775:夜襲
「……セーダイ、起きてるか?」
<勢大、各地に仕掛けていたセンサーに反応あり、動体反応多数です。>
アルガスが居間のソファーで寝ていた俺に声をかけてくるのと、マキーナの警告はほぼ同時だった。
「敵か?」
「あぁ、トーリスが何か勘付いたらしい。
結構な集団が近寄ってきてるってよ。
すぐに屋敷の防備を固めるぞ。」
<現在、我々のこの居住エリアを囲むように近付く物体あり。
およそ数は200。>
こらまた団体さんだ。
俺は飛び起きると防具を身に着け、立てかけておいたメイスと剣を腰に履く。
急いで外に出ると、門の前で3人が待っていた。
「俺とメノウで入口を守る。
三方は船員達が防いでくれるが、どうにも裏門側は心許ない。
トーリスとセーダイは気を見てその辺の援護に回ってくれ。」
トーリスが見つけてきたこの屋敷は四方を高い壁に守られている。
襲ってくる敵にどこまで有効かは解らないが、それでも魔人族が建てている建築物は、人間族のそれとは比較にならないほど堅牢らしい。
今はその話を信じるしか無いだろう。
<勢大、センサーの動きも主力は正面入口、一部が裏門側へと移動しています。
側面の警戒は現状最小で問題ないかと。>
マキーナも同様の判断らしい。
戦闘態勢のまま待機していると、夜の闇に紛れてフラフラと動く物体が見え始める。
最初に見えたその姿は、酔っ払っていい気持ちになりながら、夜の街をフラフラと歩いている街の人にも見えた。
頭が半分無いことを除けば、だが。
「歩く死体の類いか?
メノウ、やってくれ。」
アルガスが指示を出すと、メノウは手に持っていた杖を掲げて詠唱を始める。
「主よ、我が祈りに応え、彷徨う魂を御手に包み、あるべき場所に導きたまえ。
“退魔”!!」
メノウの体がぼんやりと淡く光ったかと思うと、その光が天へと向かう。
一本の光の柱になったかと思うと、空から無数の光の粒が雪のように降り注ぎ、周囲が少しだけ明るくなる。
<おおよそ、勢大が周囲に仕掛けたセンサーの範囲程度が魔法の効果範囲のようです。
中々に大規模な魔法ですが……。>
マキーナの言葉が止まる。
俺の右目に映し出されている敵性動体とされる赤い光点は、変わらず進んでいる事が表示されています。
「……今の魔法で、昇天した魂は無いようです。」
「なるほど……。
動く死体に見えるが、ありゃ別の……屍鬼って可能性もあるのか。
全員、注意しろよ。
連中、いきなり素早く動いてくるぞ。」
流石はベテランパーティだ。
この程度の事では眉1つ動かさず、冷静に状況を分析している。
「主よ、我等に困難に打ち勝つ勇気を、そして力を。
身体強化!!」
即座にメノウが強化魔法をパーティにかける。
変身状態になっていない俺には効きが悪いが、それは言っても仕方ない。
メノウも一瞬“おや?”という顔をしていたが、俺が笑顔で親指を立てると何か察したような、理解したような表情をしていた。
恐らくは、“魔法の効きが悪い事も、ソロで活動している一因なのでは”と考えてくれたようだ。
「よぉし行くぞぉ!!」
アルガスが飛び出し、近付いて来た魔物に斬りかかる。
最初の一体は気付いていなかったのか、或いはアルガスの踏み込みが速すぎたのか避ける事無く胴体と首が切り離されていた。
だが、それを見た後続のグール達は、見た目よりも素早く動き、こちらを囲む様に移動し始める。
「邪魔だオラァ!!」
アルガスは分厚い長剣を木切れの様に軽々と振るい、次々とグールを肉塊に変えていく。
「リーダー、隙が多すぎるぜ!!」
アルガスが大振りで振り抜いた後の隙にグールが距離を詰めようと走ってくるが、トーリスから放たれた短剣が頭に吸い込まれ、そしてバタリと倒れていく。
「おっと、見惚れてばっかりもいられねぇな!!」
俺も、迂回してメノウへと回り込もうとしてくるグールの頭に、メイスを叩きつけて潰す。
「……セーダイ、そろそろ後ろの様子も見に行ってくれ!!」
しばらく戦い続け、敵の数が少し減ったなと感じ始めていた頃、アルガスが叫ぶ。
「解った!こっちは頼むぜ!!」
俺は通り抜けながらグールの頭を叩き潰し、壁沿いに裏門へと駆け出す。
「おぉ、こっちが片付いたら手助けに行ってやるからよ!それまでくたばるんじゃねぇぞ!!」
心強い声援を受けながら、俺は走る。
裏門にたどり着くと、そこは崩壊一歩手前だった。
必死に応戦しているが、船員側の被害が激しい。
あまり、手段は選べなさそうだ。
「マキーナ、起動しろ!」
<了解。通常モード、起動します。>
懐から取り出した金属板を臍下に当てると、そこから光の線が俺を包む。
光の線がフレームとなり、その間が淡い光で包まれると、黒いラバーのような素材が俺の全身を包み、その後銀色の肩当て、胸当て、手甲に足甲が出現する。
最後に髑髏の意匠が描かれたメットが俺の頭に出現し、変身が完了する。
『マキーナ、ブーストモード、セカンド。』
次の瞬間、周囲の時間がゆっくりと流れる様に、止まった時の中を走る。
全身が粒子化し、空気抵抗すらも通り抜けるこのモードで、一気に裏門近くのグールまで近付く。
『ブーストモード、ファースト。』
粒子化から元の実体に戻り、空気に動きを止められる。
全身の筋肉をフル活動させ、その空気抵抗を力づくで乗り切りながら、グールの頭に拳を当てる。
拳を当てるだけで十分だ。
なんなら、当てなくても良い。
その証拠に、拳を前に出すと、数体のグールは押し出された空気によって、頭が胴体から千切れようとしていた。
<ブーストモード、終了します。>
時の流れが元に戻る。
次の瞬間には、次々と頭を吹き飛ばされるグールと、何が起きたかわからずにキョトンとしている船員達、そして突風が入り乱れる。
「あわ、あわわわわ、ば、化け物!?」
「み、味方なのか?」
「ヒィィィ!死神様!?」
しまった、俺の見た目でパニックが起きてしまった。
『待て待て!俺だ、セーダイだ!!
細かい話は後だが、隠し武器だと思ってくれ!!』
俺に向けて怯えながらも武器を構える船員達に、俺は慌てて両手を振って弁解する。
俺の声を聞いた事で、半信半疑ながらも俺だと思ってくれたらしい。
少しホッとした空気が流れる。
<勢大、まだ敵は進行中です。>
慌てて俺は振り返ると、近付いていたグールの頭を殴り飛ばす。
『とりあえず細かい話は後だ!俺も何とかするから立て直してくれ!!』
最新鋭の船を任せられる船員達だからか、その声ですぐに動き始めてくれてホッとしていた。
とりあえずは大丈夫そうだなと思うと、マキーナが取り込んでいたメイスと剣を取り出し、グールに向けた。




