776:防衛戦
<敵、残り20。
しかし、違和感が拭えませんね。>
『何がだ!?』
飛びかかってきた人型の魔物の頭をメイスで潰す。
潰した魔物を利用するように、影から飛び出そうとしてくる奴の首に剣を突き刺して、そのまま横に薙ぐ。
<この魔物の知性レベルが、です。>
同じ事を感じていた。
やはり確実に動く死体などではない。
こんなに敏捷性は無いし、強さも耐久力もソレとは桁違いだ。
だが、屍鬼かと言われると、これにも疑問符が付く。
ただのグールであれば、今の敵の行動のように“仲間がやられている間に攻める”などという発想が出てくるはずがない。
偶然そうなった、とも考えられなくもなかったが、さっきからずっとこんな調子なのだ。
右に回り込む個体があれば、反対の左に回り込もうとする個体がいる。
腕を振り下ろそうとする個体と、下から滑り込んで噛みつこうとする個体……。
偶然にしてはあまりにも出来すぎている。
“確実に連係を取っている”と考えた方が早い。
『でも、そんな事が出来る屍鬼がいる世界なのかもしれねぇじゃねぇか。』
<可能性はありますが、これまでのどの世界からも逸脱し過ぎています。
外見が動く死体で力や耐久力は屍鬼、思考はそれ以上の魔物など、過去全ての世界に存在していません。>
1つの可能性を思いつく。
マツが弄って、怪物を造っているのではないか。
状況から見ると、その可能性が一番高い。
世界の力を無駄遣いすれば、もしかしたらこんな事も可能だろう。
『とはいえ、今そんな考え事は役に立たねぇな!!』
更にメイスを振り下ろし、もう1体グールの頭を叩き潰す。
『オイオイ、……何だよありゃ。』
水っぽく、そして重たい足音が響く。
人間だが、人間のシルエットをしていない。
腰までは一人の人間だ。
ぶっとい足が2本ある。
ただ、上半身、腹筋のあたりから2方向にシルエットが伸び、2つの上半身が生えていた。
<過去のデータに無い魔物です。>
だろうな。
あんなのは俺だって見たことが無い。
頭の片方は両目が縫い付けられている。
反対側の頭は口が縫い付けられている。
それぞれの上半身、左側の奴は二刀の剣、そして右側の奴は両手斧を握っている。
2つ頭に4つ腕、そして2足の魔物がこちらにゆっくりと近付く。
『改造魔物、恐らく素体はこの国の住人、だろうな。』
<勢大、申し上げづらいのですが、目の前の改造個体、上半身の生体情報が似通っています。>
振り下ろされる両手斧をかわすと、轟音とともに地面の石畳が割れる。
かわして安堵するまもなく、左から二刀の連撃が襲いくる。
『何だ?どういう事だ!?
ハッキリ言え!!』
連撃を受けていると、横長で斧の強烈な一撃が来る。
距離を取ろうと飛べば、その着地をグールが狙ってくる。
受ける事、かわす事で精一杯で、考察する余裕が無くなっていた。
<つまり、この上半身の2人は兄弟か親族だと思われます。>
言葉が脳に到達し、意味を理解する。
『……野郎。』
どんな状況だったかは解らない。
ただ、この改造された目の前の異常個体が、望んでこうなったとは思えない。
だとするなら、マツが遊び半分でやった事は理解出来る。
その姿に憐れみと、そして怒りを感じずにはいられなかった。
『マキーナァァ!!』
<ブーストモード、起動。>
一度に変身出来る限界点、世界に違和感を持たせないギリギリ。
2度目の加速モードを起動する。
目の中の血液の影響か、視界は真っ赤に染まる。
見えない空気の壁、まるで固まり始めた水飴の中を進むように、俺は一歩一歩前に進む。
剣もメイスも手放した。
どちらも、まるでそこに固定されているかのように浮いている。
前へと進み、改造個体の懐に踏み込む。
『……すまん。』
こうする事しか出来ない自分への赦しの言葉か、それとも転生者が来なければ幸せな人生を送るはずだった目の前の兄弟への手向けの言葉か。
言った俺自身、どちらの意味かは解らない。
いや、もしかしたらそれは、どちらもの意味だったのかもしれない。
数度振り抜いた拳は、目標に当たると何の抵抗もなくその先へ突き抜ける。
<ブーストモード、終了します。>
赤くなっていた世界は色を取り戻し、目の前の改造個体が断末魔の悲鳴すら上げる暇を与えず、両方の頭と心臓部を吹き飛ばしていた。
改造個体を吹き飛ばす水っぽい音に紛れて、剣とメイスが落ちる金属音が微かに聞こえていた。
<通常モード、終了します。>
変身が解除され、俺は元の姿に戻る。
急ぎ残りのグールを始末せねば、と周囲を見渡せば、持ち直した船員達が攻勢に出ており、次々とグールを倒していっていた。
「セーダイさん、すげぇな、今の何だったんだ!?」
「おうよ、パッと消えたと思ったら、あのデカブツ吹き飛ばしててよ!アンタ凄かったんだなぁ!!」
「ホレ、落とした剣とメイスだ!」
船員が笑顔で駆け寄り、先程の俺の戦いを我が事のように喜んでくれる。
俺は拾ってくれた装備を受け取ると、後はここを任せてもいいか確認すると、多少の怪我人は出ているが問題は無さそうだ。
「ーーー・・・ーーーッ!!」
その確認をしている時、表門側から女の悲鳴が聞こえる。
この状況でいる女性は、メノウしかいない。
船員もすぐにハッとなると、まだここが戦場の真っ只中だと思い出す。
「すまない!ここは任せる!!」
俺は急いで表門側に駆け出す。
途中、数体のグールを走り抜けながら叩き潰しながらアルガスの元へ急ぐ。
表門に回り込んだ時、裏門よりも遥かにグールがいた事に気付かされる。
地面に転がっている死骸……いや、残骸は、裏門の比じゃない。
「アルガス!!」
折れた剣を杖代わりにして、地面に膝をついているアルガスの姿と、まだ襲いかかろうとしているグールの姿が目に映る。
即座に剣を投げ、グールの1体の頭を貫くと、一気に走りメイスを振り回し、残りのグールも叩き潰す。
「大丈夫か!?」
「あ、あぁ、俺はまだ何とかなる。
ただ、メノウが奴等に攫われた……。」
一瞬の出来事だったらしい。
大量のグールが攻めてきたと思うと、その中に異常に素早い1体がいて、それがメノウを連れ去ったのだという。
何とか突破口をつくりトーリスに向かわせ、自分はずっと残り全てのグールの相手をしていたのだという。
「クソッ!!」
「待てセーダイ、お互い疲弊している。
今は安全確保と回復が先だ。
トーリスの報を待つんだ。」
後を追おうとした俺を、アルガスは止める。
そうだ、今は船員の安全確保という仕事をやり切らなければならない。
メノウが心配なのは、俺よりもアルガスの筈だ。
それでも、冒険者である以上はやり遂げようとしているのだ。
「わかった、さっさと片付けよう。」
俺の腹の中で、マグマのように煮えたぎる炎が揺らいでいた。




