777:追跡
屍鬼モドキの魔物を片付け、船員の無事を確認しつつ追加の魔物が襲ってこないかを警戒していた、緊張の夜が明けた。
俺とアルガスも交代しながら仮眠と警戒をしていたが、結局あれ以降魔物が襲ってくる事は無かった。
俺達2人は、アレが偶発的なモノではなく何かしらの意思の存在する襲撃だろうと結論づけていた。
フラッと現れたにしては組織立ち過ぎているし、連携が取れ過ぎていたからだ。
「……2人共、戻らなかったな。」
俺の言葉に、アルガスは外を見つめたまま返事をする事は無かった。
その後、船にいる船長とも打ち合わせ、今後の方針を決める。
まず俺達が使用している屋敷を含めたこの地域を、10日間ほど船員達で防備を固めて待機すると決まった。
その間に俺とアルガスで魔大陸の奥地まで行き、旧魔族首都アーラウンに向かい、状況を確認。
俺達が戻り次第、フォースティアに帰還する。
そういう予定だ。
この港街から魔族首都アーラウンまでは、俺達冒険者の足なら片道3日くらいだという。
多めの予備日は仲間を探す時間だ、と船長は言ってくれた。
俺達はそれに感謝しつつ、荷物をまとめると早々に首都に向けて出発した。
「セーダイ、あれを見ろ。」
「木に傷跡が……矢印か!」
首都に向かう道は石畳で、足跡を判別しようにも難しいと考えていたところでそれを見つけた。
木の表面に彫られたそれは、まだ真新しい。
トーリスがつけたものと見て間違いないだろう。
「やっぱりこの街道を進んでる……って事なんだろうな。
この道は確か首都にしか続いていないんだよな?」
「あぁ、事前に地図も……まぁ、交流が断絶する前のものだが、確認したがこの道は首都にしか続いていない。
そんなに短期間で分岐の道を作れるとも思わないがな。」
お互い頷くと、街道を急ぎ足で進む。
ただ、この辺は流石手慣れた冒険者という奴なのだろう。
決して無理をする事なく、定期的に休憩をとるし日が落ちかければ夜営の準備を始める。
急ぎはする、しかし常にベストな状態を維持するため、無理はしない。
ここまで生き残るにふさわしい、徹底した冒険者だった。
<……時に勢大、このまま首都に向かうとして、また転生者と遭遇した場合、何か勝算はあるのですか?>
最初の夜営中、ふとマキーナが訪ねてくる。
俺は焚き火の火を絶やさない様に枝を投げ入れながら、星空を見上げる。
「……そうだなぁ。」
星を見ながら、俺は幾つかの方法を考える。
前回やられた事により、俺の超回復が働いて更に強く……なったりはしない。
そんな、超がつく野菜の戦士みたいな異能は備わっていない。
かつて習った武術の力で……いや、多分奴も似たような武術を会得していて、しかもどうやら俺よりも実戦に近い位置にいたらしい。
俺が異世界を渡り歩く前に鍛えた力と奴の不正能力、ほぼ似たような差しかないのだとしたら、後は素地の問題だ。
元の世界ではあくまでも練習試合、稽古しかしていない俺と、それだけでないマツとでは、確実に俺の方が分が悪いだろう。
マキーナが何か凄いサポートを……いや、これも考えない方が良い。
<私の方が劣っている、と?>
マキーナが怒った様な声色を出す。
ちゃうねん、そういう事を言っている訳じゃないねん。そこを期待しすぎちゃアカンねん。
思わずエセ関西弁が出てしまったが、考えは変わらない。
奴の、何だったか、確かカスパーだか何だか言うサポートの全容が見えない。
<キャスパーです。>
あぁそれ。
だが、そのキャスパーとやらは不確定要素が多すぎる。
マキーナと同じ様に世界の力を使って創り上げられたものなのか、それとも不正能力の一部なのか。
ともあれ、マキーナと互角と考えておいた方が良いだろう。
<では、打つ手なし、と言う事ですか?>
「……いや、最低最悪かも知れないが、1つだけある。」
出来ればやりたくない方法だ。
毎回、こうして詰みそうになると思い浮かんでいた方法ではある。
全てをひっくり返す、全てを根管からブチ壊す最悪の方法だ。
だからこそ、やりたくない。
「第一印象は最悪だったが、存外に話してみれば理解を得られるかも知れない。
力だけでは解決しない事も多いからな、言葉で説得できる可能性もまだあるんだ、ともかく会って話さなきゃ、解り合えないだろう?」
「……んぉ?セーダイ、何をブツブツ言ってやがるんだ?」
おっとイカン、マキーナとの会話も聞こえない人間から見ればおかしな独り言だ。
俺は“今後の事を考えていたらつい独り言を言っていた”と誤魔化すと、また焚き火に薪を放る。
揺らめく炎を見つめながら、“それでも、その時が来たら選ばなきゃいけないのかもな”と、心の片隅で覚悟をしていた。
「見えてきたな。」
その後も、順調に前進を続ける事が出来た俺達は、予定通り3日目の朝には魔族の首都アーラウンに近付いていた。
俺とアルガスは、心の何処かで“順調すぎる”と感じていた。
この3日間、道中で魔物と一切出会っていないのだ。
マキーナのセンサーにも、何も引っかかっていない。
魔物だけではない。
例えば罠や検知機の類も有るのではないかと毎回調べていたのだが、それすらも発見出来なかったのだ。
ただ、トーリスが残したらしい木の傷跡は点々と確認出来ていた。
この道を通ってきた事は間違いないのだろう。
だが、それ以外の痕跡がまるで発見出来ていなかった。
「このまま突っ込む、で良いのか?」
念の為、俺はアルガスにこの先の事を確認する。
ここまで魔物の影も形も無い以上、首都には魔物がウジャウジャひしめいている、なんて事も考えられる。
正面きって飛び込んだら魔物部屋、なんて事も考えられる。
「おぉ、それしかねぇだろ。
どんな化物がきても、正面からぶった斬れば解決だ。
安心しろ、実体のない幽霊や死霊だろうと、この剣でぶった斬ってやらぁ。」
あぁそうだ、アルガスは脳筋だった、と俺は思い出す。
既にアルガスは押し通る気満々だ。
とはいえ、この状況ではそのシンプルさも悪くない。
俺は“解った”と頷くと、メイスを手にする。
これなら、先端の棘状になっている所で殴らなければ手加減が出来る。
もしも門番が普通の魔族だったとしても、殺さずに何とかできるかも知れない。
俺達2人は、殺意を隠すこともなく首都アーラウンの城門へと歩いていった。




