763:海の見える街
「やれやれ、ようやく見えてきたなぁ。」
あの、セスの街を出てからかれこれ2週間くらいか。
日中、人目が無ければそれなりに全力で走ったりもしたから、普通の徒歩ではひと月は掛かるところを少しだけ短縮出来た。
とは言え、移動すれば疲れもするし腹も減る。
ましてやこの世界は、かなり元の世界に近しい環境だ。
森で動物を狩って食おうとしても寄生虫まみれだったし、川の水も迂闊にそのまま飲めば同じく寄生虫にやられる所だった。
更に夜の森でキャンプをすれば魔物に襲われたりと、中々にハードな旅になっていた。
「元の世界に戻ったとしても、野営だけは二度とやりたくねぇなぁ……。」
<無事に帰れた後も、災害時等で使える貴重なサバイバル技術を身に着けた、と思えば良いのでは?>
いやいらねぇよこんな知識。
そう言いかけたが、意外にキャンプでもする事があれば、それなりに役に立つ知識かも知れない。
……いや、普通のキャンプじゃ野獣を狩って解体して食う、なんて機会ねぇな。
「やっぱりいらねぇ知識だな。
それに、寄生虫やら何やら、お前の知識が無かったら結構な確率で俺もやられてるからなぁ。
“生兵法は怪我のもと”なんてことわざもあるくらいだ、半端な知識は、かえって危ねぇモンさ。」
“それよりも”と、俺は遠くに見える人工的な建造物を見つめる。
「いい加減、藁のベッドでも良いから安全な所で寝てぇよ。」
こういう時、文明のありがたみを心から実感する。
夜の闇に怯えずに寝られる事の、害獣や害虫に苦しまなくて済む事が、どれほどありがたい事か。
<食事に関しては街も森も大して変わらないような気がしますが……。>
いいの!こういうのは気分の問題なの!!
そんな雑談が出るくらいにはホッとしながら街に近付くと、段々と磯の香りが強くなる。
街のはるか向こうには水平線も辛うじて確認できる。
これから行こうとする街、西の街は中央からかなり距離があり、大陸の端に位置している。
海に面した、港を中心とした街で、ここは他の異世界によっては北西の魔大陸や南西のエルフ大陸と交易があったりする。
まぁ、今回のこの世界では亜人は見てないから、多分いるのはエルフではなくて何かそういう、“ちょっと高貴な御方”みたいな存在なのだろう。
もしかしたら、王都がそこにあるかもしれない。
転生者が世界に降り立つ時、そこは転生者の記憶や知識から“望んだ世界”に限りなく近付くように書き換えられているみたいなのだが、やはり想像や知識にも限界がある。
なので、ある程度想像しきれないところは書き換わる前の世界の影響を受けるらしい。
それは人だけでなく、大陸や種族そのものにも影響する。
だから想像しきれていない場合、“転生者が降りてきた大地”を中心とすると左上に敵対存在、左下にその敵対勢力に勝てるくらいの力を持っているが非協力的な存在、右上に中立だが交渉すれば仲間になってくれる存在、そして右下に割と協力的で条件次第で強力な武器になるようなモノを渡す存在、と言うような勢力図が生成される。
今回のマツの場合だと亜人系の存在は無く人間主体の世界を生成しているが、街の関係や大陸などはデフォルトに近いのではないか、と想像していた。
後はよりリアルな自然環境、という所か。
<……何故、リアルな自然環境なんでしょうね?
マツと遭遇した時、彼は我々と同じ様に戦闘フォームに変身していました。
また、認めたくはありませんが私と似たような事が出来るなら、厳しい自然環境の設定などノイズになるだけの様な気がしていますが……。>
“それはヤツに聞いてみなけりゃ解らんだろうさ”とため息をつきながら、俺は街に入る。
ここは開放的な土地柄なのか、街に入る際の検問みたいなモノがなかった。
いや、それどころか街を守る壁すら無い。
ちょっと不思議な光景だなぁと思いながらも、道行く通行人に声をかけながら、冒険者ギルドの建物にたどり着く。
街並みは威勢よく活気づいていたが、ギルドの扉をくぐると中は飲んだくれている冒険者で溢れていた。
この扉1枚超えた瞬間、別の世界に移動したのかと思ったほどだ。
フードを目深に被って受付に近づく俺を、アチコチから胡乱な目で見ている視線を感じる。
「あ、あの、冒険者証を更新したいんですが。」
受付で退屈そうに新聞を読んでいるオッサンが、チラリとこちらを見る。
“この街は活版印刷技術があるのか”と、ふと思う。
新聞があるという事は、情報伝達が早いということだ。
セスの街の事、引いては俺の事も知られている可能性がある、と理解した瞬間、俺の背中に冷たいものが流れる。
「……兄ちゃん、他所の街から来たのか?
まぁ、更新してやっても良いんだけどよ、お前さん、この街からサッサと出て行った方が良いかもしれねぇぜ?」
“マジでもうバレてるのか?”という焦りが脳内を駆け巡る。
頭の中で囲まれた場合に、どこをどう通って逃げるかシミュレーションを始める。
「あ、あの、それは一体どういうことで……?
今日この街に着いたばっかりでして、事情がサッパリ解らないもので。」
言いながら、不自然にならない様にゆっくりと右手を下ろし、剣の柄に触れる。
「なんだお前ぇ、知らねぇでこの街来たのか?
おおかた北の魔族の島で一旗上げるのを夢見てここに来たのかもしれねぇがな?
今あの島は化け物同士が争ってるらしくてな、危険だっつー事で、あそこに行くのは禁止令が出てるんだよ。」
予想外の言葉に、思わず言葉が詰まる。
その俺の驚いた顔が面白かったのか、受付のオッサンが笑い出す。
「アッハッハ、何だ、本当に知らなかったのか。
残念だったな、解ったらサッサとセスの街か、サドゥーズの街にでも行った方が良い。
このフォースティアじゃ、ご覧の通り仕事にあぶれて飲んだくれてる奴等ばっかりさ。」
「は、はぁ……。
あ、でもまぁ、路銀の足しにしたいんで、ここに来るまでに採った薬草とか動物の肉とか、買い取ってくれる場所知らないですかね……?」
「おぅ、持ち込みか。
薬草もまぁ、さっき言った通り冒険に出られねぇからな、船乗りが波止場で作業中に怪我したとか、その程度しか最近買い手がいねぇからだいぶ安くなるぜ?
まぁ、商店街の奴等なら買い取るかもしれねぇが、来たばっかりのお前さんじゃどこがボッタクリの店か解らんだろ?
ギルドでもそれなりの値段で買い取ってやるから、すぐに金が必要なら、裏手にある解体場の奴にでも声を掛けると良い。」
受付のオッサンは、ニヤリと笑うと自分の後ろを親指で指さす。
見た目はアレだが、それなりに善人ではあるらしい。
俺は礼を言うと、建物を出て言われた通りの場所を目指す。
しかしなるほど、どおりでギルド内が通夜の様に暗いはずだ。
この様子なら、セスの街で起きた出来事よりも重大すぎて、それどころでも無さそうだな。
<勢大、どうしますか?
ギルド受付が言うように、北か南の街へ移動しますか?>
「いや、ちょっとこの街で情報収集してからだな。
……というより、少し休もうぜ。」
本当の本音を言えば、久々に文明の香りがする場所で寝たい、それに尽きるかも知れないが。




