる。
こちらとしては狙いは誰でも良い、次に動いた奴を狙うだけだ。
「引け。」
リーダー格がそう命令すると、投げ付けられた死体を避けずに寧ろ受け止め、残りの8人は素早く撤退した。
不測の事態に対しての素早い判断、部下も良い引き際だ。
もう何人か仕留めたかったが、リーダー格の殺気を警戒したため手出しできなかった。
それに、ちゃんとリーダー格が最後まで残るのも素晴らしい。
まぁとは言え、部下が2人死んで、1人は2階から落ちたからそれなりに怪我を負ったろう。
初めからこのリーダー格には、帰るという選択肢は無いだろうな。
『一応言いたいんだが、変態王子の余興に付き合わされて、こんな所で無駄に死ぬこともないんじゃねぇか?』
覆面の下で、リーダー格は疲れたように笑う。
「無能な上の連中に付き合うのも、流石に飽きた。」
言い終わるが早いか、リーダー格が突撃してくる。
俺の背中側には窓がある。
諸共落ちる気なのだろう。
俺の二の腕を両方掴み、全力で押してくる覆面の胸倉を掴みつつ、一瞬だけ抵抗する。
更に力を込めて押そうとする瞬間、背中から倒れ込み右足をリーダー格の腹に当てる。
『悪いな、男と心中する趣味はないんだ。』
転がりながら胸元の衣服を引き、右足で相手を押し上げる。
学生時代に武術を学んでいた頃、道場には色んな経歴の奴がいた。
これも、その中の一人から教わった技だ。
足で押し上げ衣服から手を離せば、窓から綺麗な放物線を描き、リーダー格が宙を舞う。
これが試合なら危険行為で反則負けだろうが、ここは道場でもなければ試合でもない。
ただの殺し合いだ。
素早く起き上がり窓から外を見ると、リーダー格は器用に空中で姿勢を整え、僅かな音と共に大通りに着地していた。
その瞬間に、なるほどと理解する。
どうやら最後のこれは、俺の負けの様だ。
側にあった椅子に腰掛けて窓枠に肘をかけ、リーダー格を見下ろす。
リーダー格の男も、静かにこちらを見上げていた。
「さよならだ、冒険者。」
『達者でな、元暗殺者。』
互いに手を上げ、別れを告げる。
まぁ、リーダー格のあの男が生き残るにはこれしかないだろうな。
部下を引かせ、自分がしんがりを努めて死んだことにして、何処かに身を潜める。
先程部下を引かせる際に、死んだ部下の遺体を持ち帰らせたこともその布石だろう。
ここに死体を残しておけば、いずれ数の違いからバレてしまうだろうしな。
ちゃっかりしてやがるぜ。
それにしたってやれやれだ。
誰も彼もが逃げ出すタイミングを探っているとはな。
表面はまともな国に見えるが、中身はどうして腐り落ちる寸前の国のようだ。
俺はマキーナを解除すると、懐からタバコを取り出し火を付ける。
勇者君は今頃、何をしているやら。
翌日、依頼通りに午前にドブ掃除をし、午後になり薬草採取に向かう。
次に俺の命を狙うなら絶好のタイミングだと思ったが、予想に反して何も起きなかった。
ただただ、冒険者ギルドから渡された木板に描かれた絵の植物を集める。
“何だろう?昨日のアレで諦めてくれたのかな?”と首をひねりながら冒険者ギルドへ帰る。
あの変態王子も、そこまで御執心って訳でも無いのかな?
ギルドの入口が見えたときに、そこから出て来た他の冒険者達の雑談が耳に入った。
「今キルッフさんに聞いたんだけどよ、例の勇者が近くの村の奴を皆殺しにしたらしいぜ。」
「マジかよ、アイツそんなヤベぇ奴だったんだな。」
動いたか。
慌てても始まらない。
俺は依頼達成の報告とキルッフから話を聞くために、ギルドの扉をくぐった。




