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異世界殺し  作者: Tetsuさん
昏い光
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767:エンカウント

「よぉーし、昼飯にすんべぇや!!」


現場監督の号令が聞こえ、周囲の空気が弛緩していく。

俺も猫車に積んでいた土砂を海に落とすと、一息つく。

ここでの作業もだいぶ慣れたもんだと、我ながら苦笑せざるを得ない。


「よぉ、セーダイさん!今日は炊き出しの屋台が来る日だぜ!!」


「おぉ、そうでしたねぇ。

行きましょ行きましょ。」


こうして昼飯に声をかけてくれるくらいには、現場の奴等とも仲良くなった。

この世界、昼飯といっても大抵は前日の夕飯の残りに買い置きのパンを1切れか2切れ程度が主流で、用意してない奴は近所のパン屋に世話になるくらい。

そして定期的に、こうした炊き出しの屋台がやってきてくれる。

暖かい飯が食えるのは、労働者にとっては大きな贅沢なのだ。


「でもアレだねぇ、セーダイさん本当にウチに務める気無いのかい?

冒険者ってのも、安定しない商売なんだろう?

ウチに勤めりゃ、そりゃ一攫千金はねぇけど安定はするぜ?

アンタならどんな現場も大歓迎だろうに。」


昼食を皆で取っている時に、現場で監督の代理をやっている男がいつもの話を振ってくる。

今は本当に臨時雇いの冒険者が少なく、中々作業が進まないといつもボヤいていた。


「いやぁ、私も根無し草の風来坊、って奴なので、その内旅に出ちゃいますからねぇ。」


ハハハ、と笑うと、“勿体ねぇなぁ”と笑いながらも、それ以上追求はしないでくれている、気持ちのいい男だった。


「そういやよ、もうじき北へ行ってた調査船が戻って来るって時期じゃなかったか?

あそこ今どうなってるんだろうなぁ?」


誰かがポツリと、思い出したように呟く。


「あー、そういやそんな時期か。

漁から帰って来る船とかち合わなきゃ良いんだけどなぁ。

あのデカさの船が停められる船着き場だって、そうある訳じゃねぇからなぁ。」


「それより聞いたかよ?

調査船って名目だったのに、武器や火薬が大量に積んであったらしいぜ?

売りつけてくるつもりらしいが、果たして買えるほど余裕あるのかねぇ?」


なるほど、流石商売の街だなぁ、と噂話を聞きながら食事を取っていると、妙に周囲が騒がしい。


「あぁ、何だ?何騒いでやがるんだ?

おぉい!何が起きてる!!」


現場代理の男が食事を急いでかきこむと慌てて立ち上がり、周囲を走り回っている関係者に大声で問いかける。


「た、大変だ、調査船が戻って来てるんだが、魔物がへばりついてるらしい!!」


それを聞いた瞬間、俺も残りの食事を一気にかきこむ。

そのまま駆け出し、船が見える位置まで移動する。


<勢大、視力を強化します。>


右目に軽い痛みが走ると、視界の中にウインドウが開き、望遠レンズのように映像が拡大されていく。



(何だ?タコの化物か何かか?)


ウインドウの中には、煙を吹き上げながら進む船の後方に、無数に絡みつく吸盤付きの触手が見える。

岩礁のような色をした皮膚だが、その特徴的な吸盤は元の世界のタコそっくりだ。


<恐らく他の異世界での巨大蛸(スキュラ)同等の魔物と思われます。

海上では、現状の勢大の装備では勝ち目が薄いと想定されます。

せめて陸上に上げることが出来れば良いのですが。>


陸に上げるって言ったってよ、と言いかけたところで、ドライドックの事が頭をよぎる。

もう少しで土台が完成する。

と言うことは逆を返せば、ほぼ土台はあるという事だ。

後は無理くり船が入ったあとで蓋をしてやれば、囲いはできる。

水をどう抜くかが問題だが、海中を自由に動かれるよりはまだマシな戦いになるだろう。


「……一応、言ってみるか。」


俺は現場代理の男を探し、思いついた事を伝える。


「……なるほど。」


現場代理の男は、渋い顔をしたまま考え込む。

まぁ、気持ちはわかる。

ただでさえ工事が遅れている中で、やっとここまで作り上げたのだ。

それがオシャカになるのは、流石に悩むとこ……。


「よし、囲いをする方法も、水を抜く方法も思いついた。

すぐに取り掛かるぞ。」


その言葉に、逆に俺が面食らう。


「いや、あの、現場がめちゃくちゃになりますが、良いんですか?」


「当たり前だろう!!

海の男達が命がけで帰ってきてるんだ。

こちらで出来ることは何だってやるぞ!!

お前も早く準備しろ!!」


怒鳴られながら、イカンな、と考え直す。

俺にしては、随分と命を軽く見ていたものだ。

今襲われている人がいるというのに、自分が造った物の方に意識が行っていたとは。


俺は急いで更衣室代わりに使っている事務所に駆け込むと、自分のロッカーから剣とメイスを取り出す。


ただの工事だからと、宿屋に装備を置いてこなくて良かった。

まぁ、宿屋に置いていたら盗まれる事も戻れなくなって諦める事もあり得たからな。

それならマキーナのセンサーが届くからと持ち歩いていて正解だった。


<通常モードに変身しますか?>


「いや、それはギリギリまで見せたくない。

出来る限りのバックアップで頼む。」


やる事を決めると、ドライドック予定地へ向かう。

変身すれば、この街での俺への見る目が変わる。

良くも、悪くもだ。

そして今まで、その見た目も相まってこういう時には悪い方ばかりを体験してきた。

人命は優先しよう、それに代わりはない。

ただ、人命が脅かされないのであるならば、ギリギリまで変身せずに戦いたい。

“人間でないもの”として周囲から見られるのは、それはそれでやはり心理的に厳しく、そして寂しいモノなのだ。


「よぉし、船の通信士には伝えたからな!真っ直ぐここに突っ込んでくるぞ!!」


現場代理が声を張り上げる。

作業員は複数に分かれ、それぞれの持場で準備している。


その準備が終わる頃、船がかなりの速度でこちらに向かってきているのがわかる。

船上でも、襲い来る触手に対して剣を振るっている何人かの冒険者が見える。


「よぉし、板を落とせぇ!!」


船は勢いをつけたまま、ドックの囲いの中に乗り上げる様に入る。

次の瞬間には轟音と共に土台部分に突き刺さるが、その音に負けない大声で現場代理が叫ぶと、侵入口に次々に鉄板が落とされる。


「次ぃ!魔法使える奴ぅ!!」


数人の男が手をかざすと、ドック内の水が意思を持つかのように鉄板を乗り越える。


あっという間に水が引くと、そこには混生生物(キメラ)の様な魔物が姿を表していた。


<想定通り、巨大蛸(スキュラ)です。>


そのマキーナの言葉にタイミングを合わせるかのように、魔物の頭部、巨大な犬の頭が咆哮を上げていた。

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