769:僅かな休息
「よぉ、お前さんが下で戦ってた冒険者かい?」
巨大蛸の残骸を片付けるべく周りが慌ただしい中で、俺は更衣室代わりの作業員用事務所で休憩を取っていた。
“後は俺達がやっておくから、お前は事務所で休んでいろ”という現場代理のありがたいお言葉を貰っていたからだ。
返り血?体液?でヌメっている武器や防具の拭き取りをしていると、事務所の扉が開き声をかけてきた大男が見えた。
「……アンタは?」
日焼けして浅黒く焼けた肌、皮膚が悲鳴を上げていそうなくらいパンパンに膨らんだ全身の筋肉、最小限ながら良い鋼を使っているのが解る防具。
多分、先ほど甲板から銛を投げた戦士だろうと予想がついた。
「おぉ、俺はあの船に乗っていた冒険者でな、アルガスという。
いや、お前さんには助けられたよ。」
二カッと笑うと、手を差し出してくる。
“こちらこそ”と俺は返すと、その手を取って握手する。
握りの強さで、“あぁ、上位の冒険者なんだろうな”と、うっすら感じられるくらいには力強い手だ。
「しかしお前さんもすげぇな、話を聞いたら銅二等級だって話じゃねぇか?
あの腕前なら、鉄等級くらいあってもおかしかないぜ?
お前さん、何かやったのか?」
「アルガス、そちらの方が困ってるじゃないですか。
それに、私達の事もちゃんと紹介して下さい。」
大男がグイグイくるので“どうしたものか”と困っていたら、大男で見えなかった後ろから助け舟が出される。
頭髪を隠すように覆われている布に、全身ゆったりとしたローブ姿。
何となく、この世界で信仰されている宗教の僧侶か何か、だろうとは推測がつく。
その僧侶の隣には、特に興味なさそうに細身の男も立っている。
腰につけた道具箱が連なるベルトやら短剣から見るに、いわゆる盗賊、この世界では“トレジャーハンター”と呼ばれる職に就いている奴だろうと想像出来る。
「おぉ、すまねぇ、あんまりにも凄かったもんでよ!
こっちにいるのは俺の仲間だ。
僧侶のメノウ、それとそっちにいる細いのがトレジャーハンターのトーリスだ。」
「あ、セーダイです。
この街には来てまだ日が浅いので、特にパーティ組まずにソロで冒険者やってます。」
“そうなのか!”と大げさに驚くアルガス、“それは大変ですねぇ”と俺の境遇に同情的なメノウ、特に興味なさそうだが、こちらを静かに観察しているトーリスと、三者三様の反応だ。
「何にせよ、今回は助かった!
海上でも何度か追い払おうと頑張ったんだけどよ、こっちは逃げてる最中だわ甲板から下は狙いづらいわでよ、流石にやべぇと思ってたんだわ
!!」
ガハハと笑うアルガスからはそんなに悲壮感は感じられないが、実際にはピンチだったと言う。
メノウの魔法で海上を歩くことも出来るらしいが、結局の所海の上に立つことが出来るだけなので、波の影響を受ける。
つまりは不安定な足場で戦う事になるので、巨大蛸クラスの魔物を相手にするには流石に厳しいらしい。
しかも船は逃げている最中なので、置いてけぼりにされてしまう。
そういう状況で、満足に戦うことも出来ず、しかも船員も守りながらだったので相当厳しかったようだ。
「ウチのパーティも1人やられちまったからな。
戻ってこれたのも、俺達がこうして生きていられるのも、お前さんの助けがあったからだ。
礼を言うぜ。」
少しだけ、パーティメンバーに影がさす。
いなくなったメンバーが、彼らの中でどういう立ち位置だったかは解らない。
ただ、この雰囲気から良い仲間だった事は察する事が出来た。
「あ、あぁ、それはその、なんと言って良いか解らないが……。
いや、今度酒でも奢らせてくれ。
そちらの、いなくなった友人の為に。」
陽気だったアルガスが、少しだけ真剣な顔をする。
その表情には寂しさなのか、それとも友との思い出がよぎっているのか、俺には解らない。
ただ、もう一度握手をすると“約束だ”と呟くように告げ、去っていった。
その表情は、少しだけ優しい顔つきだった。
その後、現場代理が入ってきて、俺の仕事はここまでとなった。
聞けば、今作業しているドライドックの基礎部分にかなりのダメージを受けており、検査をしてみないとこのまま続行すべきか1から作り直したほうがいいかの判断ができない状態らしい。
その検査が終わるまでは工事は休止になるらしく、しばらく仕事は無いとの事だった。
まぁ、今回の件は国から保証が出るとかで、“給料の心配も無いし、大手を振ってバカンス出来る”と現場代理もウキウキだった。
俺も残りの期間分含めて全額の報酬を渡すという事で、安心してそのまま帰る事にした。
あの冒険者達に声をかけようとしたが、彼等は既にギルドに報告の為に去っていったらしい。
「やる事がなくなった、そして金はある。」
<……まぁ、たまには休息も必要でしょうか。>
マキーナ先生からのお許しも出た。
よし、飲もう。
そう思えば行動は早い。
今回の俺のような仕事の場合、ギルドに報告しに行く必要はない。
現場での仕事が終わったら日当を貰って“明日も来てね”か“今日で終わりね”と言われて解散だ。
だから、飲み屋に直行しても何一つ問題はない。
「ぇらっしゃい!!」
いつも泊まっている宿屋近くには船乗りや冒険者用の飲み屋街がある。
アチコチ周り、ようやく一人で飲んでいても居心地が悪くならない雰囲気のいい店を見つけていた。
扉をくぐると、景気のいい声と共に食欲をそそる香りが俺を包む。
「親父さん、腹減ったんで何か腹にたまる物!後、エール1つ。」
この街でありがたいと思う事があるとしたら、やはりこのエールだろうか。
これまでの街は内陸部だからか、或いはそこまで景気が良くないからか、エールの保存方法が基本常温だ。
だが、この街は多様な文化の交流があるからか、景気がいいからかエールを冷やすという文化があるのだ。
キンッキンに冷えたエール!
これはもう悪魔的!圧倒的!
いかん、ちょっと我を忘れてしまったが、とにかく久々に冷えたエールが飲めるのだ。
“冷やす”と言うことが、これほど文明の発展が必要な事なのかと痛感する。
「はいお待ち!まずはエールね!!」
手をこすり合わせ、“ウヒヒ、これこれ”と小物キャラみたいな事を口にしつつ、エールを口元に運ぶ寸前、声をかけられる。
「おぉ、もしかしてセーダイじゃないか?」
あまりにも綺麗なフラグだったか、と我ながら後悔する。
振り返るとそこには、あのアルガス一行が笑顔で俺を見ていた。




