774:仲間
「おぉ、そっちはどうだったセーダイ?」
俺の姿を見たアルガスが手を上げ、大声で俺を呼ぶ。
やれやれ、警戒心が薄いというか、実力に絶対の自信があるからこその余裕なのか。
苦笑いしつつも、俺も手を上げる。
「2〜3件見て回りましたが、生きてるのも死んでるのも含めて誰も見つからず、ですね。
家の中を漁ったら、この通り。」
俺は手に持っていた女物の衣服と瓶詰めされた保存食を見せる。
アルガスはそれを受け取ると、衣服をメノウに渡し、そして自分は保存食の瓶を開けて中の物を口に含む。
「うーん……。
普通にまだまだ食えるなぁ。」
「これ、かなり上質な生地で出来てますね。
もし何かあってここから立ち去るにしても、これは持っていくんじゃないかしら?」
アルガスもメノウも、感想としては俺と同じようだ。
その内にトーリスも戻ってくると、ずいぶん膨らんだ革袋を抱えていた。
「見てくれよこれ、デカい家を漁ったら金庫が手つかずだったぜ?」
革袋の中には金貨と銀貨、それも上質銀の銀貨だ、が入っていた。
アルガスも“お前なぁ”と渋い顔をするが、強くは止めない。
この世界のトレジャーハンターとは、他の異世界では“盗賊”職に相当する。
無人の街があってそこに盗賊がいたとしたら、侵入して宝を盗むなと言う方が無茶と言うものだ。
「メノウ、“悪い気”ってヤツは感じられないんだよな?」
「……そうね。
周りに病を呼び寄せるような悪い気は充満していないし、死霊や幽霊の気配も感じられないわ。
まぁ、そっちは夜にならないと解らない事も多いけど。」
俺達は、この街は何らかの理由で“無人の街”になってしまったのだろうと認識していた。
何が起きたかは解らないが、この街から人の気配が完全に消えている。
メノウの言葉が確かなら、疫病や災害で大量に人が死んだ場合には、陽の光があるうちでもそう言った怨念というか無念みたいなものが渦巻くらしいが、それも無いのだと言う。
「何にせよ解らねぇ事ばかりだが、俺達の大きな目的はここの船員の護衛、そして魔人族からの状況確認だ。
今晩はここにとどまり、安全だと判断したら奥地に向かうぞ。」
俺達は頷くと、二手に別れる。
アルガスとメノウは引き続き荷降ろしをしている船員の護衛。
俺とトーリスは今晩俺達が寝泊まり出来る場所を確保しに、だ。
「セーダイさんよ、あっちに良さげな住居があるから、そこの確認に行くぜ。」
トーリスは俺の返事も待たずにスイスイと先に進む。
たどり着いた場所は豪邸、とまでは行かないが、中々の広さがある建物だ。
船着場からも近いので、これなら船員の一部も収容できるし、船に何かあってもすぐに戻れる良い場所だ。
「アンタも、もし今後パーティで動く事があるなら、こう言うのは覚えといた方がいいぜ。
何しろいつ何が起きるか解らねぇのが冒険者稼業だからな。
やる事の中で、この後必要な事を頭で纏めといて、段取り考えて出来る事は一緒にこなさねぇとな。
もし仮に今から物件探しをイチからやってたんじゃ、日が落ちちまうぜ?」
なるほど、先程の周辺探索の時に、“この後パーティや船員が泊まれる都合の良い場所”も一緒に探していたのか。
パーティで生きるには、そういう気配りも必要な事なんだなぁ、と感心しながらトーリスの後に続いて建物に入ると、屋敷の奥の部屋からトーリスの声が聞こえる。
「へへ、おいセーダイさんこれ見てみろよ、結構タチの悪いの仕掛けてあるぜ?」
言われたものを見ると、書斎の様に本がびっしりと壁一面に置いてある部屋の中にある、大きな柱時計だ。
そこの鍵穴を指さしている。
「中を覗いたり指を突っ込んだりするなよ?
多分毒針か、或いは毒の煙か、何かしらが飛び出してくる罠だ。」
トーリスは嬉々として近付くと、その鍵穴に懐から取り出した2本の棒を差し込み、ゆっくりと動かし始める。
「いいかいセーダイさん、アンタもソロで活動する機会があるなら、こういう技を覚えといた方がいいぜ?
迷宮の罠もこれくらいヤバいの多いしな。
まぁ、こうして大っぴらにやるなら、トレジャーハンターとしても登録しといた方が身のためだがね。」
“そうじゃないとただの盗賊だからなぁ”と、トーリスは楽しそうに笑う。
その表情や軽口とは裏腹に、指先は機械のように正確だ。
しかも、俺にも見えやすいように、理解できるようにゆっくり指を動かしている。
何だかんだでこのトーリスという男、面倒見がいい。
いつまでも俺が一緒にはいられないことを知っていて、俺に何かを残そうとしてくれているのだ。
「……ありがとう。
参考になる。
ただ、ここの動きはどういう……。」
「あぁ、それはこのシリンダーだと……。」
時々会話を交えながらも、トーリスはアッサリと解錠してみせる。
柱時計の中には、トーリスが予想した通りの針を射出する装置が組み込まれていた。
針の先が黒ずんでいるところを見ると、やはり毒か何かが塗布されているようだ。
開けた先には積み上げられた金貨と、何かの権利書……ざっと目を通すとこの土地と建物のようだ。
こんな柱時計の中に隠しているとは思われないし、仮に無理に開けようとしても罠が作動するようになっているのか。
どうやらあらかじめ目星をつけているらしい。
迷う事なく他の部屋に進んでは、不審な鍵穴を次々と解錠していく。
短くも濃密な講義の時間は続き、知識を叩き込まれながら時に簡単な鍵を解錠させてもらいつつ、全ての部屋の鍵を突破していく。
「よぉーし、まぁ大体こんなもんかな。
これでこの屋敷の安全は確保出来たから、リーダーの所に戻るとしようか。」
ここでもなるほど、と納得する。
先程の書斎の罠ではないが、この屋敷にどんな危険が潜んでいるか解らない。
そしてそれは俺達冒険者だけでなく、もしかしたら船乗り達も何かの拍子で危険な罠付きの何かに触れてしまうかも知れない。
こうして全ての不審な場所を調べ、そこに潜む鍵や罠を開けておく事で、全体の安全も確保していたのだ。
「なるほどなぁ、これがパーティの斥候かぁ。」
技術だけでなく、気の回し方も優秀だ。
やはり鉄等級にまでなった盗賊、いやこの世界ではトレジャーハンターは、こういう存在なのだなぁと感心させられる。
「おいセーダイさん、置いていっちまうぜ?」
名前を呼ばれ、俺は慌ててトーリスの後を追う。
ほんの少しだけ、この異常な事態の中でも俺は楽しさを感じていた。




