762:推測
『……そうだろうと思ったが、まさか本当にそうだとは、思わなかったな。』
広場を見渡せる少し高い建物の屋上から、それを見下ろす。
広場の中央に生えている木の天辺に、砕かれた手足で車輪に結び付けられたオリビアの残骸。
既に絶命し、鳥に食われたのか顔の肉が半分無くなっていた。
<……勢大が怒り狂わない事が、私には少し不思議に感じられますが?>
自分でも驚くほど冷静だ。
もしかしたら、あの村と関わった時から、遅かれ早かれこうなるのではないか、という疑念があったからかも知れない。
ただそれでも、あの子が楽しそうに“マツが戻ってきた時にどうするか、どうしたいか”という空想を話していた時の、あの笑顔が脳裏にチラつく。
『嫌な世界だ。』
あの、神を自称する少年から過ぎた能力を貰い、その力に溺れて転生者本人がおかしくなる世界を、山ほど見てきた。
そしてそれと同じくらい、転生者の周囲の人間がその人生を狂わされていく世界も、山ほど見てきた。
強大な力を持った人間に見そめられると、人は特権意識を持つ。
“私は彼に選ばれたのだ、そこらにいる奴等とは違う”という、差別にも似た特権意識。
転生者に望めば何でも手に入る。
どうとでも世界を変えられる。
そうして振り回し振り回され、最後には鬱陶しくなった転生者に殺されるか、別の誰かに殺されるか、はたまた転生者を殺して全てを失うか。
そいつ自身は幸せに人生を全うしても、その後の一族は迫害を受けたり族滅の憂き目にあったり。
結局、いつか何処かで歪みを正そうとする世界の修正力にしっぺ返しを食らう。
大半の異世界で、幸せなまま終わる事は珍しかった。
それをあまりにも見すぎたからだろうか?
最近ではどこか他人事の様に感じていたし、深く縁を結ばないようにしていた。
だから、ここでアレを見ても、“まぁ、そうだろうな”くらいしか感想が出てこなくなってしまっているのかも知れない。
<勢大、人間に絶望しましたか?
いっその事、この世界の人間全てに平和の思想を植え付けますか?
そうすれば、少しはまともな世界になり、あのマツという転生者への対抗手段が発生するかも知れません。>
『冗談にしちゃ笑えねぇな。
かぎ爪つけてるオッサンじゃねぇんだ、“世界と僕が同化すれば、人類は皆ハッピーになれる”なんて、そんなおぞましい事考えるわけねぇだろ。
大体、俺にはそんな事出来ねぇしな。』
<いいえ、方法はあります。
貴方が神を自称する存在に成り代われば、その思想統制も不可能ではありません。>
視線を残骸から腰の金属板に移す。
腰のベルト、そのバックル部分にはマキーナの金属板が収まっている。
マキーナの通常モードを起動している以上、視線を向ける事にあまり意味はないが、つい向けてしまった。
『随分と饒舌だなマキーナ。
だが、俺はそんな手段は御免被る。
俺は俺の人生を生きるので精一杯だよ。
“誰かの為に滅私奉公”なんざ、俺の趣味じゃねぇよ。』
“そんな事より”と、俺は立ち上がる。
夜も更けた。
もうここから立ち去らねば。
ただ、現状マツの足取りが不明だ。
ここからどこに行ったものか。
<地形的な類似点はありますので、大陸自体はこれまでの異世界と似たような形をしているのではないか、と想定しております。
ここが、他の異世界で言う“中央にある街”だとすると、東西南北で街があるはずです。>
マキーナが俺の右眼に地図を表示する。
最初の街と、このセスの街だったか、その位置がこれまでの1番目の街と中央の街の位置と類似していた。
確かにそうなると、北、西、南に街がある可能性が高い。
もしかすると、亜人では無いかもしれないが北東、南東、北西、南西にも海の向こうに大陸が
あり、そこにも人の住む街があるかもしれない。
『……そうだな、なら、次の街は西の街に行ってみるか。
ここは確か他の世界だと4番目の街とかだったよな?』
<西の街ですか?
少し意外ですね。
マツの行動を追うのであれば、北か南の街に行くのかと思っていましたが。>
ついつい自分の視界に映る地図に、ちょうど俺の目の前30〜40センチ前に映ってるからなのだが、指をさして行動を説明してしまう。
まぁ、マキーナが相手だからそれほど困った事にはならないのだが。
『例えば北の街に行って、マツが本当に北の街に立ち寄ってれば良いが、仮に南の街に寄っていたらかなりのロスだ。
逆もまた同じ。
そうなると、確実に立ち寄ってなさそうだけど、噂話等で足跡が辿れればその後北の街なり南の街なりに行きやすいからな。
そう考えると、西の街が一番軌道修正しやすいだろ?』
<そうですか、それなら早く西の街に向かいましょう。>
自信を持ってこの後の行動をマキーナに説明したが、どうやら先ほどの会話を根に持っていたのか、酷く淡白な返事が返って来るだけだった。
『あぁ、もうこの街にいる意味が無ぇどころか、リスクしかないからな。
移動するとしよう。』
<4番目の街、他の世界と同様であれば、海に面した港街だったかと思います。
海に入ると装甲部分の手入れが通常よりも時間がかかりますので、入らないようにお願いしますよ。>
“へいへい”と生返事をしながら、俺はまた屋根伝いに夜の闇を進み、街を取り囲む壁も乗り越える。
冷たい反応を返しながらも、マキーナは完璧な誘導をしてくれた。
お陰で、1時間と掛からずにセスの街を抜け出す事に成功していた。
「さて、それじゃあまたさすらいの冒険者として、次の街に向かうとしますか。」
<しかし、現状のままマツと遭遇しても、何か対策はあるのですか?>
移動中、マキーナがポツリと問いかけてくる。
マツとの戦いを思い出す。
一つ一つの行動に無駄がない。
いや、無駄が無さすぎる。
“人を殺める”と言う事に、躊躇が無さすぎる。
武というものは、突き詰めた事を言ってしまえば殺し合いの技術だ。
だが、現代の武というか、現代の法の時点で殺し合いはご法度。
だからこそ、人を殺める事に躊躇がないのは違和感しかない。
「……例えば、スポーツではない武、実際の戦いの中に身を置いている様な奴なのかもな。
正直、スペック的には標準の俺の上位互換みたいな基礎能力だし、マキーナみたいな観測者もいる。
正直な所、まるで勝ち目が見当たらねぇな。」
移動しながら考えても、妙案が思い浮かばない。
少し遠い目をしながら、俺は先の見えない夜の道を歩き続けるのだった。




