771:海の上で
「何だ?セーダイお前陸の出身だよな?」
見渡す限り水と空しかない風景にやや飽きつつも、甲板の上でぼんやりと周囲を見ていた俺に声がかかる。
振り返ると、アルガスが不思議そうな顔をして立っている。
「え?えぇ、普通の……農村の出ですけど?」
元の世界での出自を話したところで信じられはしないだろう。
一番数が多くて一番足跡を辿られない、ありきたりな情報として人里離れた農村の出だと、いつもこういう時に説明していた。
「いや、それにしては甲板に当たり前に立ってるしよ、陸から来た人間は大抵船酔いするもんだと思っていたんだがな。」
「あぁ、それはそういう訓練受けてますから。
揺れる地面だろうと、まっすぐに立っていられるようになったんですよ。」
本当は昔習った武術の、足場が悪い時でも転倒しないようにする技術ではあるが、応用を利かせれば問題なかった。
船酔いに関してはマキーナに何とかしてもらっているのが実情だが、そんな説明は面倒を起こすだけだ。
それよりも冒険者に解りやすいのが“何らかの技術”だと印象付けておいたほうがいい。
「ふーん、そんな技術がねぇ。
お前さん、良い師匠に出会ったみてぇだなぁ。」
世界が安定していないと、有象無象の輩が“◯◯流開祖”と名乗り、弟子を取っていたりする。
もちろん元の世界のようにある程度淘汰され、理を追求などされていない。
中には眉唾な技術を教えて金だけふんだくる者から本当に武を教える者まで様々なため、良い師に巡り合うというのも、ある意味幸運なのだ。
「そうですね。
中々に手厳しかったですが、お陰でまだ生き残ってますよ。」
“違ぇねぇ”とアルガスが笑い、俺の手に持っている双眼鏡を寄越すように促す。
どうやら、交代の時間だったようだ。
俺は双眼鏡を渡しながら、ふと船を見渡す。
「そういえば、随分大きな船ですね。
前に見たものよりは倍近く大きい様ですが?」
前に、とは、俺があのドライドック予定地で戦った時に見た船だ。
あれは木造でいかにもな中世の船、という感じだったが、この船はどちらかというと近代的な雰囲気すら感じる。
内部こそ木造だが、船の外側には金属の板で覆われており、さながら軍艦だ。
「あ?おぉ、この船は……確か“海の王”とかいう名前だったかな?
フォースティアの技術の粋を集めて作った大型船、って奴らしい。
長距離移動と継続戦闘能力を重視して作られた、そうだ。
コイツが出来るまでの偵察も兼ねて、俺達はこの間の船に乗ってたんだがよ?こんなんあるなら前の依頼は断りゃ良かったぜ。」
“まぁ、そしたらこれには乗れなかっただろうがな”とまた豪快に笑う。
聞けば、凪の状態でも船を進ませるために専属魔法使いを数人設置し、魔法を動力源として船を進ませるらしい。
魔法で出力が上がった分、装甲や武装にも力を入れる事が出来た、と言うことらしい。
「……あー、セーダイ、ちょっとうちのを皆呼んできてくれ。
これは面倒だがやらなきゃ行けなさそうな魔物だな。」
ふと、アルガスが何かに気付いたように周囲を見、何かを見つけると双眼鏡を覗き、そう呟く。
何が起きているか解らなかったが、パーティリーダーがそう言っているのだ。
俺はすぐに船室に走ると、メノウとトーリスを呼びつけて戻る。
先に戻ると、アルガスは少しだけ厳しい表情をしながら、何本もの銛にロープを結びつけていた。
「セーダイ、あっちの方向を双眼鏡で覗いてみろよ。」
言われた通り、渡された双眼鏡で指差された方を見る。
<勢大、魔物のシルエットです。
別ウィンドウに表示します。>
「何かの魔物がいますね。」
マキーナから表示された魔物のシルエットを確認しながら、不自然ではないようにアルガスに声をかける。
視界に表示された魔物は、元の世界でいうカジキマグロの様な姿をしていた。
胴体がいかにもな魚で、頭の先端に槍の様な尖った部位がある。
ただ、その姿というか、色味が蛍光オレンジみたいな毒々しい色をしている。
「あれな、オレンジフィッシュっていう魔物で、こうして船が浮かんでいると襲ってくる。
そこまで強くはないんだが、群れで移動するから何せ数が多い。
今回みたいに先に発見できればまだ良いんだが、接近されちまうと面倒な事になる。
それとな、あれを見かけると船乗りから必ず狩ってくれって要望がでるから、どっちみち戦わなきゃならんからな。」
メノウとトーリスもすぐにやってきて、支度を始める。
船を移動させつつも、俺達はメノウの魔法を使って海上に降り、そこでオレンジフィッシュを迎撃する作戦のようだ。
トーリスもそこそこ戦えるらしく、投擲用の銛を何本かアルガスから受け取っていた。
「でも、何で船乗りからも要望が出るんです?
そんなに迷惑な魔物なんですか?」
俺の質問に、アルガスが少し考える。
「あぁ、まぁ、よくは解らんがアレの肉を食うと血を吐く病気にかかりにくくなる、らしい。
どうせしばらくアレの肉が食事に出てくるからな。
あの肉は甘酸っぱくて俺は嫌いなんだよなぁ。」
「アラ、アタシはあのお肉好きよ?
何だったかしら、そう、タロッコと似たような味よね。」
メノウの言葉でますますわからなくなったが、何となく元の世界での知識でピンと来るものがある。
船の食事は時間が経つと基本保存食に変わる。
そうして新鮮な野菜や果物から得られるはずだったビタミンCを補給できなければ、壊血病だかになるはずだ。
この船も出港して数日経つが、食事から生鮮野菜が無くなり、キャベツの酢漬けが出てくるようになっていた。
と言う事は、あの魔物はオレンジみたいな効能がある訳か。
そりゃ優先的に狩ってほしいと言う訳だな。
「あ、何かそう聞いたらやる気になってきました。
よーし、充実した食生活のために頑張るぞー。」
「え、お前あの肉好きなのかよ?
物好きだねぇ。」
アルガスは呆れるように言うと、俺に命綱を渡してくれる。
移動中の船と自分をこの綱で結び、船に引きづられながらオレンジフィッシュと戦う訳だ。
「よぉし、行くぞお前等!!」
メノウの魔法が終わると、それぞれ船から飛び降りる。
海の上に降りるのは、何とも妙な気分だ。
勝手に揺れるゼリーの上を歩くような、何とも気持ち悪い感触だ。
「とはいえ、少しは役に立たねぇとなぁ!」
俺は気合を入れると、向かってくるオレンジ色の群れに向けて、銛を構えた。




