764:齟齬
初めてこの港街にたどり着いてから、1週間くらいが過ぎようとしていた。
貿易が盛んだからか、或いは海の恵みが得られるからなのか、街全体の雰囲気は比較的穏やかで明るい。
食材もそれなりに市場に流れており、セスの街などと比べると安価で良い物が食える。
市場全体がそういう雰囲気だからか、宿泊施設も割と整った宿である事が非常にありがたかった。
「……何か、マツの件を後回しにしても、少しここでのんびりしたい気持ちだな。」
俺の呟きにマキーナも返答に詰まるくらいには、ようやく心休まる時間を得ていた。
あの面倒な転生者じゃなければ、数年はのんびりとここでゆっくりしたいくらいだ。
<……まぁ、お気持ちは解りますが。
とはいえ、路銀が尽きてから慌てても仕方ありません。
まだこれと言った仕事にありつけていない以上、生活資金は稼ぐ必要があると思いますが?>
あぁ、やだやだ、異世界でも働かなければ我が暮らし楽にならず、か。
銅等級の冒険者らしく、下水整備のお手伝いやら薬草採取で日銭を稼いでいた。
土地柄だなぁと面白く思えたのは、ここでの薬草は、海草を使っていた事だろうか。
海岸を延々と歩き、岩場で少数生えている藻や海藻を採取してまわりギルドに買い取ってもらう。
大抵の冒険者どころか街の子供達の小遣い稼ぎにもなっているらしく、近くの海岸では殆ど採取できない。
時間をかけて遠方の海岸に行き、1日採取して持ち帰り、換金される金は1日の食費と宿代くらい。
まぁ、不人気な理由もよくわかる。
しかも採取すればするほど距離が遠くなるのだから、これだけで生計を立てるのは厳しい。
街のお手伝いも似たようなものだ。
そう考えると、ここの冒険者達は何で生計を立てているのかよく解らない。
まぁそんな他人の懐事情より、今日の日銭稼ぎだ。
そんな事を思いながらも、俺はギルドの扉をくぐると、いつもと違い少し活気づいている。
「誰か!“水上歩行”が使える魔法使いいないか!!」
「“探知”か“警戒”スキル持ちのトレジャーハンターさんいない!!」
「“網を引く手伝い”も出来る戦士、募集中だよ!!」
依頼が貼り出されている掲示板の前で、いくつものパーティらしき男女やソロの冒険者達がやり取りしている。
それを横目に見ながら、俺はギルドの受付に話しかける。
今日はよくいるいかついオッサンではなく、オッサンが休みの時に交代で受付に座っている、いかにも役所の事務員さん、という風体の眼鏡をかけた男だ。
「あの、今日は何か、すごい活気ついてますけど、何かイベントでもあるんですか?」
「あぁ、勢大さんですか。
そうですね、数日後に漁の解禁日ですからね。
出港する船は冒険者を雇い入れる必要がありますので、こうして依頼が貼り出されると皆あんな感じになるんですよ。」
依頼の平均的な内容を聞けば、1回の漁で1ヶ月〜3ヶ月は海に出ると言うことで、その間の警護やら雑用やらを冒険者が請け負うらしい。
報酬は漁の出来次第だが、1人あたり大体ラレ金貨1枚〜2枚。
しかも、道中で発生した魔物等は全て冒険者の取り分と言うことで、可食部やそれが飲み込んでいる財宝などで、更に追加報酬が見込めるということだ。
金貨1枚でも、この街なら2〜3ヶ月は普通に暮らせる。
なるほど、こういう依頼を受けて一気に稼いで、漁に出られない時はのんびりしていたのかと、改めて文化の違いを感じていた。
ただ、漁に同行できるのは鉄等級からが基本。
銅等級も補助としてなら参加できるらしいが、それでも“このギルドに加入してから半年以上の実績”が必要だという。
つまり、俺ではこの美味しそうな依頼は受けられないと言うことだ。
「それに、襲ってくるのは魔物だけではありませんからね。
そういう時に下手に実績がわからない人や能力が足りてない人を斡旋すると、ギルドの信頼が揺らぎますから。」
なるほど海賊か、とすぐに思い当たる。
これだけ街が活発で、経済的に潤っていそうな場所なら、それを横取りしようと考える奴はそりゃいるか。
聞けば、海で出会った海賊は魔物と同等の扱いをする事になっているという。
つまりは“生かして残さない”と言うことだ。
それでも数が減らないということは、それだけ略奪も魅力的と言うことなのだろう。
そんな死に物狂いで襲ってくる相手とも戦って勝てる力が必要、となれば、このギルドの判断も間違ってはいないだろう。
「ただ、やっぱり北方との交易が止まっているのは大きな痛手ですね。
前までは北方の魔人族との交易で資源や魔物の部位などが流通出来ていましたし、冒険者も足りないくらいだったのですが……。
今はあぁして、少ない依頼を奪い合う状態ですからねぇ。」
「そうだ、それで思い出したんですが北との交易が止まってるってのは何故です?
それと、南には行かないんですか?」
てっきり人間族しかいない世界だと思い込んでいたが、あっさり魔人族という亜人の存在が語られた。
ならば、獣人やエルフがいてもおかしくないはず、と思い、“いつものオッサンよりはモノを知ってそう”という打算も含め、疑問を口にする。
「南……ですか?
私も10年くらいここに勤めていますが、南に船が行った、何ていう記憶はありませんね?」
“ありゃ、南西の大陸は人が住んでいないのか?”と思いながら他種族の事を聞いても、魔人族以外の他種族というものを見たことも聞いたことも無いという。
「北方との交易が止まったのは、交易が止まってしばらくしてから、不意に向こうから使者がやってきましてね。
何でも、“外敵から侵略を受けており、現在我が国は交戦中にある、近寄る全ての船に攻撃命令が出ているため、しばらくの間接近を禁じる”という、一方的なものだったらしいと聞いてますよ。
物凄い化物みたいな敵と戦っているということで、支援物資を積んで何度か近寄ろうとしたみたいなんですが、やはりうまく行かなかったようで……。」
<勢大、こちらの街に来て正解だったかも知れませんね。>
そこまで聞けば、マキーナに言われなくても何が起きているかを想像するのは容易い。
マツは、魔人族に攻撃を仕掛けている、と言うことなのだろう。
「こういう時、南の大陸と交易が出来ていればまた違ったんでしょうが、仕方ないでしょうね。」
その言葉を聞いて、“え?”と思わず聞き返してしまう。
南西の大陸には船は行っていない、と、先ほど自分で言ったばかりだ。
俺の疑問の声を聞いて、受付の男は不思議そうな顔をしている。
「あの、南の方には船を出してないんですよね?」
「ええ、そうですね。
大陸があるかも解りませんし、船が向かったという記憶はありませんね。」
何を言っているのか、途中から全く理解が出来なくなっていた。
追加で質問しようと思ったが、気付けば貼り出されていた依頼の紙を手に持った冒険者達がこちらに並び始めていたので、一旦俺は礼を言って受付から離れる。
次々と依頼をさばいている眼鏡の男を見ながら、俺は先ほどのやりとりの意味を考えていた。




