76:久しぶり、初めまして
「よぅ、お前さん、さっき街の入口で揉めてた奴だろう?何があったんだ?」
幾つか前の世界と違い、革と部分的に金属を使った鎧を全身に纏った、人相は悪いがよく見れば人の良さそうな目をしているモヒカン男が、目の前に座っていた。
俺からすれば久々になるか。
しかし相手からすれば初めましてになるのがちょっと面倒だが、まぁ違う世界なのだから仕方ない。
「あぁ、質問に答える前になんなんだが、アンタ“キルッフ”って名前じゃないか?」
物は試しと聞いてみる。
予想通り、モヒカン男からは“なんで俺の名前を知ってるんだ?”と問われたが、近くの村で聞いただけだと適当に流した。
冒険者のコイツを見るのは久しぶりだ。
何となく嬉しくなりながらも、変な奴だと思われても困るので今までの経緯を話す。
話し終わると、何故か可哀想なモノを見る目で俺を見ていた。
「マジか……。オマエ、あの変態に目を付けられたんじゃないか……?」
食事を終え、水を飲んでいるときにそう呟かれる。
ちょっと待て、聞き捨てならない単語が出てきたぞ。
あまりにもその単語が気になった俺は、詳しく話を聞く。
「オマエが会ったのがこの国の第一王子でよ、少し前は散々“清潔の勇者”を連れ回してた奴なんだわ。」
どうやら俺がこの街の入口で出会ったのは、この国の第一王子、ダニエル王子という人物だったらしい。
彼がどこに行くにも清潔の勇者は連れ立たされていたらしく、街の噂として、“勇者は鎖のついた首輪を付けられていた”だの“黒いピッチリした革のTバックだけの姿だった”だの、“話しかけられていても虚ろな表情だった”だのと、まぁおかしな目撃情報が大量にあるらしい。
冒険者ギルドの中にはいないが、ある程度大きな酒場には騎士団か防衛団の人間がいて、大っぴらにその話で盛り上がることも出来ないと言うことで、そこまで知れ渡ってはいないが、知る人ぞ知る、と言う話らしかった。
そこまで聞かされれば嫌でも想像はつく。
これは勝手な想像だが、恐らく勇者君は第一王子の性的な趣向にマッチしていたのだろう。
もしかしたら被虐趣味とかもあって、痛めつける為に薬なんかも使っていたのかも知れない。
そも、黒のTバックだけで街を引きずり回すとか、どう考えても完全に被虐趣味の変態です本当に以下略。
御執心のオモチャが自分を裏切って脱走したから、今躍起になって探している訳か。
気持ち悪ぃ話だなぁ。
と、思っていたが、国を上げて探しているのはそれだけの理由でもないようだ。
どうやら勇者君、脱走の際に騎士団長を殺害し、尚且つ第三子のアルスル王女をさらったのか、勇者君失踪と合わせて行方不明らしい。
ありゃりゃ、そりゃ国も血眼になって探すわけだ。
勇者君もあんまりスマートじゃ無いやり方で逃げたんだなぁ。
「……と言うわけだからさ、この時期に黒髪の男が入国してきたから、アイツが復讐でもしに戻ってきたのかと思ってよ。
そうで無くとも、何かの関係者とか、疑いたくなる訳よ。」
ようやく思い至る。
復讐のための潜入で変装するにしても、情報収集で潜入するにしても、この世界で珍しい黒髪に変装する意味は全くない。
むしろ入国の時の俺のように目立ってしまって、全くの逆効果だ。
俺の視点から見ればそうだ。
だが。
アイツらの視点でモノを考えたら、どうなる?
転生者という情報が嘘か、或いは転生者だったとしても彼にも家族や身内がいて、“国元から彼に会いに来た身内が、何も知らず偶然今日来たのではないか?”と、思ってしまうのではないだろうか?
