770:パーティ結成
「あ、はぁ、……ッス。
えぇ、そうッスね……ハハハ……。」
アルガスは非常に明るく、端的に言うならば陽キャ、と言うやつだ。
俺も社会人として生きてきて、それなりに人付き合いはある。
別に人と話す事が苦痛だとか、社交辞令が不得意という訳では無い。
ただ、この陽キャという人種はグイグイとこちらの領域に踏み込み、それでありながら目まぐるしく話題が変わる所が苦手だ。
どちらかと言えば静けさを好む俺とは、相容れない存在と言ってもいい。
冷えたエールはね、静かに楽しむもんだ。
独りで孤独で豊かで……。
<勢大、現実逃避が始まってますよ。>
おっとイカン、隣で肩を組んで上機嫌に何かをがなり立てているアルガスの声がうるさ過ぎて、逆に何も聞こえない自分の世界に入り込んでしまっていたか。
「と言うわけでな、改めて先に行っちまったケインのヤツに、献杯!!」
その言葉に、俺も飲みかけのエールのジョッキを持ち上げる。
冒険者というのは、死生観が普通の村人とは違う。
命をかけて依頼をこなし、しくじればそのまま消えていく、刹那的な生き方をしている存在だ。
だからこそ、依頼が終わった後は今生きている事を喜んで明るく飲み明かし、先に逝った仲間の事も明るく送り出す。
アルガスのパーティメンバー達も、その辺は似たようなものだ。
ただ、僧侶のメノウに関してだけは、彼女が信仰しているのであろう宗教の祈りなのか、独特の指の形を作ると冥福を祈る所作をしていた。
「それよりもよぉリーダー、この後の依頼どうするんだよ?
漁が始まる前に戻ってこれる筈が、時期逃しちまったじゃねぇか。」
トーリスが一気にエールをあおり、不満と共にジョッキをテーブルに置く。
「今から何処かの船に潜り込もうにも、ケインの穴を埋められる奴を探さねぇとじゃねぇか。」
それまで陽気だったアルガスも、“むぅ”と唸るとジョッキの中身をあおる。
そのまま飲み切ると、店員に“エールを2つ!……いや3つだ!!”と怒鳴ると、両腕を組んで目を閉じる。
「……まぁ、アテが無い訳じゃない。
今回、調査船は途中で引き返す事になっただろう?
だから改めて船を出すと船長に言われているんだ。」
それを聞いたケインもメノウも、“またかよ”という表情がチラリと見える。
「……あの、調査船って、北の魔族の大陸に行ってたって事なんですよね?」
「おぉ、そうなんだよ。
あの船な、北に向かう最中に魔物の大群に襲われてな、船の損傷が激しかったんで引き返してきた、って訳なんだ。」
どうやら、あの巨大蛸だけではなく、魚型の魔物も大量に襲ってきていたらしい。
その殆どを倒しながらここまで戻ってきたという。
まぁ、元々武器の交易を予定していた事もあり、武器を大量に積んでいた事が功を奏し、攻撃手段には困らなかったらしいが。
「欠員についてもアテがある。
今回、船が着いた時に俺達のピンチを助け、あの巨大蛸も退治できる凄腕だ。
しかもギルドに確認したら、まだ実績がないから漁に同行する条件は満たしてないが、その勤務態度は非常に優秀で、ギルドとしても問題ない人間だとお墨付きだ。」
アルガスがニヤニヤとした笑いを浮かべ、こちらをチラチラと見ながらパーティメンバーに演説する。
メノウもトーリスも、“まぁ、それなら良いか”というような表情をしながらこちらに視線を向ける。
「や、あの、私はですね、確認されてるなら早いですが、ここに来てまだそんなに日にちが経ってない、新参の銅二等級でして。
皆様みたいなベテランの冒険者さん達と組んでも、足を引っ張っちゃうかなー、なんて……。」
アルガスの冒険者証をみると、鉄一等級。
他のメノウやトーリスは鉄二等級だ。
銅二等と鉄二等だと、天と地の差ぐらいの乖離がある。
わかりやすく言うなら、銅二等が趣味が運動です、みたいな一般の大人とするなら、鉄二等は歴戦の職業軍人クラス、みたいな差がある。
そこから鉄一等になると更に乖離する。
鉄一等級はもう、半分超人に片足突っ込む勢いだ。
俺自身はそこまで乖離しているとは思わないが、一般的に考えたらそれくらいの差があると思われるので、下手をすればパーティ寄生と噂されてもおかしくない。
俺が悪く言われるだけならまだ良いが、そうなると俺だけでなくアルガスのパーティにも迷惑がかかる話になってしまう。
だからその場のノリで簡単に強いパーティに入るのは、と遠慮したのだが、3人の意志は固い。
「俺はリーダーが決めたんなら何でもいいぜ?」
「私も、セーダイさんが良ければ、ですが。
実力は知る事が出来ましたし。」
「と、ウチの仲間は言ってるが?」
アルガスがニヤリと笑い、ちょうど席に置かれた新しいエールのジョッキを俺に差し出す。
「……わかりました。
ちょうど北の大陸には行きたい用事があったので、本音を言えば渡りに船でしたから。
よろしくお願いしますよ。」
差し出されたジョッキを掲げると、皆それぞれのジョッキやタンブラーを同じように掲げる。
「良き冒険に!」
「まだ見ぬ強えぇ敵に!」
「隠されたお宝に!」
「皆様の安全に。」
それぞれ掲げるものは違っても、俺達は杯を乾す。
そこからはトントン拍子に話が進んだ。
翌日ギルドに向かってみれば、アルガスが既に手を回していたのか、ギルド職員にも変に勘ぐられる事なく、すんなりとアルガスのパーティに臨時加入する事が出来た。
1週間後には新た船で出航する事も決まり、準備に奔走する事になった。
そうして迎えた1週間後、俺は改めてギルドで依頼を受領していた。
俺の依頼を受けてくれたのは、やはり最初にここに来た時に応対してくれたイカツイ顔のオッサンではなく、細身でメガネをかけた、いかにも職員といった風の男だった。
少し気になった俺は、作業中の職員に話しかける。
「そういえば、あの人最近見ないッスね。
ほら、あの、元冒険者でメッチャ顔が怖い人。」
冗談交じりにそう笑いかけるが、職員はこちらを真顔で見る。
何か不味い事を言ったかな、と少し焦ると、職員の男は不思議そうな顔をする。
「セーダイさん、受付業務は昔から私一人ですよ?
どなたかと勘違いなされてるんじゃ?」
“世界の限界が近い”
その言葉が、俺の脳裏に浮かんでいた。




