772:統率の取れたパーティ戦
「よっしゃ!もう一匹!!」
こちらに向かってくるオレンジ色の背びれが見え出したところで、銛を海中に突き立てる。
慣性が働いているからか、刺されながらもこちらに向かおうと進んでくるが、途中でグッと力が弱くなる。
どうやら無事しとめる事が出来たらしい。
銛に力を入れて海中から持ち上げると、鮮やかなオレンジ色の魚が海から姿を現す。
鼻先、顔の先端から針のように尖った部位がある、姿形だけなら元の世界のカジキマグロの様だ。
「セーダイ、その位置だとそろそろ船に引っ張られるぞ!!」
おっとイカン、夢中になり過ぎたか。
俺は慌てて海上を走り、船の方に近付きつつ浮かんでいる籠にオレンジフィッシュを投げ入れる。
籠の中にはかなりの量のオレンジフィッシュが入っている。
「そろそろ潮時かな!」
アルガスがそう叫ぶと、メノウが頷き魔法を唱え始める。
「セーダイ、もう穫るのは十分だ!
メノウがデカいのを食らわすから、メノウを守れ!!」
「わかった!!」
守る位置を、船からメノウに変える。
危険を感じたのか強い魔力を感じたのか、オレンジの背びれが一斉に船ではなくメノウに向かい始める。
なるほど、この辺の知能というか動きは間違いなく魔物のソレだ。
他の動物よりも、魔力に敏感だ。
穫るための突きではなく、倒すためだけに銛を振るう。
2度、3度と銛を突き立て、オレンジフィッシュは少し浮かぶと静かに沈んでいく。
「スマン!逃した!!」
俺の脇を抜け、2匹のオレンジフィッシュがメノウを目指す。
「おうとも、任せとけ!!」
アルガスが豪快に銛を振り上げると、渾身の力で投げつける。
真っ直ぐに飛んだ銛は、海中を高速で泳ぐオレンジフィッシュをしっかりと捉え、しかも2匹同時に突き刺してなお勢いが止まらず、貫通してその奥に別方向から来ていた3匹目まで突き刺さる。
「全く……そんなまとめて倒すと回収も重たくて大変なのに……。」
トーリスがぶつくさ言いながら、縄を引いている。
先程アルガスが投げた銛には縄がついており、魔物に突き刺さったあとの縄をトーリスが引っ張って回収している。
何本か回収した後で、またアルガスに渡すという補給の役割を果たしていた。
細身とはいえ、実に素早い動作で銛を回収しているのは流石といった所だ。
「ありがとうございます!もう大丈夫!!
雷の精霊よ!我に力を!!
“電撃”」
両手を上にかざし、ボンヤリとした光の玉が発生する。
そのまま腕を振り下ろし、光の玉が海水に入ると一気に海面が泡立つ。
群がっていたオレンジフィッシュがバタバタと暴れ、数匹は浮かび上がってきたが残りは蜘蛛の子を散らすように一気に離れていく。
「やっぱり、水中だと威力は落ちるなぁ。」
「威力がなくて悪かったですね!!」
アルガスがポツリと呟くと、メノウが頬を膨らませながらそっぽを向く。
慌ててなだめるアルガスを、呆れたように見るトーリス。
“良いパーティだな。”
と、それを何だか懐かしいような、微笑ましいような気持ちで見ていた。
俺も、どこかの世界ではあぁいう時間があったような気もする。
何だか遠い世界の風景のようだ。
「おぉーい!冒険者のダンナ達!そろそろ加速するぜぇー!!」
「おっとやべぇ!皆、急いで船に戻るぞ!!」
その声を聞き、慌てて船へと走り出す。
先程電撃で倒せたオレンジフィッシュも、さり気なくトーリスが回収していた。
「で、早速食卓に並ぶ、と。」
アルガスはややウンザリしたように、テーブルの上で湯気を立てている器を見つめてため息をつく。
今晩の食事はオレンジフィッシュのごった煮で、いつもと違っておかわり自由らしい。
いつもはパサついて乾燥した乾パンとキャベツの酢漬け、そして何が入っているかよくわからない塩辛いスープがレギュラーメニューだが、今日は獲りたてのオレンジフィッシュという訳だ。
「どれ、どんな味なのかな、っと。」
スープの中の、鮮やかな赤い魚の肉を1つまみする。
不思議とこの魚の身は、焼いても煮ても白くならず赤いままらしい。
「うっ……。」
一瞬、脳がバグる。
なんと言っていいか。
香りは味噌汁のような香ばしい香り。
身の食感はプリプリとした赤身魚の様な食感。
味はオレンジ。
うん、名前の通りかも知れないが、味は柑橘系のアレだ。
オレンジ……、いやギリギリでミカンかも知れない。
とにかく、頭の中で“え?その見た目と香りからその味する!?”という悲鳴が聞こえる。
思わずこの驚きを皆に伝えようと周りを見れば、メノウは美味しそうに食べている。
トーリスも、特に不満無さそうに黙々と口に運んでいる。
アルガスも、ため息をつきながらも食べるスピード自体は普通だ。
(……いや、これは俺がおかしいのかも知れん。)
よくよく考えてみると、俺には元世界の知識があるから違和感を感じているだけで、こちらの世界ではこれが当たり前だ。
魔物を狩って、その魔物の肉を食う。
中にはこうした変わった味の肉もあるだろう。
自分の中だけの、狭い見識で当てはめるのは良くない。
きっと他にも、俺の基準で言えば香りや見た目と味が違う、奇妙な食材もあるだろう。
“ここではそういう物なのだ”と、異なる文化も受け入れねばならないだろう。
そう思い直すと、この料理も存外悪いものでは無い気がしてきた。
何より、壊血病を防止するための栄養食でもあるのだ。
味の違和感くらい、些細な事ではないか。
そう意を決すると、空腹を埋める為にも食事を再開する。
色々あれだが、果物を食べていると思えばそんなに気にならなくなってきた。
「え?セーダイよくそんな勢いで食えるなぁ、これ。」
「アルガス、天の恵みに感謝して、食事を粗末にしてはいけませんよ?
確かに味はアレですが、食べられない事もないんですから。」
メノウの言葉に、“え?”と疑問を感じて顔を上げる。
パーティのメンバーだけじゃなく、同じ時間に食事をしている船員のグループも俺を見ていた。
「セーダイさんよくこんな変な味の魚その勢いで食えるなぁ。」
「やっぱ冒険者さんは何でも食うんだねぇ。」
「コイツ、見た目や匂いと味が一致しねぇから好きじゃねぇんだよなぁ。」
トーリスだけでなく、あろう事か海の男達である船員までもが同じ事を口にしながら感心したように俺を見ている。
<良かったですね勢大、どうやら皆同じ気持ちだったようです。>
なんでやねん。