青ざめながら、モヒカンキルッフを見る。
「やっぱり、気付いてなかったか。
まぁ、こんな時期に知り合いがノコノコ来るなんて普通は思わねえけどよ。
“そう考えるアホ”は、どこにでもいるって事だ。」
酒場内を見渡しても、何人かの好奇の目を感じる。
この男が先に話しかけなければ、危なかったかも知れん。
ありがとうキルッフ。
モヒカン以外はキャラ薄いけど。
「一応冒険者ギルドは騎士団の奴等も手出しが出来ねぇだろうし、依頼中も同じく手出しできねぇ。
……そんな事したら冒険者全員敵に回すからな。
ただ、危ねぇのは夜だろうな。
まぁ、町娘と同じで、夜は明るい大通りを通って、宿屋に入ったら出ないようにするこった。」
キルッフは“しばらく女遊びは出来ねぇな”と笑っていたが、俺は素直に感謝し、礼の変わりにエールを奢った。
“今度、アンタの兄貴分にも挨拶させてくれ”と言うと驚いていたが、日の明るい内に宿屋を探すべくギルドを後にする。
幾つかの世界と同じなら、大通りに面していてそこそこ安い宿屋の位置は覚えている。
案の定、同じ位置に同じ宿屋があった。
この辺は周回プレイの特権だなぁと思いつつも、早々に宿を取り、市場に必要な物を買いに行く。
ギリギリ予算内で、アタル君の世界で使っていたような鉄棍棒も買えた。
革鎧はまだだが、ともかく武器は手に入れた。
日が落ち始めた大通りを足早に歩き、宿屋にたどり着いて一安心する。
全く、初日からロクでもない。
部屋に戻り、買ってきた日用品をリュックに詰め棍棒を手入れしていると、大分時間がたっていたのだろう。
気付けば夜も更け、静けさが街を包んでいた。
「やれやれ、今日は寝ることすら出来んのか。」
この宿屋は2階建てで、俺がいるのは2階の角部屋だ。
微かだが天井と壁を伝う音が聞こえた。
(大盗賊の長編映画で見たな、こんなシーン)
リュックと棍棒を、備え付けのクローゼットにしまう。
あの映画とは違い、俺は別に逃げる必要は無い。
微かな音が窓枠に到達した瞬間、木製の窓を勢いよく開ける。
今まさに侵入しようとしていた誰かは、声を上げずに落ちていった。
「こんな夜更けにハウスクリーニングとは、関心だな。」
まるで俺の声を合図にしたかのように、入口の扉からゾロゾロと黒づくめで覆面をした賊が侵入してくる。
「うわぁ、団体さんのご到着だぁ。」
あの大盗賊さんの声真似をしてそう言ってみたが、無論誰も笑わない。
このモノマネ、ちょっと自信があったのに。
傷付くぜ。
「……大人しく、付いてきてもらおうか。」
皆同じ仮面を付けていたが、恐らくコイツがリーダーなのだろう。
声を発した男を中心に、5人ずつ左右に広がっていた。
11対1、中々どうして、結構な人数を割いてくれたもんだ。
こういう時に、丁度良い台詞があったな。
俺は下げたままの右手を開き、手の平をリーダーに向ける。
そして左手も開き、手の平を腹前に添える。
「嫌どす。」
よし、有名なアスキーアートの再現だ。
振り袖ではないのが悔やまれるが、それでも“決まった”と思った。
ドヤ顔でリーダー格を見下ろしていると、彼等は全員お揃いのナイフを抜いた。
いや仲良しかよ。
クソッ、まさかこれが通用しないとは思わなかった。
こうなればプランBに変更だ。
……あ?ねぇよ、んなもん。
右手をズボンのポケットに入れ、中にあった金属板を取り出す。
「マキーナ、寝る前の運動だ。」
<通常モード、起動します。>
赤い光が全身を走り、いつもの戦闘形態になる。
『……このまま帰れば、今なら見逃すぞ?』
どうせそうはならない。
俺は、いつも通り静かに中段に構えた。




