778:平和な街
「……妙だな?門を守る衛兵の姿が無い。」
アルガスから、まるで目に見える程だった強い殺意が萎んでいく。
代わりに落ち着いた表情になり、門の先を含めて見通すような、警戒している気配に変わる。
多分、“誰彼かまわずぶっ飛ばして通り抜けてやろう”という気持ちから罠を警戒する冷静な思考に切り替わったのだろう。
「先は見通せないな。
ともかく、警戒しながら進むしか無さそうだな。」
首都アーラウンの城門には、魔法的な何かがかけられているのか門の中は真っ暗で先が見通せない。
“これは、もう全滅しているかも知れないな”という思いをお互い感じているようで、城門前の堀に掛けられた石橋を歩く時にも、自然と罠や崩れる事を警戒しながらゆっくりと進む。
「ここまで何もなし。
入ってからのお楽しみ、って訳だ。」
アルガスは、即死魔法耐性の護符を1枚俺に渡す。
この魔法的な暗闇を通り抜ける時に何かやられるかもしれない、そういう警戒からだろう。
俺はありがたくそれを受け取る。
「一気に飛び込むぞ。
3、2、1、行くぞっ!!」
俺とアルガスは、えいやっと気合を入れながら門の中の暗闇に飛び込む。
黒い闇、いや、それは膜の様に薄く、入ったと思ったら通り抜けていた。
(マキーナ、これは転移魔法か何かか?)
<いえ、通り抜ける時に解析出来ましたが、いわゆる自然災害や外敵への備え、の魔法のようです。
城門に張り巡らされており、外部からの攻撃や衝撃に対して防御膜のような役割を果たし、しかも効果範囲内での気温を安定化させるなど、環境対応型の大規模魔法のようですね>
どうやら、アレをくぐった瞬間に何処かに飛ばされた訳ではないらしい。
「……で、あれば、この風景は何なんだ?」
思わず呟く。
街並みが、普通なのだ。
大通りを忙しく歩く人々、カフェでノンビリとお茶を楽しんでいる老夫婦、景気のいい声で呼び込みをしている何かの商店のオヤジ。
もちろん、目に映る人々は、俺やアルガスとは違う青い肌をしており、目の色彩が赤い、魔人族の人々だ。
ただ、そこにあるのは穏やかな日常。
そこで武器を手に持っている俺達の方が、むしろ異常な光景だった。
「……こりゃあ一体、どういう……。
いや、セーダイ、不味そうだから一旦武器をしまえ。
聞き込みをするぞ。」
もしかしたら、ここはまだ何も起きていないのかもしれない。
(マキーナ、何か異常は見つからないか?)
<申し訳ありません勢大。
異常を感知できない、というよりはこの街にかけられている魔法のせいか、私の探索範囲がかなり縮小されています。
私が検知できる頃には、勢大が視認しているレベルだと思って下さい。>
このドーム型の魔法には、そんな厄介な効果まであるのか。
とは言え、後ろを常に見る事は出来ないからマキーナには引き続き探索を行わせる。
とりあえず俺達は、周囲を警戒しながらも景気のいい声を張り上げている商店のオヤジ、どうやら肉屋のようだが、彼に話しかけてみる。
「あのー、すいません。
この街に、私達みたいな人間族の男女が来ていませんか?」
店のオヤジは不思議そうな顔を一瞬したかと思うと、驚いたように俺達を見る。
「おぉ、人間族の方じゃねぇか!
こらぁ珍しい事もあるもんだ。
旅人さん達かい?
良かったらウチの干し肉でもどうだい?
ウチの干し肉は自慢の品だよ!旅をしながらでも、何年でも保存がきく良い肉なんだぜ!!」
チラリと商品棚を見れば、生肉の他に確かに干し肉も売っているらしい。
ひと目見ただけでも、状態の良い肉だと解る。
「あはは、いやぁ、ここに来たばかりで、まだ出ていくつもりはないんですよー。
で、どうです?私等みたいなの、この街じゃ見かけないですかねぇ?」
「おぉ、そうか、じゃあまた旅立つ前には見に来てくれよな!
うーん、俺ぁ毎日この店を開けてるが、あんた等みたいな人間族を見たのは何十年ぶりだ?とにかく久しぶりだぜ。」
“そうでしたか”と大げさな身ぶりで店のオヤジに礼を言い、次はカフェ辺りで聞き込みするかと考えている時に、視界の端に見知った人影を見たような気がした。
“何だ?”と思いながら視線をそちらに動かしかけた時に、背後にいたアルガスが声を上げ、突然俺が見ている方とは逆の方へ走り出す。
「お、おい!アルガス!!
……リーダー!どうしたんだよ!?」
慌てて俺も後を追う為に走る。
人だかりの中で、アルガスは器用に人ごみを避けながら進んでいく。
「メノウだ!メノウがいたんだよ!!
おい、待ってくれメノウ!俺の声が聞こえないのか!?」
ドンドンとアルガスは先に行ってしまう。
いくつかの通りを曲がったところで、俺は完全にアルガスの姿を見失っていた。
「マキーナ、メノウの反応はあったか?」
<……解りません。範囲外でした。>
やれやれと思いながら、俺は見失う前にアルガスが進んでいたであろう方向に歩き始める。
アレだけ慌てて走っていた訳だし、俺やアルガスの姿はここでは珍しい筈だ。
俺はアルガスの行方を知らないか聞くため、通りを歩いていた子連れの女性に近寄る。
小さな子供と仲良く手を繋いで歩いている、恰幅が良くて優しそうな見た目の、中年女性、そんな雰囲気だった。
「あの、すいません、さっきこの辺を人間族の男が走って行きませんでしたか?」
「あ、あぁ、その人なら向こうに走っていったよ。」
女性が穏やかにそう言うと、通りの1つを指さす。
俺は“そっちか、随分早く移動してるな”と思いながら、つられて指さした方向を見る。
次の瞬間、背筋に氷を突っ込まれたような悪寒を感じる。
空気を切り裂く音と、揺れる空気。
脳内に、俺の首に向かって振られる鋭利な剣のイメージ。
咄嗟にしゃがむと、頭の上を赤い刃が通り抜ける。
「その男なら、ここここここっちにいぃいぃい!!」
オバサンは笑顔のままだ。
口からよだれと泡を出し、おかしな言葉を吐き出してはいるが、笑顔は先程と同じ優しい笑顔のままだ。
俺に何を振ったのかと手の先を見れば、握手をしている。
いや違う、女の子の手だ。
手を繋いでいた女の子の腕が、女性の手に握られていた。
持っているその小さな腕の先には、白い骨が尖って突き出している。
では、女の子は?
視線を移すと、左腕のない、いや、左肩から滝のように血を噴き出し、それでも笑顔でいる少女の姿がある。
「ケケケケケケケケケ!!」
けたたましい声で女の子は笑うと、まるで接続の甘い人形のように、体中の関節からバラバラになって地面に落ちる。
悪い夢を見ているようだった。




